シュレーディンガーの猫被り。   作:もんさん

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入学者選抜試験
#1 威風堂々、滅紫の雷


あれから三ヶ月...おかゆさん改めおか姉との生活にも慣れ始めてきた今日この頃。息付く間もなく過ぎ去って行った時間は、かつて病弱だった私を数段上のステージへと導いた。以前よりも確実に強くなっているのが分かる。良い事だ。

 

そんな私は今、心新たに入学者選抜試験会場へと向かっている。今日が入試当日。私がホロライブ学園への合格切符を手にする、記念すべき日だ。

 

「壁とは、越えるべくして立ちはだかるもの...不撓不屈の精神ですね。ロマンがあります」

『...僕としては、たった三ヶ月で教えることが無くなっちゃった事への驚きの方が大きいよ。飲み込みが早いね」

「そうですか?褒めても何も出ませんよ?」

 

おか姉から借りている猫又の(こん)──いわゆる核となる部分は、なんとこのように遠隔デバイスにもなるらしい。おか姉と会話できるお陰で、変に気負わずに済んでいる。

 

ちなみにおか姉の声は第三者には聞こえないため、傍から見れば独り言の絶えない頭が豊かな人だと思われること間違いないだろう。私は一向に構わない。

 

『逆に不甲斐なくなっちゃうなー...大見得切ったけど、教えるのは苦手なんだよね』

「バーンってやってドーンってやってブォーン...でしたっけ」

『...忘れてくれると助かるなぁ』

 

おか姉の教育は、思っていたより随分と感覚派だった。具体的には前述の通り、オノマトペの列挙が常である。私の肉体に宿る猫又を上手いこと操り、ひたすらに体で覚え続ける日々でした。

 

「さてと、ここが学園の校舎ですか...端が見えませんね。他の学舎よりも数十倍大きいと見ました」

『流石にそれは盛りすぎな気がするけど、確かにここは全国でも頭ひとつ抜けて大きな学び舎だね。どう?ワクワクするでしょ?』

 

胸が踊り、浮き足立つ感覚がする。辺り一面人、人、人。ここに居る全員が私と肩を並べる──あるいは私が蹴落とさなければならない敵だ。武者震いがする...なんて言えるほど私の肝っ玉は据わっちゃいない。けれど楽しみなのも、また事実。全力でぶつかってこよう。

 

「当たって砕けろです。まぁ砕けたら元も子もない──」

「──足取り軽め、轟はじめ!青春勝ち取る、番長出陣!!」

 

エンブレムが取り付けられた立派な校門をくぐった時、私の真横を誰かが走り抜けて行った。ペンギンのキーホルダーがついたショルダーバッグ、ペールトーンのジャージ風コーデ...そして何より、あの大胆不敵な様子。周りがギョッとして自然と距離を置くレベルである。ある意味輝いている。ああいう人間こそ、入試のボーダーを軽々と掻い潜って行くのだろう。そういう意味では、私も負けられない。

 

『...毎年、不思議な子が一定数入学することで有名だからね。ホロライブ学園は』

「賑やかなのですね、退屈しなさそう」

『...オブラートに包んだら、そうとも言えるかな』

 

表情は見えずとも、おか姉が苦笑しているのが容易に想像できる。私もリアクションに困ってしまった。

 

何故か沈黙が痛く感じた。

 

 

──自称番長が私を追い抜いた時の、鋭い痛み。体の表面を、ビリビリと何かが(ほとばし)るようなあの感覚が、どうしても忘れられなかった。

 

 

 

 

──第一次・筆記試験終了。

 

文字通り、終了である。私は庭に出てめそめそとおか姉に泣きついた。

 

「聞いてないです...頭が良くないと入学資格が得られないだなんて...」

『...入試って、そういうものだからさ...てへぺろ』

 

試験中、しきりにおか姉に助けを求めたが、的外れなアドバイスしか返ってこなかった。どうやら私たちは揃いも揃って知能指数が低いらしい。悲しきかな。

 

