白の翼に安寧を   作:オルボワール

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転落

 この日、一人の少年は世界を呪う。

 西方大陸にある、とある村に住んでいた彼は、ある時人攫いに遭った。

 珍しい事ではあるが、ゼロではない。ヒトというのは、商品として見るならば様々な流通ルートに乗せる事が可能で、需要も高い。

 少年が売られたのもそのルート。五歳という年齢を加味しても、引く手は数多だった。

 

 彼を買ったのは、エルフの男だった。

 元々は、エルフの国でも高名な魔法の研究家だった。だが、その研究に対する熱意が強すぎた結果禁忌を犯し、逃走。

 今は、元々迷宮であった土地を改造し、その地下に工房を設けて只管に研究へと打ち込んでいた。

 

「いやー、イキのいい素体が欲しかったんだよねぇ」

 

 眼鏡に魔法で灯した明かりの光を反射させながら、手もみしつつ博士はそう呟く。

 彼が見降ろす寝台では、うつ伏せで大の字になる様にして全裸の少年は拘束されている。

 博士の独り言が、静かな工房に響く。

 

「人工獣人って知ってるかい?アレは、体に直接刺青という形で古代魔術を刻み込み獣の魂と人の魂を結合させる事で形とするのさ」

 

 魔力を込めながら、顔料を練り上げる。

 

「そこに、私は目を付けた」

 

「混ぜる魂というのは、獣だけなのか。他の魔物は?獣は?鳥類や、爬虫類、両生類、魚類。同じ哺乳類でも環境の違う水棲哺乳類。この点の答えは、哺乳類が人との魂の親和性が高いからこそ適合しやすいという事らしい。逆に、鳥類や爬虫類といったかけ離れた種族は不可能とは言わないが拒否反応が強かった。私の工房内で弾け飛んだ時には焦ったよ」

 

 あっはっは、と全く笑えない事を快活に言う。

 話の大部分を理解できない、理解したくない少年はただただ震えるだけ。その震えも固定されたバンドによって最小限以下にとどめられていた。

 明かりの下で、博士は顔料を入れたペンのような針を取り出した。

 

「それでね?私は考えた訳だよ。なら、魂その物を弄ったらどうだろう、ってさ」

 

 言いながら、博士はその手の針を何のためらいもなく少年の背中へと突き刺した。

 それも、皮膚を突き破り、肉を抜いて、骨へと直接針の先端をつける深さ。

 

「ぎっ……あぁあああああああああ!?」

 

 絶叫が響く。だが、それだけだ。

 体の穴という穴から体液を垂れ流そうが、喉が絶叫で潰れようがこの工房へと助けが訪れる事は無い。

 絶叫をBGMに博士は、歌うように呟く。

 

「ああ、麻酔は使わないよ。実験なんだから当然だよねぇ。あ、気絶はしてくれて良いよ。どうせ直ぐに起きるんだから誤差だし」

「あぎっ!?ぐぅぅぅぅ……ああああああああ!」

 

 泣けど喚けど、狂人の手は止まらない。

 彼の考案した術式は、皮膚や肉体ではなく対象の骨格そのものへと刻みつける事で効果を発揮、永続化させる。

 これは、とある結論を彼が得ていたから。

 

「何でこんな事をしてるかといえばね、私は思うんだよ。魂というのはヒトという肉袋の内側に宿るものだろうってね」

 

「その魂に関与するために魔力を媒体として術式を皮膚に刻むんだけどさ。それ、遠くない?って思わない?」

 

「だって、魂はヒトの()()()あるんだからさ。その外側の部分に術式を刻んでも、やっぱりその効果は劇的、とは言えない訳」

 

「だから私は、内側に刻む事にしたんだよ。でも、内臓はダメだ。刻もうにも柔らかすぎる上に、ちょっとの傷で検体が死んじゃう。だから、骨に刻むんだよ」

 

 滔々と語られる狂人の言葉。この間にも少年の絶叫が響き、垂れ流された排泄物が嫌なにおいを発している。

 

「骨に刻んだ術式は、魂に影響すると同時に君自身の身体も作り変える!より強靭に、堅牢に、強固に!当然だよねぇ。下地が無ければ意味が無いんだからさ」

「――――!」

「喉が潰れちゃったかい?大丈夫だよ。()()()()()()()

 

 ほら、術式も効果を発揮し始めるよ、と。

 博士がそう言うと、少年の潰れた喉から血が噴き出る。口から少しの血を吐いて、そして、

 

「あ、がァアアアアあああああああ!?」

 

 また、絶叫が響く。

 皮膚を、肉を刺し貫いて、抉りほじる様に針が文字を刻んでいく。当然ながら、少年の背中は血塗れになるのだが、その傷跡は綺麗サッパリ消え去っていくではないか。

 その光景に、博士は笑みを浮かべる。

 

