ポケットにあかいいと   作:奈火騎士

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やせいのトレーナーが飛び出した!

 

 

 夜更けから延々と続いた呪詛は、やがて言うことがなくなったのか日の出と共に聞こえなくなっていた。

 日が再び顔を出すまでの間、少年は驚異的なスピードで進んだ。1日かかると踏んでいた距離を半日で7割ほど進んでいた。

 

 しかし、半日以上歩き続けた少年の足は既に感覚を失い、棒そのものとなっていた。

 少年の足取りは覚束ない様子で、ふらふらと彷徨うようにゆっくり、ゆっくりとゴールを目指した。

 たまに足を止めては虚空を見つめて聞き取れないほどの小さな声で何かをぼやく……その顔からは生気が抜けきっており、側から見ればその様子はさながら歩く死体といったところだろう。

 

 少年はそれでも歩く、蛍光灯に群がるハエのようにゴールへとふらふらと誘われるように歩いた。

 

 日が昇り切った時、少年はついにゴール地点に辿り着いた。

 

 

 

 日を跨ぎ、夜が明けても歩き続けた甲斐あってゴール地点……そこは木々に囲まれた小高い丘で、日の光を反射し燦然と輝く塔が聳え立っていた。

 

「……着い……た……」

 

 やっとのことでゴール地点に辿り着いたおれはお日様に見守られながらその場にしゃがみ込んだ。

 

 朦朧とする意識の中、これまで足を動かして来た試験への執念だけがハッキリとしていた。

 必ずしも一勝をもぎとらんとするべく、入り口に座り込んだおれは検問を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 少年の検問作戦はまるで上手くいかなかった。それもそのはず、その場から微動だにせず、よくよく見ればコクリコクリと眠っているようにも見える……しかし近付いてみればこちらに反応したかのようにゆらゆらと立ち上がる姿は幽鬼か亡霊か。

 未だゴールしていない数少ないトレーナーもそんな不気味な存在を前にしては近寄り難く、日が沈もうというのに未だ少年の検問に引っかかるものはいなかった。

 

 そんな少年にも好機が訪れる。試験終了まで残りわずかというのに鼻歌を歌い呑気に歩いてくる1人の少女の姿が……少女は土埃で汚れてところどころ茶色に塗れたクリーム色のドレスを見に纏い、試験3日目だというのに未だ艶やかな髪を二つに結び、見事なツインテールをキープしていた。その歩き方からはどこか品を感じられ……やんちゃなお嬢様。そんな風な印象を見るものに与えるだろう。

 

 軽快に歩くお嬢様は暗くなってきた森の中に塔の姿を見つける。鼻歌を歌いながら近付けば、やがて少女はその姿を見ることになるだろう。

 

 ──1人のトレーナーが検問に引っかかった。

 

 

 

 

 

 

 眠るようにじっとその時を待っていれば、遠くから元気そうな鼻歌が近付いて来るではないか。

 おれは直感的に理解した……これがラストチャンスだと。

 

 だから逃げられないようにおれは重い腰を上げてこちらからも歩み寄る。

 

「なァ……おれとし──」

 

 手を伸ばせば届くほどの距離で目と目があった。目と目があえばなんとやら。おれは昔から語り継がれるトレーナーの作法に則り声をかけようとした。

 

「ひぃぃ!お化け!?」

 

 突然目の前に現れた顔と不意に目が合い、更にはその顔からまるで生気が感じられない……そんな恐ろしい状況にツインテールを逆立てて驚いた。

 

 お化けだなんてそんな失礼な……おれは誤解を解くため今にも尻尾巻いて逃げ出そうとしている彼女の肩を掴んだ。

 

「あかん!あかんねん!うちお化けとかそういうのあかんねん!!!」

 

 彼女は更なるパニックを起こす、違うんだ聞いてくれ。おれは疲れ切った声を出来るだけ隠すように優しく語りかけた。

 

「ま、待ってくれ……おれはトレーナー、君と同じトレーナー」

 

「むりむりむりむ……へ?トレーナー?」

 

 おれがトレーナーである事を明かせばなんとか落ち着いてくれたようで、もう逃げられる心配はなくなった。

 ドレスに取り付けられたモンスターボールを見る限り彼女のポケモンはおれと同じ一体だけ、これなら勝てる……!