『でもなずなちゃん、1900年代後期の歴史とかスラスラ書けてたよね。どこで覚えたの?』

「...覚えたというよりかは、()()()()と表現した方が適切かもしれません」

『んんん?』

 

痛い所を突かれてしまった。そりゃあ、あれだけ他の科目でズタボロだった分、歴史分野のみ好調だったことに驚くのはなんらおかしくないことだ。だがそこには、少々特殊な私の出自が関わってくる。あまり進んでひけらかしたくはないが、聞かれたからには答えるしかない。

 

「...私の──クローンナズナの基体となった人間の、記憶です」

 

数秒の間の(のち)、その真意に気付いたのか、おか姉が息を呑む音がした。

 

「私が不完全なクローンである所以は、ここにもあります。自我が強すぎたのか、はたまた特異な体質だったのか...私は唯一、基体である人間が歩んできた記憶を一部、受け継いでいるのです。まぁ、大半は潜在的な記憶として私の深層心理に眠っていると思いますけどね」

 

これが、真実。(ナズナ)(クローン)であることを悔やむ、本当の理由。ふとした瞬間に蘇る誰かの記憶が、私の罪悪感を揺さぶり、駆り立てるのだ。

私が生まれる過程で、何の罪もない誰かが犠牲になっている。そんな惨たらしい事実を押し付けられているようで、心底忌々しかった。

 

『...酷なことを聞いちゃって、ごめんね。デリカシー無かった』

「いえ、おか姉に非はありません。人が変わったかのように筆がスラスラと乗るようになったら、誰だって懐疑的な気持ちになります」

『うーん...そっかぁ。年下に宥められるなんてね、ますます不甲斐ないや』

「...バーンってやってドーンってやってブォーン」

『今それ関係なくない!?』

「えへへ」

 

こんな陰気な話はこれでやめにしよう。次は第二次・実技試験。気持ちを切り替えて、筆記試験で負ったハンデの埋め合わせをしなければ。差は大きいぞ。

 

「その前に...」

 

しかし今はまだ昼休憩の真っ只中。移動を始めるには少しばかり早い。そして私はベンチに座っている。したがって導き出される最適解は──。

 

「あむっ...むぐむぐ...」

『どう?目が覚めて疲労回復にもなる、特性梅干しおにぎりだよ』

 

おか姉秘伝のおにぎり補給タイムである。初めて食べたあの温かい味が忘れられなくて、今ではすっかり虜になってしまった。今日もおか姉のおにぎりをきっちり二個、大事に大事にリュックサックに保管して持ってきた。

 

「ん〜!美味しいです!梅干しなのに甘酸っぱい!」

『ふふふ...実は隠し味に砂糖が入っているのだよなずな君。僕のばあちゃんからの相伝レシピがあるんだ、すごいでしょ』

「もぐもぐ、はぐはぐはぐ」

『...相変わらず食欲旺盛だねぇ、いっぱい食べる子は好きだよ〜』

 

しっかり味わって食べていたところに、予鈴が鳴り響いた。実技試験の開始、五分前を告げるものだ。慌てすぎておにぎりを喉に詰まらせながらも、私は急かされるように校舎へと転がり込んだのであった。

 

 

 

 

カバーアカデミー併設 ホロライブ学園──第二次・実技試験、概要。

 

試験場は、学園保有の複機構格納型グラウンド「オルタナ」。地下空間にて構築されている高度な魔法陣と魔術倫理によって、バリエーション豊富な仮想訓練場を即座に地上に建造することが可能である。

今年度の本試験では、うち市街地エリアを生成し会場とする。試験内容は至極単純。一定時間内における、試験用敵対ホログラム、バーチャルエネミーの討伐数を競うというもの。

 

シンプル、故に困難。多くの受験者が一気に(ふるい)にかけられる中で、強者だけが生き残る。まさに弱肉強食を体現した試験である──。

 