「素晴らしい!君は逸材だよ、少年!術式への適応がこれほど早いなんてね!いやいや、何とも良い買い物をしたもんだよ、全く」

 

 最早踊る様な手つきで、博士はその凶行を推し進める。

 

 どれ程の時間が経っただろうか。練り上げた顔料が全て使い切られ、博士は針を上げた。

 工房には、血と吐しゃ物と汚物のニオイで酷い有様だ。もし仮に、第三者がここに居たならば鳴りやまない少年の絶叫とそれらニオイ、そして猟奇的な光景も相まって発狂していたかもしれない。

 しかし、自ら地獄絵図を造り上げた男は違う。

 

「よぉーし、完成だ。後は経過を視つつ、所々で不具合が出ればその都度修正するとしよう」

「…………」

 

 体は癒えても、気力が無い。

 光の無い淀んだ目のままに、涙の跡だけを残して少年は沈黙していた。

 その少年の背中、肩甲骨の辺りに左右それぞれ楕円形の円を背骨を境として鏡合わせのように描いて呪文が刻まれている。

 これは表面的な部分で、少年の骨格、特に背骨を中心として骨そのものへと古代呪文は刻まれていた。

 針を置いて、博士は手もみ。

 

「さてさて、どんな結果が見れるかな?まあ、どんな結果であろうとも、この記録は更なる発展へと向かう!!」

 

 男の高笑いが血腥い工房の中に響く。

 少年の地獄は、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月×日

 

 被検体を求めて“店”へと向かった。この前買ったハーフフットは直ぐに壊れてしまったから、今度は頑丈なドワーフやオーガ何かが居ると良いかもしれない

 そう考えて向かった店は、しかし少し前に仕入れ先の幾つかを潰されて品薄状態。成程、あの煩い小鳥たちか。ご苦労な事だ。

 仕方なく、仕入れたばかりだというトールマンの子供を買った。そう言えば、昔はハーフフットをトールマンの子供として、或いはノームの子供として売りつけられた事もあったっけ。

 さてさて、買ったこの少年は魔術の進歩に役立ってくれるかどうか

 

 

 ○月×日

 

 素晴らしい!実に素晴らしい拾いものをしたものだ!これで、子供だからと割安だったのは素晴らしい!次は、子供狙いで買っていくとしよう。

 実験は成功だ。まず、再生能力の付与と、並びに向上を確認。擦り傷程度ならば、数秒。骨折、深い切り傷となると数十秒。細胞が死んでしまう火傷は、数分。

 破格だ!素晴らしい!子供ゆえの無垢な魂だったからか!?それとも、肉体の拡張性を活かしたからだろうか!?

 ああ、悩ましい!そして、素晴らしい!これより先もあqwせdrftgy(文字が荒れて読めない

 

 

 ○月×日

 

 昨日の日記は失敗だった。あそこから三ページも消費したというのに肝心の中身が読めないとは!

 まあ、良い。実験記録は別にとっているし、そもそもこちらは誰が見るというものでもない。それよりも、少年だ!少年!

 私の組み上げた術式は、思った通りの効果を発揮している。

 何をおいても、まずは肉体だ。下地が確りとしていないければどれだけ巨大な建造物でも傾き、そして壊れてしまうからね

 まず、必須なのは再生能力。これは、生物の細胞分裂回数をそもそも増やしてしまえば良い。もっと言うなら、分裂した先の細胞もまたオリジナルとなればいい。

 要するに、0と1をずっと行き来し続ければいい訳だ。つまり、分裂した細胞は1へと進むが、その分裂した先の細胞は0となるという事。

 まあ、小難しい事は要らない。要は、回復能力に限界が無い様にしてしまえば良い

 続いて、肉体の強度そのもの。特に、術式を刻んだ骨格はそのまま鋼の強度を持たせる。ただし、あくまでも強度だけだ。鋼そのものへと置換してしまえば死んでしまうからねぇ

 この骨の強度に合わせて、皮膚や筋肉の強度も上げる。

 ただ、ここで誤算があった。

 骨の強度は上げやすいんだ。もともと、硬いものだからね。その値をさらに上げればいい。問題は、肉の方。

 肉の軟らかさは、同時に衝撃に対するアブソーバーになる。限度はあるけど

 だから、ただ固くするとかそういうのじゃ、寧ろ動きに支障をきたす。そんなモノは、私の目指すべきものじゃない!

 という訳で、とりあえず象程度の皮膚の強度にして後は、再生力頼りとしよう

 そういえば、何時までも被検体や少年では味気ないな。折角、魔術の更なる発展の礎となれるのにいつまでも名無しなのは良くないだろう

 うーむ、何かインパクトが欲しいね

 

 

 ○月×日

 

 決めた。君の名前は――――――――レグナだ

 

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