シャーレ四方山話   作:鯖人間

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小鉤ハレと本物の音

 

 

“ハレ…いつも頑張ってるね。偉いよ”

 

 

「…っ、んぅ、…………」

 

 

シャーレの執務室。私、小鈎ハレは1人で先生の仕事を手伝っていた。

 

 

先生が少しだけ外に出る予定があるから、すぐに帰ってくるねと私に伝えてから……もう、どれくらい時間が経ったのだろう?

 

 

普段から目の前の画面に没頭して、時間感覚が無くなるのはいつもの事だけど…

 

……今日は、別の理由が大きかったりする。

 

 

 

 

“ハレ、偉いね”

 

 

先生の声には、惹き付けられる魔力がある。

 

……ふと、コタマ先輩がそんな事を言っていた事を思い出した。

 

 

 

 

 

……事の顛末は、この間の大型連休の中で起きていた。

 

 

 

「こ、これ…やっぱり凄い////」

 

私は耳に指したイヤホンに思わず手を当てながら、画面に写っているプレイリストに目を光らせてしまう。

 

 

【ハレ用・先生Voice】

 

 

コタマ先輩曰く、『そうですね……簡単に言えば、とても元気が出る音…ですよ?』なんて言っていたので、私もその言葉を受けて何気なく。

 

こんな感じかなぁ…なんて、耳元で囁かれる先生の声を想像をしてみたりしたけれど……

 

 

今日渡された実物は、そんな予想を軽く越えてくる作品だった。

 

 

 

 

 

“ハレが居てくれて嬉しいよ”

 

「せ、先生…////」

 

 

部室から持ってきた端末から流れる音声は、確かに作業中に元気が出る…音楽?と言える出来栄えであり。

 

……今、私は先生が居ないことを確認しては再生ボタンをタップしながら頬を緩ませている。

 

 

…私が最初にこの音声を聞いた時は、この耳元で囁きかけてくる先生の言葉はコタマ先輩用にチューニングされたものだったから、さして衝撃のようなものは感じてはいなかった。

 

正直、まぁよく作ったなぁ…といった驚きはあったものの、あくまでもお試し……のような気分で、実際に聴いてみるまでは半信半疑だったりする。

 

……けれど、コタマ先輩の時には無かったものが……この耳から身体の奥へとへと響くような、先生の声は…聴いているだけで、とても感情を揺さぶられてしまう。

 

 

今、私に向かって語りかけてくるのはなんというか…

 

…うん。凄く、恥ずかしい。

けれど、それ以上に嬉しさが勝っていた。

 

 

“いつも助かってるよ…ありがとう。ハレ”

 

 

「そ、そうかな…?え、えへへ……」

 

 

なんというか、先生が普段かけてくれる言葉と違って…背徳感と言えばいいのかな?

 

そういったものの所為か、私だけにかけてくれると言う一点が余計にこう……夢中になってしまっている原因なのかも知れない。

 

 

…実は私もこれ、何度目の再生なのかすら分かっていない。まぁ、正確に知ろうと思えばできないことも無いのだけれど、恥ずかしいからそれをする事は無いだろう。

 

私の後ろでふよふよと、無機質な挙動で浮かぶアテナ3号に問いかければ…きっと分かることだろう。

 

 

けれど、最近は割と痛い目に合ってるから……そんな事はやらないけども。

 

 

私が先生に対して…その、慎ましく思ってることがこう…アテナ3号の不具合?によって明け透けにされてしまった事も少なくない。

 

だからもう、そういった事は覚えさせないようにはしているのだけれども……こまめにオーバーホールしてるはずなのに?誤作動はまだ多い。

 

 

「…でもこれ、確かにすごいかも。」

 

 

コタマ先輩から貰った音声データの中に入っていた音声の種類は…思っていたよりも、とても多い。

 

 

…そして、流れてくる音声はそれぞれが継ぎ接ぎになっているものの、流れて来る発音や抑揚も、違和感はそこまで無い。

 

こんなにも上手く音声データ同士を繋ぎ合わせる手腕。その辺りはなんと言うか……そう。流石と言うべきなのかな?

 

この間、コタマ先輩がヴェリタスの共有サーバーに上げていた分の音声だけでも結構あったし…そもそもの素材の量が多いから、ここまで違和感が少なく作れるのかもしれない。

 

…まぁ、あの後に共有サーバーに上げた音声データを副部長も聴いちゃったのか、パソコンのパーツを買いに出ていたのを切り上げて部室に帰ってきた位だった。

 

 

相変わらず、怒った副部長は恐い。

 

…元凶であるコタマ先輩はかなり怒られていたけど、多分全く懲りていないところがブレないなぁっていつも思う。

 

 

『えっとですね…盗聴は、犯罪じゃ無いんですよ』

 

 

コタマ先輩がニッコリと笑顔でサムズアップする姿が浮かんで…って、あ。

 

 

…いけないいけない。すっかり作業中だったのに、結構夢中になって手が止まってた…

 

 

私は慌てて目の前のパソコンへと意識を集中させようと、キーボードへと手を戻した。

 

気を散らして集中力が途切れてしまった分、いつものように気分を変える為に妖怪MAXを飲もうとする……が、どうやら先程飲み干した分で手持ちの在庫が切れてしまったらしい。

 

 

…まぁ、無いなら無いで仕方ない。

 

カフェインとブドウ糖の詰まった甘い飲料が恋しくはあるものの、そこは割り切るしかないのだから。

 

とりあえず、まずは途中だったデータを纏める所から────

 