「バーチャルエネミーは人型、獣型、異形型の三種類で、順に評価ポイントが高くなっていく...実戦を試験に落とし込むこの方式、面白いです」

『...油断してると、簡単に足元を掬われちゃうのが怖いところでもあるね」

「ええ、その通りです。でも安心してください、私は冷静沈着。最後まで気を抜かず、努めて慎重に挑みます」

『いかんせん信用できないんだよね。ご飯食べてる時のなずなちゃんを見てると』

「えー、そんなぁ」

 

おか姉との軽口の言い合いで、緊張を解きほぐしていく。おか姉の言う「怖いところ」とは、この試験のもう一つのシステムにあった。

 

一.他の受験者を制圧することで、そのポイントを奪取できる。

 

凹凸のない、簡素でフラットな試験形式に、混沌をひとつまみ加えるかのような。おそらく評価ポイントの獲得自体はさほど重要視されていないのだろう。むろんポイントの総計が合否を(わか)つが、試験の後半からは、ポイントの奪い合いにスポットライトが当たる。

 

「必然的に受験者同士を戦わせよう、という訳ですか...学園も恐ろしいですね」

『それが学園を学園たらしめているって言っても過言じゃないからね。実技試験への手の施し方が、他とは段違いなんだよ』

 

さもありなん。

 

ふと何の気なしに、辺りを見渡してみる。相も変わらず、身の毛がよだつほどの人の圧。あの塊をいっぺんにひと会場に押し込んだら、そりゃこうもなる。

 

そんな雑踏の中、一際に異彩を放つ者も何人か見受けられる。フードを深く被り、更には仮面までつけて、両手にナイフを携えた人物。絹のようなホワイトブロンドの長髪を木の葉の意匠でまとめ、刀の柄に掌を乗せる人物。それにあれは...コヨーテの獣人か?一箇所に集まって談笑している姿から、おそらく顔見知り以上の間柄であることを推察させられる。あの三人に一気に攻め込まれてしまったらひとたまりもないだろう、要警戒だ。

 

「あ。あの人は...」

 

遠くに、今朝方の自称番長の姿が見えた──バチバチと()()()()()()

 

『...なるほど、体に電気を纏う異能かぁ。応用が効くし便利そうだね』

「あぁ...だからあの時、静電気のような痛みが感じられたんですね」

 

周囲の受験者は、その様相に気圧(けお)されているように見える。かくいう私も、自称番長が漲らせるあのビビッドな電流に見惚れかけていた。

 

「なおのこと、負けていられないです」

『その意気だよ。勢いに飲まれないように落ち着いて、頑張っておいで』

「もちろんです。期待しててくださいね」

 

──第二次・実技試験、開始。

 

女性の無機質なアナウンスが聞こえたと同時に、一望千里のグラウンド全域に、サイレンが鳴り渡った。先刻、要警戒の烙印を押したあの三人組が「ルイの声だ」なんて盛り上がっているのが耳に入ったが、それ以上深くは考えなかった。

 

「では、行ってきます」

 

コンクリート製の地面は蹴りやすくていい。お陰様でこんなに──加速できる。

 

「まずは一体」

 

最初に相対したのは人型一匹のみ。ポイント稼ぎのための良いカモである。今の私の前では、もはや敵では無い。塵にさえ等しい。

 

他の受験者より一足早く戦場に躍り出た私は、駆け出した勢いそのままに鉤爪で人型の腕を裂いた。立て続けに切り返し、胴と首を泣き別れにする。完全に分離したそれらは、やがて光の粒子となって消えた。

 

「さすがはハイテクノロジーを有する学園です。どういう仕組みなんでしょう、これ」

『...弟子が弟子じゃなくなっていく気がする...免許皆伝かなぁ』

 

おか姉が尻すぼみになって、ボソボソと何かを呟いたように感じたが、上手く聞き取れなかった。

 

「ギャアァァァァァウァァ」

「ヴァアアァァァアァァ?」

 

二体目・三体目はいずれも背後から。ご丁寧に鳴き声を上げ、自ら位置情報を曝け出してくれるとは、何ともありがたい。倒してくれと宣言しているようなものである。

 