 

「おれと勝負してくれ……!」

 

 降って舞い降りた千載一遇のチャンスにおれの声も力が入る。

 

「あー!なんやそういうことやったんかー!全然ええよ!むしろうちもやりたくてやりたくてウズウズしててん!」

 

 彼女は驚くほどあっさり了承した……いや、ルールによって断るという選択肢はないのだが、それにしてもバトルに対して億劫な様子を見せたり嫌な顔をするかと思っていたのだが……

 そんな様子は一ミリもなく、それどころか初日に出会った虫取り少年のようにワクワクしていた。

 

「うちアンナ」

 こちらの自己紹介を促すようにアンナは簡潔に名乗ってきた。

 

「おれはヨバル」

 

「これから戦う相手の名前ぐらい知っときたいやん?ほんならヨバル、バトル始めよか!!」

 

 アンナは距離を取り、いつでもOKとばかりに構える。

 しかしその言葉はまずかった。バトルという言葉に再びリュックが震え出す。

 頼む、この勝負だけは……今回だけは逃げられないんだ。

 

「ラルトス、大丈夫だ!相手はアイツじゃない大丈夫だから……」

 

 震えるラルトスの頭を撫でながら、言い聞かせるように何度も繰り返した。まるで自分に暗示をかけるように。

 そんなおれの祈りが通じてか、あまりの必死さに冷静になったのかラルトスの震えは治った。

 

 きゅりぃ!!

 

 ラルトスは自分の頬を叩いて元気よく鳴いた。それはいつもおれがよくやる気合いを入れるための儀式だった。

 そうだ、気合いを入れろ。ここで勝たなきゃ明日はまっくらだ。

 

 頬を叩き、アンナに向き直る。

 

「準備は出来たみたいやね!うちらも気合い入れていこか!いくでミミちゃん!」

 

 そう言ってファイトポーズをとったアンナはミミロルを繰り出した。

 ミミロルといえば耳を使った爆発的な加速が有名だ、だったら中距離は危ない、遠距離を保ち続けるいつもの戦術が刺さるはずだ。

 つまり今おれがするべき事は──

 

「まずはこっちから!ラルトス!ねんりき!」

 

 リーチを活かした先制攻撃!

 念による見えない攻撃は無防備なミミロルを捉え、宙に浮かび上げ……地面に強烈に叩きつけた。

 

「ミミちゃん!こっちも行くで!でんこうせっか!」

 

 ねんりきを受けたにもかかわらず、すぐさま起き上がり距離を詰めてくる。

 ここで慢心して迎え撃ったのが虫取り少年戦での敗因、だったらここは……

 

「ラルトス!テレポートからねんりきで吹き飛ばせ!」

 

 ちゃんと距離を確保してからねんりきで更に突き放す!

 先ほどまでラルトスが居た位置でミミロルがねんりきに捕まり吹き飛ばされる。

 もしもテレポートをしていなかったら。想像したくもない状況に冷や汗を流す。思った以上に神経を使う戦いになりそうだ。

 

「ミミちゃん受け身取って!すぐにでんこうせっかで反撃や!」

 

 ねんりきは距離を稼ぐために吹き飛ばした代償として、ミミロルのもふもふの耳による受け身でダメージを軽減されていた。

 それでも瞬き一つの間に吹き飛ばしただけの距離を詰めて来られれば吹き飛ばし続けるしかない。

 

「ラルトス!テレポートからのねんりき!」

 

 同じように指示を飛ばせば、ミミロルはねんりきによって同じように吹き飛ばされる。

 

「ミミちゃん!でんこうせっか!」

 

