──勇者。
生まれながらにして聖剣を抜き、魔王に立ち向かう事が運命付けられた存在であり本人の性格や力量よりも『勇者』である事が優先される存在。
神によってその価値を選定され、来るべき日が訪れれば聖剣を手にするために神域の森へと向かう事が決定されているという言ってしまえば100の人類を救うための1の人柱である。
「『勇者』ミリアルよ。お主にはこれより聖剣がある神域の森へと向かい、かの剣を手に入れて貰う!!」
「ピャ……」
豪華絢爛、この世全ての贅沢の具現と呼ぶべき黄金と職人の技術の粋を集めた家財がある城の一画──所謂、王の間──にはデップリと出た腹を持つ王とその近衛兵、そして王の前に跪く小さな少女が一人いた。
ミリアルと呼ばれた少女は黒髪に、蒼と翠のオッドアイを持ち少女ながらに顔立ちが良く歳を重ねれば絶世の美女になる事が約束された娘ではあるもののその生まれはあまり良くないのか、着ている物はツギハギが多く長い黒髪もかなりボサボサという状態で本人の気も小さく、王の大声に涙を浮かべる始末だ。
「……はぁ、本当にコレが『勇者』なのか?」
「はっ。教会よりお告げがあった者の名はミリアルであったと聞いております」
「そうか。まぁ、万が一でも間違っていれば聖剣を抜けないだろうし構わぬか」
そんなミリアルの情けない姿を見て、王は落胆の溜息を隠そうともしないが気弱なミリアルに言い返すという勇気がある訳もなく、ただ静かに王と近衛兵から向けられる侮蔑の視線を受け入れていると話は勝手に進んでいき、控えていた近衛兵から何の変哲もないただの剣が差し出される。
「神域の森までの武器は貸し出してやろう」
「は、はい……」
旅の路銀だと言いながら申し訳程度に付け足された100G(ゴルド)を袋に入れながら、ミリアルは剣を手に取りゆっくりと立ち上がりペコリと頭を下げる。
「では聖剣を手に入れ、魔王を打ち倒す様に!!」
「ピャ」
右手を大きく差し出しながら叫ぶ王に再び、怯えながらもミリアルはその場を後にし、出口で待っていた案内係の兵に先導されながら城を出る。
城の周囲を囲う水路を渡るための木製の橋を渡り、城下町まで戻るとミリアルは緊張と恐怖で上がりきっていた肩を下ろし全身の緊張を解すと、好奇の視線を向けてくる街の人達の事など気にも止めず自分の心とは真反対の澄み渡る青空を見上げた。
「……どうして私が勇者なんかに」
背も小さく、身体付きは貧相でそれと同じくらい気が弱いのにミリアルは勇者として神に選定された。
当然、何故と自問自答の日々であったが、理由など神が教えてくれる訳もなく──それ以前に神お言葉を聞けるのは教会という神お膝元でもごく一部の限られた人間しかいないのだが──今日、此処に勇者として旅立たなければならない日が来てしまった。
「……とりあえず家に行こう」
そうして歩き出したミリアルが向かったのは城下町の外れ、所謂貧民街と呼ばれる貧しい者達が住まう場所でそこら辺に酒を飲んで倒れている人、やばい薬を使ってキメている人、ボロボロの小屋に身を寄せ合う人々などは決して珍しくないレベルだ。
そんな場所でも、ミリアルに集まる視線は城下町より少なく気が弱い彼女にとってはこっちの方が楽であった。
「ただいま」
「……あら、おかえりミリアル」
「今日は起きてたんだね」
「……」
ボロボロの布団の上で、天井を見上げてボーッとしているのはミリアルの母であり、娘であるミリアル同様に美人ではあるものの生気が抜け落ちた瞳と、ガリガリの身体が彼女の魅力を激減させていた。
