牧草地をしばらく進むと異質な空間が見えてくる。地面に埋まった直径3mほどの暗闇、時空を切裂くような漆黒がそこにあった。
それを見た途端、眼帯に隠れた左目が疼く。私たちアビスボーンの特徴の一つ……アビスアイ。暗紫色に染まった忌々しい目が、魔域に呼応するように。
「大丈夫、もう何度も砕いた。あれくらいなら、いつもと同じ。落ち着いて……」
魔動バイクから降り、手のひらを球体の表面にゆっくりと重ねる。
――――瞬間、周りの景色が歪み、森の中に立っていた。
この世界には、2つのダンジョンがある。〈魔剣の迷宮〉と〈奈落の魔域〉。迷宮は、魔剣と呼ばれる魔力が込められた武器が自身の持ち主に相応しい者を選定するために。魔域は3000年前の古代魔法文明時代に行われた儀式が失敗し出来た、この世に開いた異界との門〈
基本的に、迷宮は遺跡などの建造物を模した屋内環境、魔域は世界が曖昧に混じり合った屋外環境で出来るとされている。外が平原だったにも関わらず、内部が深い森に覆われているのも不思議ではない。
周囲を軽く見渡すと、薄く残った蹄の跡や踏み倒された草や低木が獣道となって見える。耳を澄ましてみれば、小さく牛の嘶きと共に、汎用蛮族語による鬨の声が届く。
「声の位置は……牛が、襲われている!」
不整地に足を取られながら声のする方向へ駆け付けると、寄り集まり、威嚇しながら頭を振りかざす牛と、それを囲んでいる数体の蛮族が目に入る。咄嗟に腰から短剣を振り抜き、背後から一体の蛮族の心臓を貫くと、全ての視線と不快な声がこちらに向く。
「ニンゲン!ジャマ!ソノニク、クウ!」
「ニンゲン、コロス!オマエ、クウ!」
「オンナ!ニク、ゴチソウ!」
「ぎゃあぎゃあうるさい、牛から離れて!」
蛮族の背から短剣を引き抜きながら、牛と蛮族の間に割って入る。とはいえ、戦舞士一人では5体も居る蛮族を全て抑え切ることなんて出来ないだろう。種族はボルグ、フーグル、アルボル……無秩序に、手当たり次第に魔域に呼び出された寄せ集め達。守ることを考えるよりは、数を素早く削ることを意識した方が良いだろう。
「
走りながら、魔力を纏わせた短剣で空中に方陣を刻み、操霊魔法の詠唱を終える。それと同時に刀身を明るい炎が包む。最初に狙うのは厄介なアルボル、奴が森羅魔法を行使するために振り上げた杖を空いた片手で手首を払うようにして叩き落し、それと同時に短剣を胸に突き刺す。
「心臓を、外したかっ」
「グギャァッ、コロセ、コイツ、ホノオヲ!」
「もう一度ぉっ!」
「ギャアアッ!!?」
心臓を狙ったが、わずかにズレた。時間が経てば勝手に力尽きるだろうけれど、それを待っている時間はどこにもない。周囲の蛮族に炎を纏わせる能力を使われれば、私が不利になる。
短剣を抜かず、そのまま横に振り抜き心臓を裂く。返り血を浴びながら、事切れたアルボルの胴体を蹴り飛ばし他の蛮族と距離を取る。
「コイツ、ハヤイ!ウシ、コロセ!」
「ウシ、コロス!ハコブ、ニゲル!」
「ハコブ!ボス、モッテク!」
残ったボルグの重装歩兵が、木で出来た粗雑な盾を構え低く構えながら突っ込んでくる。殺すための動きではなく、動きを止め、時間を稼ぐための動きだろう。
「邪魔をっ!くそっ、纏わりつくように……!」
牛に近付こうとする度に、ボルグが足を狙い牽制するような攻撃をしてくるせいで思ったように近付けない。その間に、足の早いフーグルが牛を一匹、また一匹と屠ってゆく。
「退け、蛮族!」
ボルグの頭を短剣の柄で殴り、顔が下に向いたところを膝で蹴る。粗雑な鉄で出来ているとはいえ、ボルグの鎧は厚くこの短剣で致命傷を与えることは難しい、衝撃を与え、意識を飛ばすことを優先していき無力化していくが……2体のボルグを倒した時には、牛は全て亡くなってしまっていた。
「ボルグ、オイテイク!ウシ、モッテイク!」
「ボス、タベル!モウイク!」
「置いていけ、それはうちの街の、ゲンさんの物だから!
牛を一頭ずつ抱え、飛び立とうとするフーグルの翼に向け短剣を突き刺し、もう片方のフーグルには電光を放ち足を止めさせる。その勢いのまま、短剣を無理やり引き寄せるようにして体を持ち上げ……フーグルを踏み付けながら空高く跳び上がる。
「地に、墜ちろぉ!」
跳び上がりながら引き抜いた短剣をフーグルの頭部へ思い切り突き刺し、諸共地面に墜ちる。体が酷く痛む。けれど、もう一体のフーグルが残っている。電光に目が眩み、立ち上がることもできないまま地に伏せているフーグルの元へ、足を引きずりながら近寄り……。
「こんなところに呼び出された不運を呪いなさい」
胸に短剣を深く突き刺し……森は、深い静寂に包まれた。