白の翼に安寧を 作:オルボワール
太い鎖が軋みを上げる。淀んだ瞳が、格子をつけられ更に魔術によって塞がれた小さな窓から空を見上げた。
レグナと名付けられた少年は、ただ地獄が終わる事だけを願っている。
だが、今日も今日とて彼の地獄は終わらない。
「やあやあ、レグナ!楽しい愉しい実験の始まりだよォ!」
金属製の扉を押し飛ばすようにして、エルフの博士が入ってきた。
彼は、レグナを買ってその結果得られた実験の成果を見てからずっと上機嫌。
その成果というのは、
「それじゃあ、魅・せ・て?」
容姿端麗なエルフとはいえ、数百年生きているオッサンの猫なで声は気味が悪い。だが、レグナに抗う選択肢も、そして気力も持ち合わされてはいなかった。
変化は、彼の背中。襤褸切れのような服の下の皮膚が不自然に盛り上がり、動き。
そして、服を突き破って肩甲骨の辺りから一対の白い羽が現れた。
鳥類系の羽根で覆われた翼だ。だが、その白は決して純白とは言えないもの。
羽根の一枚一枚に赤い古代呪文の術式が刻まれているからだ。それが翼を成してビッシリと。
結果、純白の赤の映えた奇抜な翼へと変貌していた。
現れた一対の翼を前に、博士の表情は恍惚としたものへと変わる。
「~~~~ッ、はぁぁぁ…………何って、美しいんだ……。全く、惚れ惚れとしてしまうよ」
初恋の乙女のように頬を赤らめながら、博士は誘蛾灯に惹かれる蛾のようにその手を翼へと伸ばして撫でていく。
これこそ、研究成果だ。
触れれば羽毛としての軟らかさを持ちながら、同時に翼であるのだから空も飛べる。
オマケに、この翼はただの翼ではない。
「あらゆる外的要因への防御力に加えて、肉体同様の再生力!そ・し・て、」
博士は一枚の羽根を抜き取った。そして徐に近くの石壁と投げつける。
雑な動作であったが、まるで意思を持つかのように真っすぐに宙を突き進んだ羽は、そのまままるでナイフをバターに突き立てたかのように
同時に、石壁に突き刺さった羽根は青白い炎を上げて燃え上がった。
この翼は、武器であり防具。広げれば盾であり鎧となり、振るえば剣となりメイスとなる。放てば遠距離武器であり、火矢となる。
「いや~、もう、本当…………最ッ高だね!」
「…………」
翼に頬ずりする博士に、レグナは何も言わない。
虚空を見つめたままぼんやりとしたままだ。
心が殆ど死んでいた。いや、完全には死滅していないが仮死状態のようなモノ。
痛みの先で心が壊れかけ、生存本能が精神を守るために深い場所へと埋没させ、結果博士の命令を忠実に守る人形の完成。
博士からしても、レグナの精神状態は実験に関係ないため気にも留めない。
一頻り研究成果の翼に頬ずりをしてから、博士は顔を上げた。
「はぁぁぁぁ~~~、もっと愛でていたいけれど魔術の進歩に犠牲はつきもの!早速実験を始めようじゃないか!!」
立ち上がる。
そして、今日の地獄が始まった。
*
○月×日
今日は、腕を落としてみたぞ!これが中々に大変なんだ。
私の素晴らしい技術で骨は鉄の強度に勝るほど。肉の方はそうでもないんだけどね。でも、切断できない訳じゃない
竜鱗を切断できるだけの切れ味があれば良いのさ。この点は、ミスリルでもあれば解決する問題
そしてそして!ただ斬るだけじゃ芸がない。引き千切ったり、叩き潰したり、焼き切ったり、爆発切断をしてみたり!
うーん、やっぱり生物の身体だからね。どうしても、細胞が大きく破壊される火傷系はダメみたいだ。再生が他の状態と比較しても極端に落ちてしまっているや
それでも、うん。上々上々、これもまた進歩の為さ!
○月×日
今日は飛行訓練だ!私の工房は、地下にあるけどここは迷宮の地下だからね。実に広大な空白地帯があるんだ。オマケに、頑丈!どれだけ暴れても外に音が漏れなければ、崩落する気配もない!