「私ね、勇者に選ばれたみたい。だからこれから聖剣を手に入れに行ってくるね」
「……」
返事はなかった。
そもそも、こうして起きている事すら珍しい母親は薬で頭がやられており、仮に会話が出来たとしてもそこにミリアルを思い遣る気持ちなど一欠片もないだろう。
「……じゃあねお母さん」
家にある中でもまともな服に着替えたミリアルは、盾の代わりに木の鍋の蓋を持つと腰に剣を括り付け家の入り口に立つ。
こんな状態の母を置いていけば、どうなるか分かり切っているミリアルは最期になるであろう言葉を投げかけて家を出て行く──その背にいってらっしゃいという言葉がかけられる事はなかった。
──そして、勇者ミリアルは出会う。
「むっ?」
「ピャ」
誰よりも勇者になろうとしてなれなかった筋肉隆々の大男、ラゴウと。
──小さいな。
それが勇者を見て、まず真っ先に思った感想だった。
自分では全く動かせなかった聖剣を抜きに来るのだから、さぞ勇者とは自分以上の筋肉の持ち主だと思っていたがやって来たのは剣を振るう事すら難しそうな子供で正直、困惑しかない。
「お前が勇者か?」
「ピャ……は、はい。そうです、そうらしいです」
「ふむ……」
先程から全く目線が合わないが、目の前の少女は勇者だと答えた。
確かに神域の森が此処まで彼女を導いているのなら、きっと彼女は勇者なのだろうが……許せんな。
「自ら望んだのか?」
「ち、違います……知らないうちに勇者だって言われて……」
「そうか」
俯き続ける彼女に背を向けて聖剣へと向かう。
背後から感じる視線からして、彼女が俺を見ている事は分かっているからいつもの日課の様に聖剣へと手を伸ばし、大きく深呼吸をしてから全身の筋肉を隆起させ、一気に引き抜きにかかる。
「ぬっ、ォオオオオオオ!!!!!」
「ピャ!!」
俺の全身から溢れ出した闘気で空気が爆ぜ、風が吹き荒れるが聖剣はいつもの同じ様に微塵も動く事はなく俺の額から無数の汗が零れ落ちるだけに終わった。
……やはり、抜けんかと落胆しつつ勇者の方を向くと彼女は左右の色が違う瞳を丸くしながら俺の方を見て口をパクパクさせていた。
「見ての通りだ。聖剣はそう簡単に抜けん……それでも抜くのか?」
引き返すのなら今だぞと遠回しに伝えてみるが、勇者の覚悟に変化はない様で何かを小さく呟くと涙がたっぷりと浮かんだ目を拭って立ち上がり、俺を無言のまま追い抜くと聖剣に手を触れた。
──その瞬間、聖剣は持ち主が現れた言わんばかりに黄金色に輝く──
スコンッ!
「あ、え、?」
「……」
そうして彼女は俺が動かす事すら叶わなかった聖剣を最も容易く、引き抜き黄金色に輝く聖剣を天高く掲げるのだった……勇者には全く、相応しくない泣き顔とこれからの恐怖に歪んだ表情で。
「……そうか」
悔しさはある。
どうして俺ではないんだという思いもある。
鍛え続けた日々を思えば、虚無になりそうな気もしてくる。
だが、それでも俺は今にも自殺してしまいそうな彼女を見て、己がやるべきだと思った事を実行した。
「勇者」
「ふぇ?」
聖剣を抜いたまま固まる勇者の前に膝をつき、それでも少しだけ見下ろす事になる彼女の小ささに悲しみを感じつつも右手で作った拳に左手を開いたまま合わし──その時の音で更に勇者がビビる──じっと、彼女の目を見る。
「俺がお前を守る。だから魔王を倒す旅に連れて行ってくれ」
勇者が全人類を守るために戦うのなら、俺はこの子も守るために戦おう。
それくらいしてみせなければ、俺はただ一人生き残ってしまった自分を許せない。