「使うのは初めてですけど...上手く行きそうですね──妖瞳(ようどう)

 

迷うことなく振り向いて、すぐさま妖光を伴う瞳でその姿を捕捉する。瞬間、エネミーは二対とも怯み、動きを硬直させた。

予想通り、どちらも獣型だ。高い俊敏性と攻撃性が取り柄の彼らにとって、この瞳──無条件で行動不能に陥る「妖瞳」は、厄介極まりないはずであろう。

 

「痛いかもですが、我慢して下さいね」

 

思考を取り落とし、地面に突っ伏した彼らの首元に、一本ずつ尻尾を這わせる。片方は、幻術によって一時的に増やした贋物(がんぶつ)だ。鍛えた結果、幻術は数十秒間に限り運用できるようになった。

 

「安らかに──お休みなさい」

 

力をかけて締め上げる。十秒もしない内に息絶えたのか、両方とも体をだらんと脱力させ、消えた。同時に私の尻尾も一本に戻る。妖瞳、幻術、尻尾の合わせ技だ。

 

『教えてないことを即興で...末恐ろしい子...』

「ふふん、見ましたかおか姉。凄いでしょう」

 

イマジナリーおか姉に胸を張って応える。さしものおか姉も、私の成長速度に目を見張っているようだ。喜びで自然と口角が持ち上がってしまう。浮ついた気持ちが隠せない──故に、気が緩んでいた。

 

油断大敵。事前にあれだけ念頭に置いておこうと話をしたにも関わらず、失念してしまっていた。案の定...とは言いたくないが、やはり私は詰めが甘いのだった。

 

真後ろに立つ男の影に、私は気が付かなかった。

 

「あぁ、凄いな──じゃ、俺たちの踏み台になってくれよ、獣人族」

「──っ!!」

 

考えるよりも先に、体を動かす。ほとんど反射で飛び退いた直後、私が立っていたはずの地面が放射状に割れた。大柄な男が、ドリルに変形させた腕を地面から引き抜く。異能だ。

 

「あれ、外したか。まぁ良いや...やれ、お前たち」

 

衝撃の影響か着地を誤り、たたらを踏む。突如として背後に現れたいくつもの気配に、脳内で警鐘が鳴らされた。

 

体を捻り、鉤爪で力任せに切り裂こうとする。しかし空振り。動揺で距離感覚が掴めなくなっている。

 

『なずなちゃん!危ない!!』

 

何とかバランスを取り直し、正面を見据える。四本腕の大男、長髪を刃状にした女、槍を投げる細身の男──数え切れない人間たちが、一挙に私を潰しにかかっている。

 

人間の範疇を超えた大男の四つの拳が、私を打ち抜かんとしている。咄嗟に尻尾で受け流そうとするが、向こうの方が僅かに速い。避けられない。

 

「まずっ──」

 

 

──静電気のような痛みが、伸ばされた私の尻尾をパチリと焦がした。

 

 

「ダイナモ、起動!!」

 

眼前に迫っていた拳がひとつ残らず吹き飛ぶ。辺りが紫電に包まれると共に、フィールド上をあの自称番長の電影が駆け抜けた。

 

「は、はやっ」

 

バッタバッタとなぎ倒されていく、ドリル男率いる異能集団。私一人を執拗に狙った報いだと思えば、この仕打ちも妥当なのかもしれない。だがそれにしたって速度がおかしい。よく見ると、両脚のみ電流が紫色になっている。この有り得ないスピードの仕込みがあるとすれば、おそらくそこだろうか。

 

「え、えぇぇ...?」

『...どうやら、僕たちが思っていた以上に、あの子はパワフルみたいだね』

「命拾いした...ってことですか...?」

『そうなるのかなぁ』

 

瞬く間に彼らを掃討し終えた、自称──いや、正真正銘の番長が、しなしなとしゃがみこむ私を一瞥して、満点の笑顔で言った。

 

「大丈夫かー、おみゃー」

 

番長に助けられた──その事実が、私にとっては悔しくもある反面、なぜだか嬉しくも感じられた。

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