 

──────そんな時だった。

 

 

 

 

ピトッ

 

 

 

「ひゃあっ!?」

 

突然、私の頬に冷たい感触があった。全く意識していなかった出来事に対して、思わず上擦った声が出てしまう。

 

椅子から転げ落ちそうになりながら、慌てて後ろを振り返ると……そこには両手に妖怪MAXを持った先生が立っていた。

 

 

「せ、先生!?い、いつからそこにいたの…!?」

 

 

普段から外に出ない、生粋のインドア派である私にしてはとんでもないスピードで、慌てて端末の画面を消した後……先生に向かって問いかけてみる。

 

先生曰く、たった今シャーレに帰ってきたらしい……どうやら画面を閉じたのはギリギリだった。危ない危ない…

 

どうやら画面に写っていた文字までは見えていなかったのか、先生は何事も無かったように私の前に妖怪MAXを差し出してくる。

 

 

『いきなり驚かせちゃって、ごめんね?』と言いながら、先生は笑っていた。そして、その手に持った妖怪MAXは…どうやら新発売のフレーバーらしい。私の見た事の無いラッピングがされている代物であり、妖怪MAX命の私にとって……それは非常に興味を唆られた。

 

そしてなんと、先生はわざわざ私のために、シャーレにあるコンビニで買ってきてくれたみたい。

 

そんな心遣いに、思わず目を輝かせてしまう。

 

 

…なんだろう、とても嬉しい。

 

思わず、頬が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えながら、ありがとう。と先生にお礼を言ってよく冷えた妖怪MAXに一息に口をつける。

 

 

「〜っ!!やっぱり作業中に飲む妖怪MAXが世界で1番美味しい……!!」

 

身体が、心が。供給されるカフェインによって喜んでいるのがわかる。

 

チラリと先生の方を向いてみると、あまりの喜びように若干困ったような顔をしながらも、いつものように笑顔を浮かべたまま私に話を振ってくれた。

 

外が結構暑かったから、シャーレの冷房が気持ちいい…とか。

 

商店街で生徒同士のいざこざがあった所為で、急遽向かう事になったから、私1人に仕事を任せてしまって申し訳無いという話……とか。

 

 

後半に関しては、私がやりたいと思ってこのシャーレに来てるわけだから…別に、気にしないでも大丈夫なんだけど…

 

…うん。まぁ、やっぱり先生は、優しいなぁ。

 

 

「先生、私は大丈夫だから……今もそう、先生と一緒に居られて、私は嬉しいし」

 

私は本心を口にするけど、口に出してから…何だか誤解されてしまいそうな事に気がついてしまう。

 

「…っ、あ、べ、別にその、深い意味とか、そういったのじゃないから、ね?」

 

先程までとは違い、しどろもどろになる私を見て…先生は私の方へ近づいて、耳元で口を開ける。

 

 

 

“ハレ、いつもありがとう“

 

 

「…ひゃあっ!?!?」

 

 

そう、先生は私に囁いたのだった。

あまりの衝撃に、またまた椅子から転げ落ちそうになってしまう。

 

 

先生はまた笑いながら、山のように書類が積まれた自分のデスクへと戻っていく。

 

そんな後ろ姿を、恨めしい目で私は追っていた。

 

 

絶対、最初の反応を見て楽しんでる…っ……!!

 

羞恥の感情によって引き起こされる思いに、冷静さを思いっきり欠いてしまう。

 

 

そして、ふと。思ってしまうのだ。

 

…先生だって、仕事に関してはいつも。結構な無茶をしてるって事はみんなが知ってる話だったりする。

 

生徒の為に、奔走する姿を見てきたから。

…そして、そんな先生を助ける為に。私たちヴェリタスは一緒になって進んできたから。

 

だからこそ、やり返してもバチは当たらないと。

 

そう結論づけた私は、たった今デスクに座ったばかりの先生の元まで素早く駆け抜ける。

 

 

……目標はひとつ。そこさえ、捉えればいい。

 

 

 

…そして、椅子に座った先生の耳元で、私もこう伝えるのだ。

 

 

「あ、あの。先生、私こそ…いつも、ありがとう…」

 

 

 

先生は、そんな私を優しい瞳で見つめて居た。

 

“こちらこそ、ハレ”

 

 

「……〜〜〜っ、ぅう!!!!!」

 

 

その所為で、私の顔に…急速に熱が集まり始める。

 

 

そして、私は素早く体を翻してはそのままの勢いで自分のデスクへと戻った瞬間。狼狽えまくっている視線を目の前にあるパソコンへと縫いつける。

 

 

 

 

……まずい。先生の顔、今だけは見れない。

 

 

今、私の顔は絶対に赤くなってるから。

 

…やっぱり音声データよりも、実際にかけてもらう言葉の方が…破壊力というか、衝撃が凄かった。

 

 

こんなの、絶対にいつか……

 

 

…とりあえず、今はこの音声データで慣れるべき?

今の私には、まずはそこから練習するべき…なのかもしれない。

 

 

(先生の声って、もう、私、ダメになりそう……)

 

 

 

そんなことを考える私を、アテナ3号は何も告げずに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「───────────────……」

 

 

「…ふふ。ハレもやっぱり、『こちら側』…ですね」

 

愛用の盗聴器に耳を当てながら、1人。そんな事を呟いてしまう。

 

ミレニアムスクールの自室にて、コタマは笑っていた。

 

可愛く大切な後輩が、自分と同じ耽美なる嗜好を理解してくれるだろう……と。

 

 

 

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