 それだというのにアンナは愚直にミミロルを突っ込ませ続ける。届かないとわかっているはずなのに……いや、おれはこの動きを知っている。

 

「ラルトス!テレポート!」

 

 直感が告げる嫌な予感に従っておれは早めのテレポートで退避する。

 

「ミミちゃん!今や!追撃のにどげり!」

 

 ミミロルはでんこうせっかで距離を詰めたあと、半回転させるように捻り、その自慢の耳で地面を蹴った。

 先ほどまでのでんこうせっかとは比にならないスピードでラルトスを蹴らんと肉薄する。

 

「……ッ!テレポート!ねんりき!」

 

 蹴りがラルトスの鼻先を掠めた瞬間……なんとかテレポートが間に合いねんりきで再度仕切り直した。

 

 危なかった……コンマ1秒でも遅れていたらあのまま……

 

「ミミちゃん!でんこうせっか!」

 

 アンナは息つく間も与えない猛攻を始める。しかしその攻めの起点は一辺倒で、テレポートの回数を増やせば対応出来るものだった。

 

「ラルトス!テレポート!」

 

「もっかいや!にどげり!」

 

 テレポートをすれば踏み込まんと体を捻って回し、耳を使った爆発的な加速で追い詰められる。

 だったら逃げる方向を変えて軸をずらせばいい……!

 

「テレポート!」

 

「右や!」

 

 ミミロルの横に飛ぶ。これで避けれる……そう思った矢先、アンナの声に呼応するかの如く耳が曲がり、ラルトスを追うように跳ねた。

 

 どこにでも飛べるのかよ……!

 

「とにかくテレポートだ!」

 

 焦りのあまりおれは無茶苦茶な指示を出してしまう……それでもラルトスは迫り来るミミロルを上手く避け続け4回のテレポートの末、ミミロルを振り切って見せた。

 

「今だ!ねんりき!」

 

 ねんりきはまたしても無防備なミミロルを捉え、高く持ち上げ……そのまま地面へと放り投げた。

 ミミロルは地面へと強烈に叩きつけられ、辺りを土煙が舞う。

 

 勝負あり。そんな言葉が頭をよぎる。

 

 しかし、この場にはまだ諦めていない影が二つ。

 

「まだや、まだ負けてへん」

 

 負けず嫌い、悪くいえば諦めの悪いアンナの言葉に応えるかのように、ミミロルは立ち上がった。

 既に体はボロボロ、目も半開き……そんな満身創痍な状態でも期待に応えるため立ち上がった。

 

「嘘だろ……?」

 

 立っていること自体奇跡に等しい、それでもまだ戦える。そう思わせるほどの気迫があった。

 

「ミミちゃん!でんこうせっか!」

 

 それでもアンナの攻めは変わらない。落ち着いて対処すればこんな綱渡りしている状態のミミロルなんて怖くない。

 

「ラルトス!テレポート!」

 

 指示を飛ばせどラルトスはテレポートしなかった。

 

「そろそろ限界やと思っててん……ミミちゃん!がむしゃら!」

 

 既に10回もテレポートを使ったラルトスは疲労が祟り上手く飛ぶことが出来なかった。

 火事場の馬鹿力というべきか、驚異的な速さでラルトスに肉薄したミミロルはがむしゃらにラルトスをかちあげる。 

 

「ミミちゃん!トドメのとびげり!」

 

 や、やめてくれ……ここで負けたらおれは!おれは……!

 

 そんな祈りも虚しく、ミミロルは宙に舞うラルトスへ飛びつき、思いっきり蹴りつけた。

 

「ラルトスー!!!!!」

 

 意趣返しと言わんばかりに大きな土煙が立ち上がり、終幕を告げる。

 

 敗北。死力を尽くして尚おれはまた負けたのだ。

 

「この勝負、うちの勝ちや──ん?」

 

 おれの目の前がまっくらに染まろうとしたその時。

 

「あー、この勝負どうやら……引き分けやったみたい」

 

 気まずそうに頬をかくアンナと目を回した2匹の姿があった。

 

 

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