ポケットにあかいいと   作:奈火騎士

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若い芽にはしおづけ

 

 

「おー!こんなとこに居おったか!スグル!」

 

 鼻腔をふわふわとした柔らかい香りが通り抜けた。安心する香りとおれを呼ぶ声に意識を向けてみれば急に視界がクリアになった。

 

「あ……寝ちゃってたんですねおれ」

 

「全くじゃ、いつまで経っても帰ってこないから皆大慌てじゃったわい」

 

「あはは……すみません」

 

 空はとっくに暗く、星々が燦々と煌めいていた。

 足は棒のようになっているし、さっきまでなかった節々の痛みもある。どうやらおれは寝てしまっていたようだ。

 

「してスグルよ、お主のポケモンはそこのラルトスかの?」

 

「あ、いえ……実はまだ1匹も捕まえてなくて……あはは」

 

「全く、捕獲試験で何も捕まえんやつがおるか!……と言いたいところじゃが、その様子を見るにトラブルに巻き込まれたのじゃろう、話は帰りながら聞こうかのう」

 

 ほれ、乗れとばかりにトゲキッスの背中を差し出された。ふんわりとした羽はとても柔らかい香りがした。

 足を乗せてみれば沈んで見えなくなるほど、真っ白に包まれる。

 それにしてもなんてでっかいトゲキッスなんだろう、それに乗り心地もふわふわして気持ちいい……

 

「これ寝るでない、いくらわしのトゲキッスがでかいとは言え寝ては危ないじゃろう」

 

「あはは……なんだかめっちゃ疲れてて、すみません」

 

 ──失格だろうなぁ。

 

 第一次試験、初めの一歩とも言える試験でまさかの0匹を叩き出してしまった。何もない道でつまづいたようなものだ、適正のての字もない。

 沈む気持ちを純白の羽に包まれながら、捕獲試験でまさかの0匹の経緯を話した。

 そんなに長く話した覚えはないのに、調整していたのかと疑うほどピッタリ……話が終わるタイミングで元の場所に帰って来た。

 

「ああそうじゃ、まだボールは持っておるか?」

 

「あ、はい。一つだけ」

 

「その子が起きてもし逃げてなければお主の手で捕まえてあげるんじゃぞ、それじゃあグッドナイトじゃ!」

 

 ……いまなんて?先生は耳を疑うことを言い出した。もう試験は終わったというのに、それじゃあまるで──

 余程間抜けな顔をしていたのだろう、先生は俺の顔を見るや否や自慢の白い髭をぷるぷると、ついでに全身をぷるぷると震わせた。

 

「合格じゃ、このことは皆には秘密じゃぞ?ほーっほっほ」

 

 先生はそれだけ言い残すとトゲキッスをボールに戻して楽しそうに消えていってしまった。

 

 ……合……格。おれにもう一度トレーナーになるチャンスをくれるその言葉を、おれは何度も何度も胸の奥で反芻した。

 

 棒のような足に鞭を打って部屋まで辿り着いたおれは、ラルトスを抱き抱えたままベッドに倒れ込むと、そのまま意識を手放した。

 

「あぁ……トゲキッスの方がふかふか……かも……」

 

 

 

 

 

 

 

 窓から降り注ぐ光で目を覚ましたおれは、腕に違和感を覚えていた。

 

「あれ?ラルトス?どこに行っちゃったんだ?」

 

 ラルトスがいなくなっていた。

 よく考えて見ればラルトスは意識朦朧としていたし初対面のようなモノか。仕方ない……そう考え適当に歯磨き、シャワーを浴びてスッキリしたら──

 

 ぎゅるるるぅ……忘れてませんかとお腹がデモ活動を再開した。そうだ、結局昨日はご飯食べてないんだった。

 

「食堂〜しょっ!くっ!どう!」

 

 マウンテンカツカレーに想いを馳せていると、ふとベッドの隅からこちらを覗いている顔が見えた。

 

「なんだ、森に帰らなくてよかったのか?」

 手を伸ばして見ると恐る恐るといった様子で手を触り返してくれる。

 

「なんだか握手みたいだな、もしお前さえよかったらおれと一緒に来ないかラルトス」

 

 今度はモンスターボールを差し出すと、ゆっくり、一歩ずつ確かながらこっちに歩いてくる。

 おっかなビックリ、そんな感じでボールに触れてくれた。

 

 今ようやく、おれはポケモントレーナーになれたんだ。

 

「ほら、友達の証」

 

 手を差し出すと今度はしっかり掴んでくれた。急激に愛おしく見えて来た、愛いやつめ!

 しばらくラルトスと戯れていると不意に──

 

 きゅるるっ

 

 ラルトスのお腹もデモ活動を開始した。

 

「あっははは、お前もお腹空いてたのか!昨日から食べてないもんな!」

 

 そうとわかればすぐに食堂へ出発だ、ひょいとラルトスをリュックに入れて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥルー学園の一室。重々しい空気が漂い、私語一つ許されない……そんな空間で一人、鼻歌を歌いながら満天の星空を見る男がいた。

 男は自慢の髭を触りながら、酒を片手に楽しそうに笑う。

 

 そんな贅沢な晩酌は不躾なノックによって水が差される。

 

「入って構わん」

 

「失礼します校長、試験について話を聞きたく参りました」

 

 校長と呼ばれた男は髭を触る手を加速させ、なんとも嬉しそうに笑った。

 

「なんでも今年もまた、自ら試験を担当したそうで」

 

「ほっほっほ、そう責めるでない。今年の試験者は面白くてのう、サトシ君に覚えたようなワクワクじゃ」

 