さて、鳥類が空を飛べるのは軽量化した骨格と、圧倒的に強靭な胸筋、それから高高度でも酸欠にならない為の呼吸器官にある
他にも色々とあるんだけどね。航空力学とか
まあ、細かい事は良いんだ。そもそも、レグナの翼はただの翼じゃない。魔法の翼なんだからね!
言ってしまえば、概念そのものを形にしていると考えて良い。つまり、飛行に必要なあらゆる要素を排して、羽搏けば空を飛べる、という概念をその翼に宿しているのさ
うんうん、素直な子は良いよ。飲み込みも早いからねぇ
浮き上がるのは、問題ナシ。飛び始めれば姿勢も勝手に最適化されるかな。真っ逆さまに落ちても再生できるだろうし、その程度じゃよっぽどの高さじゃないと即死しない
良好良好
○月×日
どうしようかな。もっと増やしちゃおうか
欲しいのは、武器かな。魔法は翼で出来るけど、ステゴロってのは面白くない
折角だ、骨を使っちゃおう。延長は難しくないし、色々と弄れるように遊びも作ってるからね
既存のまま伸ばすか。それとも、そのまま骨そのものを増殖、変形させちゃうか
どうせなら、空を飛ぶ時に使いやすい方が良いかな。うむむ、私は武器に関しては門外漢なんだよねぇ
うーん…………
○月×日
迷ったけど、シンプルに行こう。
という訳で、槍にしちゃお。骨を基にした純白の槍だよ!
両手で握れて、空を飛んでいる時にも邪魔にならないしね。ある程度のリーチもあるし、懐に入られてもレグナの身体を殺しきれるだけの奴は早々居ないだろうし
あ、因みにレグナの殺し方は結構面倒だよ。全身を一瞬で焼き尽すとか、体の各部位をバラバラにしながら捕食でもすれば何とか、かな
槍術はどうしようかな。うーん………あ、いい事思いついた
○月×日
今日は戦闘訓練をしたヨ!といっても、私はからっきしだからねぇ。只管空洞に魔物を放ってレグナを襲わせただけなんだけど
最初はぎこちなかったけど、うん。肉体の再生能力を使えば、やっぱりあの程度じゃ敵じゃないねぇ
竜種が居たらいいんだけど………
*
純白の槍を振るい、迫りくる異形を斬り伏せ、叩き伏せる。
血風の中を、レグナは駆けていた。
右手に握るのは、穂先から柄まで全てが真っ白な一本の槍。余分な装飾などは一切なく、ただただ対象を殺傷する事だけを求めた逸品。
レグナに槍術は愚か戦闘技術のノウハウなどは一切ない。
それでも、周りを魔物に囲まれて生きているのは改造された肉体強度に因る所が大きい。
肉体強度もさることながら、それらを出力する身体能力もまた凄まじい。五歳の少年のフィジカルではないのだ。
加えて、今の彼は心が仮死状態。裏を返せば抑制する理性が沈んでおり本能がむき出しの状態。
生き物の本能は、その個体の生存を最重要目的に据える。
結果生まれたのが、我流の戦闘術。
己の生存を主眼へと据えつつ、敵対象を一切の慈悲なく確実に殺傷する。
そんな血腥い技術の発露。それはまだまだ荒の目立つ素人の暴力でしかない。それでも、そのフィジカルで発揮すればゴブリン程度では相手にもならない。
瞬く間に血の海が出来上がり。その中央に、赤斑白翼の天使は立ち尽くす。
響くのは、拍手。
「はぁい、お疲れ様ぁ。良い記録が取れたよレグナぁ。君がもっと成長すれば、更なる魔法の発展を期待できそうだねぇ」
博士はそう言って、左手に握った指揮棒のような杖を振るった。
瞬く間に古代呪文の術式が血と肉の海へと走り、もう一度杖が振られるとまるで排水溝へと水が流れ吸い込まれる様にして空間へと血肉の海が飲み込まれていった。
あっという間に綺麗になった地面。その上をスキップしながら、博士は足を進めるとレグナの前に立ち、その表情の抜け落ちた顔を覗き込んで笑みを浮かべた。
「んっふふふふ。もっともっと、私に可能性を見せておくれよぉ?」
「…………」
少年の地獄は続く。