この物語は勇者と魔王が存在する世界が舞台のお話。
勇者とは人類が魔界という別世界からやってくる魔物、それを統べる魔王を倒す為に人の祈りを聞き届けた神によって鋳造されたとされる黄金に輝く聖剣を握る資格を得た者を指す言葉で、魔王が姿を現し戦いが激化すると常に人々は勇者の存在を羨望するのです。
ですが、そう簡単に抜けないからこそ聖剣は聖剣足り得るのですよ。
神が作った穢れの一切を受け付けないとされる神域の森と呼ばれる場所──緑豊かな美しい木々とその恵みを受けて育つ美しく気高い動物達に守護される様に飾り気のない石の台座へと刺さっている聖剣。
この場所に辿り着くだけでも天然の迷路と化した森と侵入者を排除する動物達を退けなければならず、此処にたどり着いただけでも一定量の実力が認められる。
おや?どうやら森を抜ける事に成功した男性が一人、聖剣の近くまでやって来た様ですね。
ふむふむ……戦いの最中で破れてしまったのか上半身が見事に丸見えですが、あの筋肉は相当鍛え抜かれていますねぇ。
しかも拳に血の一切が付着していない辺り、この神域に住まう動物達を自身の威圧だけで対処したんですかね?あれ?それならどうして、上裸なんでしょうか?
「……これが聖剣か」
そんな事を考えている間に彼は聖剣の元にたどり着いた様ですね。
口数が少なそうな如何にも無口で、淡白だと分かる気難しそうなイケメンですがちょっとだけ眉が濃いのが好みじゃないかなーっとゆっくりと手を伸ばして聖剣をゴツゴツとした手からは想像出来ないくらい優しく握り締めて……さてさて、彼に抜けますかね?
「ふぅぅぅ……ンッッッ!!!!!」
うわっ!?凄いですね!!力んだだけで、周囲の落ち葉が舞い上がるほどの闘気が漏れ出ましたよ。
で す が!!!単純な力だけでは聖剣を抜く事は出来ないんですよねぇ。
「ングググ!!!!!」
血管が浮かび上がり、彼の全身からは大量の汗が吹き出てきますがそれでも残念!聖剣は台座から一ミリも浮きませんね。
勇者とは真に天性の才能によってのみ決まるもの、非常に残念ではありますが彼の運命は勇者になるには程遠かった様です。
「ングググ……無理か」
10分ほどして手を離した彼の表情には少しだけ落胆の色が見えましたが、何処か納得してる様な雰囲気もあります。
落胆して背中を丸める人間を見送るのも私の趣味ではあったのですが、どうやら彼にそれを望むのは難しそうで……あら?あの人は一体なにを……
「ふむ。この木が良いか──セイッ!」
はぇ?あのー、人間って手刀で木を真っ二つに出来るんでしたっけ?
「さて……作るか」
作る?なにを?
混乱している私を他所に彼は、黙々と木を真っ二つにしたり素手で加工していき二時間後ぐらいにはなんと!!
「出来たな」
それはそれは立派なログハウスが出来てるじゃありませんか。
素手ですよね?工具の類使ってなかったですよね?えぇ?
「今日はもう寝てまた明日から挑もう」
……なんだか、すごーく嫌な予感がしてきました!!
──1日目。
神域の森に入り、聖剣の元に辿り着く事は出来たがやはり俺如きでは抜く事は出来なかった。もっと精進せねばならんと決意し、聖剣のすぐ近くに家を建てた。
──2日目。
寝て起きて、軽い準備体操として神域の森をぐるっと一周してから再び、聖剣に挑んだが結果は変わらなかった。この日はトレーニングとしてログハウスを作った時の残りを背負い、夜になるまでの間ずっと腕立て伏せを行った。良い負荷だ。
──5日目。
まだ聖剣は抜けていないが、日課の神域の森一周をしていると人語を話す熊と出会った。生物として人間よりも筋肉がある彼と定期的に組み手をする約束を結べたのはとても大きな収穫だと言える。代わりに近くの川から鮭を組み手の度に五匹納品する事になったが、川の流れに逆らいながら鮭を取るのは良い負荷だ。
──10日目。
聖剣は変わらず抜けない。だが、熊五郎との組み手の効果か全力で引き抜こうとしても以前は10分ほどしか保たなかったが、今日は20分も全力を出せる様になった。感謝として蜂蜜もセットで熊五郎に納品したがとても喜んでくれて嬉しかった。
──30日目。
聖剣は抜けないが、今日は初めて熊五郎との組み手で彼を地面に叩きつける事が出来た。驚いた様に目を丸くしているのが少し可愛いと思ったが、やはり彼は本気を出していなかった様で立ち上がった彼からはとんでもない闘気が放たれていて思わず、笑みが溢れた。
──100日目。
聖剣は抜けないが、筋トレに使う木は丸々一本を使っても余裕になってきた。最近は熊五郎との組み手をすぐにはやらずに俺は筋トレを、熊五郎は俺から見て盗んだ武術を自分に落とし込むための時間が生まれている。どうやら昨日、カウンターで放った俺の拳が熊五郎の牙を一本折った事がデカかったらしい。
──150日目。
聖剣は抜けないが、今日は丸一日全力で聖剣を引き抜こうとしても体力が保つようになった事が確認出来た。この日は熊五郎と彼の友達、熊任三郎と一緒に蜂蜜パーティをして盛り上がった。
──250日目。
聖剣は抜けないが、この日は熊五郎と熊任三郎との2対決1での組み手を行った。彼らは付き合いが長いらしく、阿吽の呼吸で攻め立ててくるのがとても良い負荷だと感じられ楽しく、時間を忘れて気がつけば丸一日組み手をしていた……その後、みんなで馬鹿みたいに寝た。
──400日目。
聖剣は抜けないが、ここ数日妙に両手が何かに包まれている様に暖かい。しかも夜になって、力むと僅かに両手が光り輝く様にもなった。俺には魔力なんてなかった筈だが、鍛えた事で魔力でも掴める様になったのだろうか?
