Muv-Luv 〜フェアリィより降り立つ戦闘妖精〜 <改> 作:ジェームズ・スミス少佐
宇宙の何処かより飛来した人類に敵対的な異星起源種、「BETA」。
人類は、西暦1958年の友好的とは言えないファーストコンタクトの後、西暦1973年の地球侵攻に伴い、全面戦争へ突入した。
そして、西暦1998年。ついにBETAが日本上陸を果たす。
日本帝国は総力をあげ、BETA殲滅の戦いに身を投じることになった。
西暦2000年、帝国軍及び帝国斯衛軍による、BETAに制圧された中部地方西部の島根県出雲市から松江市を奪還すべく「出雲奪還作戦」が立案され、帝国内の兵力が出雲に集められた。
そして派遣された帝国斯衛軍の中に、将軍家ゆかりの五摂家が一柱、崇宰(たかつかさ)家当主である崇宰 恭子もいた。
恭子は本作戦における帝国斯衛第3斯衛大隊の指揮官を任命された。
戦場の状況は、正直に言って帝国側の不利であった。
斯衛軍・帝国軍のどちらもが、勢いを取り戻さんとするBETAの猛攻により押され、ついには後方に有ったはずの本部(HQ)が攻め落とされ、戦場に散り散りに別れた残存兵力がBETAに轢き潰される包囲殲滅戦と化した。
だが孤立無援、四面楚歌となった今、まだ戦っている部隊があった。
崇宰恭子の率いる、帝国斯衛第3斯衛大隊である。
──ドドドドドドドドドド
異星起源種と鋼鉄の巨人の戦場に、36mmチェーンガンの砲声が鳴り響く。
鋼鉄の巨人とは戦術機のことだ。
戦術機とは人類が造り出した直立二足歩行と腰の跳躍ユニットを使用した飛行が可能なロボットのことだ。
人類にとって唯一、BETAと真正面から戦って拮抗できる兵器である。
人類は、BETAの光線級という歩くレーザー砲のような化け物により、戦闘機やヘリが無力化され、他の兵器もBETAには刃が立たなかった。
それ故に、人類は全高約18mにもなる戦術歩行戦闘機を造り、BETAに対応していたということだ。
──視点は帝国斯衛軍の指揮官機と思われる戦術機に向けられる。
凶器のように全身が鋭く尖った装甲、飛行用のエンジンを搭載した跳躍ユニットを2つ後ろへ伸ばした姿、巨大な刀や突撃砲と呼ばれる大きな銃を振り回す機体たち。
その機体こそ、日本帝国の象徴にして希望とも言われ、乗る者が限られる特別な戦術機──武御雷(たけみかずち)である。
その中でも一際目を引く武御雷。海より蒼く、見る人を竦ませる睨み目を持つ五摂家専用の武御雷の管制ユニットに、恭子─ハイドラ01─は居た。
──恭子サイド
コックピットに鳴り響く警告音、混雑する通信、阿鼻叫喚、駆け付ける事が困難がなのに回される援護要請。
戦場は正に地獄だった。
「ハイドラ1、そちらの状況は?」
「我々斯衛2個中隊は、なんとか耐え抜いている。」
馴染み深い声が聞こえる。崇宰家と縁のある篁(たかむら)家の跡取り娘、篁 唯依─ホワイトファング1の声だ。恭子にとっては従姪(従姉妹の子供)にあたる。
小さな頃から面倒を見てきた従姪の声が聞こえることに安堵しながら、恭子は現状に焦りを感じていた。
現在、作戦が失敗した帝国軍は全速で撤退中、前線は近衛の2個中隊のみで耐えている。
正直、勝てる見込みは万に一つも無かった。
網膜投影に映るミニマップから次々に消えていく味方のマーカー。
撃てども撃てども、切っても切ってもBETAが湧いてくる終わりの見えない戦い。
戦況は圧倒的不利、このままでは犬死だ。
しかし、恭子はこの戦場で殿を任されている。
逃げ出すことは、恭子自身の心情が許さない。
恭子は蒼い武御雷を駆り、眼の前の戦車(タンク)級と呼ばれるBETAをなぎ倒す。
次の瞬間、恭子の隣にいた味方の武御雷が2機、触手の攻撃によって彼方へ吹き飛ばされた。
その触手の持ち主は要塞(フォート)級。
BETAの中でも全高約66mもある大型種で、主に海老の様に反った腹にある大きな一本の触手で攻撃し、体表を損傷すると溶解液を流してくる化け物である。
先程まで、突撃(デストロイヤー)級という突進してくるBETAや戦車級しかいなかった戦場に突如現れた要塞級。
──やがて要塞級は恭子の眼前に迫る。
恭子は死を予感し、目から意図せず涙が溢れた。
「(あぁ……。人の最後とはこんなにも無情で、呆気なく終わってしまうのか)」
「(お父様、お母様、殿下。申し訳ありません。私では……立派に務めを果たせませんでした……)」
要塞級が鈍重な動きで恭子の武御雷にゆっくりと、触手の照準を合わせた。
恭子の武御雷が持っている突撃砲の弾は、疾うに尽きている。
「(あの触手が私を機体ごと貫くのか……。あぁ…イヤだ。怖い、怖い、怖い!)」
「(誰か……。助けて……)」
──その約5分前の戦場の上空にて
