聖剣抜けなかったけど聖拳になった   作:マスターBT

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筋肉、始まりを語る

「俺がお前を守る。だから魔王を倒す旅に連れて行ってくれ」

 

 聖剣を抜きに来たら人が寄り付かない筈の神域の森の中で、私なんかとは比べるのすら烏滸がましいほどの立派な筋肉を持つ男性に旅の動向を頼まれました。

 えっと、正直に言って頭が真っ白白で考えが纏まらないです。

 私達は出会ったばかりで、互いのこともよく知らないのに旅の動向を頼まれても答えに困ります……でも、家の周囲でよく見かける人達よりもこの人は凄く綺麗な目をしてるし聖剣を抜こうとした私を気遣う様な事を言ってくれてたから、もしかして悪い人じゃないのかな?なら良いのかな?

 

「あ、あの……ど、どうしてですか?」

 

「どうしてとは?」

 

 あうう……そうですよね……主語が思いっきりない状態で尋ねても返事に困りますよね。

 じっと私の目を射抜く手にしたばかりの聖剣と同じ輝きを放つ黄金色の瞳は、不思議と気弱で思った事を中々口に出来ない私の弱さを優しく包み込む温もりを与えてくれて。

 

「出会ったばかりです……私の事なんて全然知らない貴方が……理由を知りたいんです。分からないのは怖いですから」

 

 辿々しかったけど、気がつけば尋ねる事が出来ました。

 さっきまでの頭真っ白さが嘘みたいです。

 

「そういうものか」

 

「は、はい」

 

「……俺の故郷はもうない。魔王に全て滅ぼされた」

 

「……え?」

 

 突然、語られた予想外の重たい言葉に私は固まってしまったけど彼はそのまま話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──10年前、それがラゴウの始まりであった。

 平和なごく一般的な農村に生まれた彼は、両親と祖父母そして自分より五つ下の妹と共に暮らしており農村の生まれにしては珍しい、生まれつきの恵まれた身体と両親の畑仕事を手伝う真面目さ、そして誰であろうと口数は少ないものの優しく接するという人気者になって然るべしの生活を送っていた。

 

「あにぃ!ご飯持ってきたよー!」

 

「助かる」

 

 その日もラゴウは畑仕事に精を出しており、上裸で首元に布を巻き汗を拭う姿は担がれている鍬も相まって非常に絵になるもので両親に頼まれてパンと水を持ってきた妹──シシリーは密かにごくりと生唾を飲み込んでいた。

 そんな妹のちょっと危ない様子に彼は気がつくことはなく、彼女の元へと向かいすぐ近くにあった切り株に揃って腰掛けるとパンと水を受け取り頬張る。

 

「相変わらず一口大きいねぇ……私の拳ぐらいパクッと出来そう」

 

「ング……ング……食べんぞ?」

 

「分かってるって!!もぅ、冗談が通じないんだから……それでどう?今年は?」

 

「一度寝かせた甲斐があった。土の栄養は十分、ここ数年は大きく天候も荒れていないし順当にいけば良いのが育つ」

 

 連作障害と呼ばれる同じ作物を連続して育てる事で起きる生育障害や、収穫量の低減、病害の発生が起きる現象があるのだがこの時、ラゴウは半ば感覚でそれを察知し避けた事で彼が管轄する畑は栄養に満ちていた。

 土を耕した時の感覚で理解したラゴウは、家族にしか分からない程度の微笑を浮かべておりその表情を見たシシリーは安心した笑みを浮かべる。

 

「じゃあさ、収穫を収めたお金で王都に──」

 

 買い物にでも行こうと提案しようとしたシシリーの視線の先で、ラゴウの表情が一気に強張った。

 彼女がそれを問いかけるより早く、平和な農村には似つかわしくない悲鳴が突き抜けた。

 

「ギャァァァ!!」

 

「な、なに!?」

 

「……シシリー。逃げるぞ!!」

 

「え、あ?」

 

 状況が飲み込めていないシシリーの手を引き、ラゴウは立ち上がり家族が待っているであろう家へと駆け出す。

 彼には見えていたのだ。

 

 悲鳴が聞こえてきた方からこちらに向かって、迫ってくる魔物の軍勢とそれを指揮する甲冑が。

 遠目で見た程度で、ラゴウの全身には鳥肌が浮かび上がるほどの濃い魔力と人間に対する殺意を放つその甲冑の正体はなんなのか分からないが、そいつが魔物を従えている事と昨日まで元気に話していた村人が次々と殺されていってる事実だけ分かれば十分だった。

 

「あ、あにぃ」

 

 シシリーの不安げな声がラゴウの耳に届く。

 彼女はまだ13歳であり、女の子という事もあって大切に育てられていた為に兄が初めて見せる怖い表情と日常からかけ離れた事態に明らかな怯えを見せていた。

 

「大丈夫だ。俺が守るから」

 

「あにぃ……」

 