──500日目。
聖剣は抜けないが、この日初めて熊五郎と熊任三郎相手に完全勝利をもぎ取った。彼らも本気であったために、戦いの場所に選んだ草原は見事に草の一本も無くなってしまったが神域の森は生命力が凄まじいからそのうち生えるだろうと、皆納得し蜂蜜鮭パーティではしゃいだ。
──650日目。
聖剣は抜けないが、なんとめでたい事に熊五郎にお嫁さんが出来た。どうやら俺達の戦いを見て、熊五郎に惚れたらしく鍛える事しか頭になかった熊五郎に猛アピールの末に落としたらしい。熊任三郎がふて寝していたがどうしたのだろう?
──750日目。
敵が来た。
『ガァァァァァ!!』
「火龍か。神域の森を焼き払ってしまう魂胆だな魔王」
神域の森の木々はそう簡単に燃えないとはいえ、木である以上火龍のブレスを受け続ければやがては燃えて灰になってしまうのは明らかか。
『オイが出る』
「熊五郎、お前は嫁さんと子供を守ってやれ。それが父の役割だ」
『お主が行くのか?ラゴウ』
「そのつもりだ」
俺を見下ろす熊五郎の理性的な澄んだ青い瞳と視線を合わせれば、俺の予想通りに彼はふっと笑う。
『任せるぞ』
「当然」
熊五郎から許可も貰ったことだ。
先ずは基本的な準備運動で身体を解してから、悠々と空を飛んでいる火龍を見上げる。
この森に影を落とすほどに大きく、翼の羽ばたき一つで暴風が吹き荒れるほどの相手ではあるがかの聖剣を抜くのであれば倒してみせねばなるまいて。
しかし、この身に空は少しばかり厳しいな……どうしたものか。
『オオーイ、ラゴウ!!コレを使え!!』
「熊任三郎?──はっ、最高だよお前」
熊任三郎が持ってきたのは、俺がこの森で蜂蜜を取るのに使っていた木製のシーソーだ。
片方に俺が乗り、もう片方に俺より重いものを放り投げて落とすことで俺を高い高い木の上にある蜂の巣へと飛ばしていたものだが、確かにコレであれば俺をあの火龍に届かせる事が出来る。
『重りはオイらが』
『だな熊五郎』
「タイミングは任せるぞ」
シーソーの一端に俺は腕を組んだ状態で立ち、空を見上げその時を待つ。
……そして、ちょうど火龍が俺の頭上に来た瞬間、熊五郎達がもう一端に飛び上がって着地し俺は暴力的な速度で打ち上げられた。
「ぬぅぅぅぅぅぅん!!!」
目を開けるのが難しいほどの風を感じるが、気合いで見開き火龍を常に視界に捉え続ける。
『ガァァァァァ!?』
自らに迫る俺を漸く認識したか?だが、もう遅いぞ火龍。
地を這うだけの下等生物と見下していたのかもしれないが、それは慢心と言える。
「地に落ちて貰うぞ蜥蜴!!」
力んだ事で眩く光り輝く拳を勢いよく振り上げ、一瞬の拮抗ののちに火龍の腹に風穴を空けて俺は奴よりも上に行った──そして今度は落下する時の勢いを借り、火龍の首を鷲掴む。
『ガァァァァァ!!』
「まだ息があるとはな……だが、終わりだ」
最期の抵抗として口をこちらに向けてブレスを放とうとする火龍の首の上に立ち上がり、トドメの一撃を振り下ろす。
「チェェェェェストォォォォォォ!!」
『ガァァァァァ!?!?!?』
光輝く拳を受けた火龍は、絶叫をあげると爆散し、着地の事を一切考えていなかった俺は運良く神域の森にある湖へと着水し事なきを得るのであった──火龍の肉、食ってみたかったな。
そして800日目、勇者が現れた。