「サトシ君……あのチャンピオンのことですか?確かうちの試験を受けたことはないと記憶していますが」

 

「試験とは関係ない、酒の席でわしの友からよく話を聞くんじゃ。それが今回の試験者と少し重なる部分があっての」

 

 校長と呼ばれる男はその自慢の髭を触るのを止め、遠くを見るように語り出した。その目はどこか懐かしい思い出を見ているような……とてもピュアな目をしていた。

 

「校長のご友人といえば……オーキド博士ですか、確かにサトシ君はマサラ育ちでしたね。しかし、そんなチャンピオンに似たワクワクですか?そんな逸材がいたんですか?」

 

「何も強さというわけじゃない、しかし逸材といえば今回の試験者は粒揃いじゃったな」

 

「粒揃い……ですか、校長は誰に注目していますか?」

 

 遠くを見ていた目は光を取り戻し、髭を触り、指を立て始めた。

 

「アンナと言ったかのう。ミミロルを連れて来た彼女じゃな」

 

「彼女は確か最速で捕獲試験を終えた……でしたっけ?」

 

「そうじゃな、しかし面白いのはそこではなくての。彼女はボールを4個も余らせておった。その訳を問うたところなんと返ってきたか」

 

「そうですね……10歳ですし1匹だけと勘違いしていた、捕まえたので早く見せたかった。あたりでしょうか」

 

 全くお主はつまらんのう、酔いも覚めてしもうた。そう言って校長と呼ばれる男はコーヒーを入れ一服つき始めた。

 

 

「『一目見た時からもうこの子の事しか考えられへんなってん!それで決めてん、1匹でも5匹でも全員まとめてうちとこの子でぶっ飛ばす。うちこの子と強くなる!』そう言ったんじゃ、面白いじゃろ?1匹はともかく5匹……1対5は厳しかろうて。じゃがその時の目が比喩の類ではない本気の目、心の底から自分たちが最強であると信じる目……チャンピオンの目をしておった」

 

「大層気に入られているようで。しかし校長がそこまで言うのであればこの試験でどんなものを見せてくれるか気になりますね」

 

 相も変わらず男は髭を触り続ける。いついかなる時も触ってしまう……男の手癖だった。

 

「他にも面白い子はたくさんいたんじゃがアンナほどビビッと来た者は……む?」

 

「なにか思い当たることでも?」

 

「そうじゃ、スグルがおったのう」

 

「スグル……彼は確か校長が自ら捜索した問題児でしたか?」

 

 男は愉快そうに笑う、今度は上手く琴線に触れられたようだ。

 

「ほっほっほ、そうじゃな彼は確かに問題児かもしれぬ」

 

「はぁ、その問題児からも強そうなオーラが?」

 

「スグルが強いかどうかはまだわからぬ、じゃが彼は活きが良い。間違いなく良いトレーナーになるじゃろう」

 

「良いトレーナー……ですか。それほどまでに気にかけていて何故校長は彼らを潰そうとしているのですか?」

 

「ふむ、それを訪ねるために来たのじゃな、全く周りくどいのうお主は」

 

 校長と呼ばれる男に向けられた目はとても鋭く、批難の色を含んでいた。さらに空気の重さに拍車がかかり、どことなく部屋の温度が少し下がったような錯覚すら与えるだろう。

 男は飲み干したコーヒーカップの底を真剣に見つめ、ポツリポツリとその訳を話し始めた。

 

「お主はロケット団をはじめとした悪の組織を知っているかね?」

 

「もちろん存じています。ですが今それとなんの関係が?」

 

「まあそう急ぐでない。これらの組織は近年、その規模をさらにデカくしてるんじゃ。その主な要因は若者達……非行に走ったトレーナー達が多くを占めているんじゃ」

 

「非行に走るトレーナーですか」

 

「うむ、そしてこれらはわしらにとって他人事ではない。この学園が実施しているトレーナー適正試験、これも昔の形態のままではダメなんじゃ。トレーナーが清く健全であるか……それだけを見ているようではダメなんじゃ」

「わしらはもっと後ろめたい感情に目を向けるべきじゃ、道を踏み外さないようサポートを行うべきだとわしは考える。そして若者達が主に非行に走るキッカケとは些細なものじゃ……バトルで勝てない敗北感、自分と他人を比べてしまう劣等感、身も心も貧しい状況で生まれるポケモンへの不信感。どれも旅をしていれば当たり前のようにぶち当たる壁じゃ」

「その壁を経験させ、乗り越えるサポートをする姿こそこの学園のあるべき姿とわしは考える。したがって試験の内容も厳しくするべきじゃろう、若い芽には適度なストレスが必要じゃ、正しく伸ばすためにはのう」

 

「……なるほど、熟慮の上の厳格化でしたか。てっきり酒でおかしくなられたのではないかと」

 

「誰がアル中じゃ!わしは酒は飲んでも呑まれんわ!」

 

 声を荒げる男の手には、いつのまにかドデカいジョッキが握られており、なみなみまで注がれていた酒を一気に飲み干した。

 ドンと音を立てて机に置かれるその行為は、この場のお開きを意味し、来訪者の退室を促した。

 あいも変わらず重々しい部屋の中、一気飲みによって完全に出来上がった男はほわほわとした雰囲気を纏いながら独りごちる。

 

「スグル、特にお主にとってはこの試験。少し酷なものとなるじゃろう。ポケモントレーナーになるということがどういうことか、どこまで受け止められるか……のうトゲキッス」

 

 

 

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