ポケットにあかいいと   作:奈火騎士

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てもとにはたたかえるこころがいない!

 

 

「オレとバトルしようぜー!」

 

 茂みに隠れていたおれを暴き出した悪魔は無邪気に宣戦布告をぶちかましてきた。

 

 ──道中、ポケモンバトルを仕掛けられた場合はそれに応えなければならない。

 

 おれにはもうYESしか答えは残されていないのだ、突然押し売りされた喧嘩でも買うしかない、しかしおれはポケモントレーナー……どれだけ不利であろうと勝ちを目指したくなるってものだ。

 

 相手は虫取り少年、きっと手持ちは虫ポケモンで固めていると見ていいだろう。恐らくはおれと同じ森ルートを選んで捕獲したと思われる。

 捕獲試験の時に見た限り、ここいらの虫ポケモンといえばそこにいるキャタピーのようにあまり素早くないポケモンが多い。逆に早い虫ポケモンはだいたい羽や蜘蛛の巣など環境変化によって素早さを失うポケモンが多く、ラルトスのねんりきはこのどちらとも相性がいい。

 

 まだいけるかもしれない。

 

「ラルトス、相手の攻撃全部避ければ勝ち目はある。がんばるぞ!」

 

 きゅりぃ

 

「こっちはいつでもいいぞ」

 

「じゃあ早速やるぞー!」

 

 ラルトスもおれも目に宿る炎は消えるどころか燃え上がっている。

 双方合意のもと、一定の距離を取り構える。今回は虫取り少年もおれも連れ歩いていたポケモンをそのまま先鋒として繰り出した。

 

「先手必勝!ラルトス!ねんりきだ!」

 

 勝負が始まると共にラルトスへ指示を飛ばす。素早くないポケモンに対してはリーチの差が生命線だ、近付かれないように牽制の意を込めて攻撃する。

 

「あー!キャタピー!」

 

 突然体を宙に放り出されたキャタピーはロクに受け身も取れず地面に強烈に体を打ちつけられた。

 突然の出来事に虫取り少年は狼狽する。

 

 驚くのも無理もない、ねんりきという技は念を送り、当たった相手を思った通りに動かす技…つまり不可視の攻撃。

 

「キャタピー!突進してたいあたりだ!」

 

 虫取り少年はこのままでは埒が明かないと踏んでキャタピーを突進させてきた。

 それはシンプルだが有効的な打開策だ……でもそれはキャタピーの足が速い場合の話だ!

 

「ラルトス!ねんりきで吹き飛ばせ!」

 

 キャタピーは駆け足で突進してくるが、それはラルトスには遠く届かない。ねんりきを構え、先ほどと同じように吹き飛ばそうとした時──

 

「今だ!いとをはく!」

 

「なっ……!躱せ!ラルトス!」

 

 ラルトスはねんりきを打つため構えていた、そのせいで飛んでくる糸に反応するのが少し遅れてしまう。かろうじて上半身を捻ったもののラルトスの足を締め付けるように糸が絡まった。

 

 思った以上に糸が早かった……虫取り少年はキャタピーの速さじゃ届かないことに気付き、いとをはくによってリーチを伸ばすことで無理やりラルトスへと攻撃を当てに来たんだ。

 

 しかし、ねんりきによって勢いよく吹き飛ばされたキャタピーは二度目の強烈な振動に耐えられず目を回した。

 

「くそー!戻れキャタピー!いけ!コクーン!」

 

 次に虫取り少年が繰り出したのは光を反射しキラキラと金色に光るコクーンだった。

 

 足にいとをはくを食らったもののコクーン相手なら全然問題ない!飛んでくるどくばりにさえ気をつけていればキャタピーと同じように倒せるはずだ。

 

「ラルトス!ねんりきだ!」

 

 再放送。思わずそんな言葉がよぎるほどにまたしても為す術なく吹き飛ばされるコクーンに、虫取り少年は半ばヤケになりながら指示を出した。

 

「コクーン!とにかくどくばりだ!」

 

 無茶苦茶な指示に応えるように、コクーンは打てる限りのどくばりを放った。四方八方に飛んだどくばりは足にいとをはくを受けた状態では捌くのは困難に思えた……ラルトスじゃなければ。

 

「ラルトス!テレポート!からのねんりきで空に打ち上げろ!」

 

 きゅりぃ!

 

 ラルトスは四方八方に対する同時攻撃を簡単に捌くとそのままコクーンの体を高く高く持ち上げた。

 自慢の鉄壁ボディもこの高さから叩きつけられれば一撃だろう。

 

「コクーン!!!」

 

 虫取り少年の悲鳴と共に大きな音を鳴らして地面と衝突し、土埃が舞った。

 土埃が晴れた時にはコクーンは目を回して力なく横たわっていた。

 

 この調子なら勝てる!そう思った時、震える虫取り少年の手は1番奥に位置するモンスターボール……つまるところ切り札に手をかけた。

 

「戻れコクーン……頼む、アイツを倒して!──!」

 

 

 それは虫ポケモン好きの少年誰もが憧れるヒーローで、圧倒的なフィジカルを持ってして虫ポケモンの象徴となったポケモン。

 全身を覆う濃い青色の甲冑、天を衝く立派なツノがこれでもかと存在を主張していた。

 虫取り少年はヘラクロスを繰り出した。

 

