半ば倒れるように眠りに落ちた少年はテント越しにうっすら感じる日の光で目を覚ました。
日は昇りきり、既に傾き始めていた。普段の少年からは想像もつかないほどに遅い起床であった。
しかし、既に日が傾き始めているなど露知らず、ぼんやりと差し込む光をぼんやりとした目で眺めながら……少年は未だ起き上がることが出来なかった。
どれくらい眠っていただろうか、ぼんやりと差し込む日の光を見てまだ朝かななんて思いながら昨日のひどい有り様をまとまらない頭で思い出していた。
なぜあんなことをしたのか……ラルトスがトラウマで動けなくなってからというもの、頭が真っ白になってよく覚えていない。
だけど他のトレーナーを避けるように歩いていたはずがいつしか道のど真ん中をふらふらと歩いていて通るトレーナー全てに頭を下げた記憶だけが朧げにあった。
それでもアレがなければ……
道中、近所にいるガキ大将のようなトレーナーに絡まれたことを思い出す……嫌な記憶だ。
当然のようにバトルを仕掛けられ、バトルという単語にラルトスが発作を起こしてしまい、おれは半ば諦めたような顔で降参を宣言した。
ここまではただ所持金を犠牲に見逃してもらい平穏を得る……そんな取り引きのような、言い換えれば必要経費として割り切れた。
しかし、ガキ大将にとってはそのバトルを避ける姿勢かはたまた眼中にないとでも言わんばかりの諦めた表情が気に障ったのか、降参しバトルを終えればすぐにバトルという単語を持ち出し、その場におれの足を縫い止めた。
一方的な宣戦布告によっておれの心は、所持金は搾取され続けた。
おれは無限にも思えるその搾取地獄に耐えきれず、ついにはラルトスにも聞こえる距離だというのに情けなくもう勘弁してくださいと懇願していた。
おれが表情を崩したのがそんなに面白かったのか、それとも情けなくも悲痛に叫ぶ姿がお気に召したのか、はたまた十分に搾り取れたと思ったのか……ガキ大将は満足そうな顔で去っていった。
叶うことなら忘れてしまいたい、そんな記憶だ。
数えきれない敗北によって、おれの所持金は恐らく誰でもクリア出来るようにと設定された最低金額を下回っていた。
「……どこかで一回
不意に漏れ出た言葉に、未だに眠っているラルトスの体が震える。
「ごめん、ごめんなラルトス……」
慌ててラルトスの頭を優しくゆっくりと撫でると、体の震えは治り安らかな表情で眠りについた。
おれは頭が真っ白になっていても尚言わなかった禁句を簡単に口に出してしまったことを後悔する。
ふとあたりがヤケに明るく感じ、目を遣ればテント越しに差す光が真っ赤に輝いており、今にも夕日が沈もうとしていることを知らせていた。
寝ているラルトスをリュックに移し、慌ててテントを畳む。
既に2日目も終わろうとしていることに激しい危機感を覚え、スマホでマップを開く。
スタートからゴールまではだいたい1日半ほどで着くようになっているらしい。
最初こそゴールに向かっていたが、途中からは目の前のことに精一杯でロクにマップも見ていなかった。
今野営していたところはゴールへの最短ルートから大きく外れており、今から目指すと1日ほどかかることがわかった。
まずい、このままじゃ間に合いすらしない。事情があった捕獲試験の時とは違う。今度こそ失格……!
もうトレーナーと遭遇することなんて考えている場合じゃない……おれは最短距離でゴールを目指し歩き始めた。
辺りもすっかり暗くなり、空には星が出始めていた。
あれほど懸念していたトレーナーとの遭遇はする気配すらなく、どれだけ自分が道を外れているかを痛感させられていた。
明らかに自分だけが置いて行かれている。
静まり返った森を一陣の風が吹き抜け、既に自分以外のトレーナーがいないと伝えてくる。
普段なら気にしない、歩幅なんて人それぞれ……そんなふうに笑って見過ごす余裕すらある。
しかし刻一刻と迫る失格の2文字が、積み重ねられてきた敗北の2文字がおれを狂わせ、この事実を深々と胸へと突き刺してくる。
もっとおれが強ければ……もっと上手くやれたら……もっとちゃんとポケモンを捕まえていれば……
──もっとラルトスが強ければ少しは変わったかな。
「なに考えてんだおれは……!」
あったかもしれない未来が後悔と共に溢れ出し、ついには考えてはならないIFが頭をよぎる。
ありえない、おれが憧れたポケモントレーナーは誰1人としてポケモンのせいになんてしていなかった。決して自分の言い表せないモヤモヤや苛立ちをポケモンにぶつけようだなんてしていなかった。自分のあまりの不甲斐なさに憤慨する。
そんな怒りの感情が伝わってか、背中からもぞもぞとラルトスが起きて来た。
きゅるるぅ?
ラルトスは心配するかのように鳴く。おれはこんな愛らしい生き物に当たろうとしていたのか。
怒りの感情が伝わらないように優しく頭を撫でる。
「そうだラルトス、お腹減ってるだろ?これ全部食べていいからな」
おれは食料袋を開き、そう伝える。
痩せ我慢などではなく、本当にラルトスに全部食べてもらった方がいいのだ……昨日からというもの食欲がまるでなく、おにぎり一つとして喉を通りそうになかった。
とはいえ勢いよく食べているところを見ると荒んだ心も浄化されるというものだ。
ラルトスの食事シーンというオアシスを見たおれはゴール目指して再度歩みを進め始めた。
夜行性満天に広がる星とスマホの灯り以外なにも見えない真っ暗な道を歩いていた。
人間とは不思議なもので、時間と共に決意などというメッキは剥がれ落ち、愚痴をこぼせばこぼすほどに苛立ちから歩みは早くなった。
他に方法がなく、仕方なく始めた夜間行動は思いの外上手く機能していた。
こそこそと人目につかないように歩いていた時の3倍のスピードでゴールまでの距離を確実に縮めることに成功していた。
思えば最初からこうして昼に野営して夜に進んでいればよかった。そうすれば1対5などという勝ち目のない勝負に負けることもラルトスが怖い思いをすることも、おれがこんなに苦しい思いをすることもなかったはずだ。
一度もしもを思い浮かべてしまえば、それを皮切りに堰を切ったようにドンドンと愚痴がこぼれてしまう。
だいたいなんなんだこの試験は、ほぼ全てをトレーナーに丸投げして何がしたいんだ。旅を模すにしても歩いてバトルの強さを示すだけ。だったらはなから戦闘試験って言ってくれた方がまだよかった。
ポケモンをゲットしたばかりのトレーナーにこんな自由な形式でバトルを推奨するなんて……言うなればニャースの目の前に小判を置くようなものじゃないか、時間も損得も忘れて戦うに決まってる。無邪気に争いをさせたいのか?
果ては1日分少ない食料。本当に何がしたいのかわからない、ただイタズラに苦しめたいだけのようにも思えて来た。
その後も少年はナニカから目を逸らすかのように、はたまたナニカを繋ぎ止めるかのように延々と思いつく限りの愚痴を垂れ流していた。
その様は周囲の真っ暗な様子と相まってさながら呪詛のようだった。