 そんなシシリーを見て、自らの恐怖心を押し殺し精一杯の笑みを浮かべながらギュッと離さないとアピールする為に握った手の力を込める。

 二人の家は被害が出ている側と反対にあった為に、悲鳴を聞き飛び出してきた人の群れを縫うように進んで行くがその間も次々と悲鳴は大きくなっていき、遂には黒煙が上り始める。

 

「親父!!おふくろ!!爺さん、婆さん!!」

 

「ラゴウか!無事だったんだな!!一体なにが起こっているんだ!?」

 

 そんな中、漸くたどり着いた実家の扉を開け放つと家族が揃っており父親と祖父は農具を武器の様に持ち、母と祖母は簡単な荷物を纏めているところだった。

 

「魔物の襲撃だ。連中を指揮する奴もいた」

 

「なんだって……まさか魔王が……」

 

「数十年前に打ち倒したばかりじゃと言うのに……」

 

「今はそんな話後にして逃げようよ!!このままじゃ」

 

 だがしかし、人を殺すことに慣れている魔物とその指揮者にとって碌に戦う術を知らない農民を殺すことは容易く、シシリーの言葉を遮る様に下卑た魔物の唸り声がすぐそこから聞こえだす。

 

「ッッ」

 

「皆は逃げてくれ!!此処は俺がやる!!」

 

「ラゴウ!!」

 

「親父は王都に伝手があるだろう!!それを活かしてくれ!!」

 

「あにぃ!!」

 

 商人でもあるラゴウの父は王都に伝手がある為、家族が逃げ切った際に宿などで必要になると判断したラゴウが即座にシシリーの手を離し、殿を務めると叫ぶ。

 そんなラゴウに手を伸ばすシシリーであったが、彼の覚悟を悟った母が泣きながらシシリーの手を掴み自らの方へと抱き寄せる。

 

「大丈夫だ。俺は村一の力持ちだからな」

 

 家族を安心させる為に精一杯に笑うラゴウであったが、恐怖心が僅かばかり滲んでしまい少しばかり頬が引き攣っている事に家族は気がつくがそれを指摘する事はなく悔しそうに顔を歪めると、代表する様に父親が口を開いた。

 

「……分かった。後で絶対、来いよ」

 

「あぁ」

 

 ラゴウに背を向けて走りだす家族達。

 シシリーは泣きながら兄の名を呼んでいたが、ラゴウの目の前に子供ぐらいの大きさをし小さな角が生えたゴブリンの群れが現れた事で彼の耳にはその声が聞こえなくなった。

 

 そしてそれが最期のやり取りだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 全身から血を流し、半ばから折れてしまった鍬を杖代わりにどうにか歩くラゴウ。

 なんと彼は自らに襲いかかってきた魔物の群れの悉くを返り討ちにし、先に逃げた家族に追いつく為に歩き出していたのだ。

 しかし、体力のほとんどを使い果たし全身が傷だらけとなった今、その動きは緩慢で目的としている王都までの道中で生き倒れるであろう事は薄らと彼を勘付いていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 それでも彼は歩く。

 重い足を必死に動かし、動かして──『ソレ』を見てしまった。

 

「……親父?」

 

 胸から血を流し、ピクリとも動かない死体は間違いなく自分の父であり、僅かに視線を動かせば少し先で祖父と祖母が重なる様に倒れ、魔物に喰われたのかそれとも『使われた』のか母と思われる下半身だけの死体があった。

 

「あ……あぁ……」

 

 ラゴウが目の前の現実に膝を屈するのと同時に、慟哭の雨が降り出し彼の血と汗を流していく。

 暫くすると地面を叩きつける叫びに混ざって、馬の蹄の音が聞こえ出し膝を突いたラゴウの前に騎士が降り立つ。

 

「君、大丈夫か!?」

 

「ぁあ?」

 

「こんな傷だらけで……よく頑張ったな」

 

 頑張った?なんでこの騎士は自分の身に起きたことを察する様な口振りをしているんだろうと、ぼんやりと霧がかった思考で考えているラゴウの辛うじて折れていなかった心を折る言葉が騎士から告げられた。

 

「私は偶然、任務でこの近くに来ただけだったのだが女の子が()()()兄を助けて欲しいと言っていたんだ。魔物の襲撃からよく一人で生き延びた……これであの子も報われるよ」

 

「さいご……?」

 

「あっ……あぁ。君の事を教えてくれたすぐ後に安心し切った顔で眠ってしまったよ」

 

 眠ってしまったという言葉がそのままの意味ではない事ぐらいは、今のラゴウでも分かってしまった。

 彼は守ろうとしたもの全てを失ってしまったのだ……それなのに自分だけは生き延びてしまった。

 

「……シシリーも勇者に似て小さかった。そんなお前が一人で魔王と戦いに行くのを俺は黙って見ていられない」

 

「ッッ」

 

 それは忘れ去る事が出来ない過去からの妄執なのかもしれない。

 それでも、ラゴウば力を求めて身体を鍛え抜き、聖剣を欲した──全ては今度こそ、誰かを守る為にと。

 

「勇者。今一度願おう。俺にお前を守らせてくれ」

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