「……ッ!ラルトス!テレポー──」

 

「ヘラクロス!つのでつく!」

 

 慌てて退避を指示するも、おれの声をかき消すかのようにヘラクロスは飛び立ち、瞬く間にラルトスへ肉薄した。

 

「ラルトスー!!!!!」

 

 天を衝く立派なツノは正確に急所を捉えた。突如としてその身にダンプカーのような衝撃を受け、跳ねるように宙を舞う。地面に体が放り出された頃には目を回していた。

 

 

 

 おれは目の前がまっくらになった。

 

 ──残り所持金、9000円。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木々の間を抜けるそよ風に吹かれ、おれは次第に意識がハッキリとしてくる。

 確か目の前でラルトスが突き飛ばされて、何も考えられなくなって……あぁ、そっか。負けたんだ。

 

 一つずつ記憶を思い返してみるも、そのどれもが突き飛ばされるラルトスと敗北するおれに帰結する。

 現実を受け入れられず自分の腕を見れば、包帯でぐるぐる巻きになったラルトスが眠っていた。

 

「あぁ、治療はしてたんだおれ……よかった……」

 

 頭が真っ白になっていてもやるべきことはキチンとやっていた事に安堵する。いつのまにか水辺まで来ていたらしい、辺りの地面は濡れており傷口を清めようとしていた形跡がある。

 

 かなり錯乱していたようだ、傷を治すなら救急キットの傷薬を使う方が何倍も清潔で何倍も効果があるというのに。

 

 

 

 

 

 

 あれからというもの流石に気を取り直して……という気持ちにもなれず、おれはなにかが体が抜けてしまったようなそんな気持ちで歩いていた。

 

 だからだろうか、注意が散漫していて後ろから近付いてくる足音に気付かなかった。

 

「おーい!そこの君〜!俺とバトルしないか〜?」

 

「……はい」

 

 

 

 少年は魂の抜けたような様子で言われるがままにバトルを受けてしまう。きっとバトルという言葉の意味も、掲げていた目標も、はたまた試験中ということさえ夢現な状態の少年にはわからないのかもしれない。

 そんな人形のようになってしまった少年を心配する目が一つ。

 

 目が覚めた時には既にこうなっていて感情も汲み取れない、そのポケモンにとっては初めてのことだらけで困惑していた。しかしそのポケモンは少年がバトル拘っていたことは覚えていた……心の中がバトルという文字で埋まっていたのだ。嫌でも覚えてしまうだろう。

 そのポケモンは少し考えたのちに、少年の様子に少しだけ思い当たる節があった。

 突然のことでそのポケモン自身もあまり覚えてはいないものの、うっすらとバトルに負けたという記憶があった。

 もしかしたらバトルに勝てば何か変わるかも……そのポケモンは包帯だらけの体を動かし、抜け殻のようになった少年の前に躍り出た。

 

 

 

「それじゃあ始めるよ〜、いけ!ポチエナ!」

 

 孤軍奮闘、覚悟を決め戦場に飛び出たラルトスの心を砕くようにソイツはモンスターボールから出てくる。

 じっくり、じっくりと、心を摘むように何度も、何度も、執拗に追いかけ回された恐怖の象徴が。

 これはグラエナじゃない。頭ではそうわかっていても体は震え、足はいとをはかれたかのように動かない。

 

 

 おれは聞き覚えのある鳴き声でふと我に返る。言われるがままにバトルを受けてそれからそれから……え?バトル中?

 トレーナー不在のバトル。そんな大変な事実におれの頭は冷や水をかけられたように急激に冷えた。

 

 目の前には声をかけて来たお兄さんとポチエナがいる……ポチエナ!?

 すっかり忘れていた、捕獲試験で出会うってことは持っているトレーナーも居るんだ。ラルトスは大丈夫だろうか、というかねんりきしか打てないラルトスじゃ悪タイプに勝つ方法がない!

 急いで戻さないと……そう思いラルトスを見遣る。

 

「ラルトス、だいじょう──」

 

 そこには尋常じゃないほどに震えて、大量の汗を吹き出し、目を白黒とさせているラルトスの姿があった。

 ダメだ、トラウマになってる。早くなんとかしないと。

 

 焦ったおれは気付けば土下座していた。

 

「降参します!降参!しまぁぁぁぁぁす!」

 

 考えるより先に体は最適解を実行していた。

 降参なんてしていいのか、こんなみっともない姿を見せるのか……そんな葛藤を全てすっ飛ばしてただただ懇願していた。

 

 

 

 おれは目の前がまっくらになった。

 

 ──残り所持金、8100円。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めてもおれ達の先はまっくらなままだった。あれからラルトスはバトルという単語がキーとなって震えるようになってしまった。

 そんな状態のラルトスを戦わせるわけにもいかず、日が暮れるまでの間おれは頭を下げ続けた。

 

 やっとのことで人気の無いところまで辿り着いた。

 既に心身ともに限界を迎えていたおれは、絞りカスのような気力を振り絞り、やっとのことでテントを張ることに成功した。

 食料セットの中には出来合いのものもあったが、それすら食べる元気がなかった。

 かろうじてラルトスがご飯を食べてくれたことだけが今日唯一の救いだったかもしれない。

 

 最終的に残ったお金はたったの88円。

 

 こうしておれ達は初日にしてドン底まで落ちた。

 

 

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