その男は、空を飛んでいた。
光線(レーザー)級が蔓延る今の戦場では、高度をとるなど自殺行為である。
だが、その男はそんなことは知らぬ存ぜぬと言わんばかりにゆうゆうと空を飛んでいた。
まるで、不沈艦の如き余裕である。
だが、男には自身があった。
男の駆る機体は、地球に存在しないはずの技術を持って造られた、偵察に特化した戦術機だからである。
その技術は"惑星フェアリィ"と呼ばれる星からもたらされた。
何故フェアリィの技術が地球の戦術機に使われているのか、疑問だと思う。
その理由は至って単純である。
地球は、"2つの敵対的なナニモノかによって侵攻を受けた"と、いうことなのだ。
だが、フェアリィからの侵攻は、大々的には知られず、知る者はごく僅かな者達のみである。
理由は、ただでさえBETAによって地球全土が深刻なダメージを受けているのに、これまで秘匿されていたフェアリィからの侵攻を今になって公にしたら、士気の低下に油を注ぐことになるからである。
フェアリィからの侵攻はBETAとのファーストコンタクトより少し前に、南極に突如開いた超空間通路(以下通路)から始まった。
フェアリィから攻めてくる敵対的な戦闘機の様なものを、人類はJAM─ジャム─と呼称した。
人類はJAMとの戦争を余儀なくされ、多くの最新鋭技術と兵員を使い、なんとかJAMを通路の向こう側である惑星フェアリィへ押し出す事に成功。
そして暫くして、惑星フェアリィに前哨基地となる大型基地を6つ建設。JAMとの戦争は人知れず行われた。
だが国連は、BETAとの戦争が始まってから、フェアリィからの兵員撤退を余儀なくされる。
人員と物資を二分するのは不可能と各国首脳と国連の秘密裏な会議で判断されたからである。
やがて、フェアリィでは大規模な撤退戦が行われ、多くの犠牲を出しながら、フェアリィにいた兵士達の半数以下が無事に帰還した。
しかし、「どうやってフェアリィから帰還したのか?」
「フェアリィの基地はどうなったのか?」
「その後通路はどうなったのか」
などの謎は、一切がわからないままだった。
──そしてこの男もまた、惑星フェアリィで戦った兵士の1人であり、男の機体はフェアリィで乗っていた戦闘機を戦術機で使えるように調整された特別な機体である。
世代は特に決められていないが、性能は現在最新鋭の第3世代戦術機よりも、頭一個抜けた高性能機に仕上がっている。
男は網膜投影ではなく、モニターが設置されたコックピットの中で戦場のデータを空撮していた。
この男は、フェアリィでも戦闘より情報収集を主に活躍していた。
味方の機体達を助ける気なんてさらさらない、傍から見れば非情なやつとしてフェアリィでは通っていた。
だが男の所属する部隊"特殊戦"のモットーは「必ず生きて情報を持ち帰ること」であり、例え味方を犠牲にしてでも敵の情報を持ち帰る冷徹で機械的な心が、求められた。
そのため地球に帰還後も男はのびのびと空を飛びながら、敵であるBETAの情報と、帝国軍・帝国近衛軍の戦闘情報を収集しているのだ。
男は壊れた心と死んだ目で、戦いそして死にゆく衛士と潰される機体、倒れていくBETAの死骸が広がる地獄を見続けていた。
戦場を見ていると、あるBETAが目についた。
「(あれは……たしか要塞級といったか? 交戦しているのは帝国近衛軍の最新鋭機か)」
「TARPS(戦術航空偵察ポッドシステム)展開。記録開始。」
男が機体に宣言する。
すると、男の駆る機体の可動兵器担架システムと肩部にかけて取り付けられた偵察ポッドのレンズがピントを合わせる。
キュイィィィィィィィィン……
戦闘を見ていると早速、要塞級に武御雷が2機、ふっ飛ばされた。
「(最新鋭機といえど、地べたに足をつけて戦っていては急な動きなどできる訳が無い。……戦い慣れしていない素人なのか?)」
次はあの蒼い武御雷だ。
「馬鹿なやつだ。指揮官機だからといって、殿(しんがり)なぞ引き受けるその慢心が死を招くんだ。」
男はその機体から目を離した。
──その瞬間、通信が入った。
「こちら管制よりB3へ、火力支援を要請する。戦闘中の部隊の付近にいるBETAを一掃してくれ」
「B3、ネガティブ。本機はあくまで偵察機であり、戦闘が任務ではない」
「なんだと!?貴様それでも同じ人間か!目の前で仲間が死んでるんだぞ!」
……男は呆れた。
本来ならこの機体は近くの帝国軍基地で補給を済ませて、さっさと国連軍基地へ帰る手筈だったのだ。
なのに突然、帝国軍基地の管制からスクランブルを要請されて出撃、その後は何をしろと命じることもなかったのにいまさら航空支援?
命令する権限もないくせに、いっちょ前に自分たちの仲間を救ってくれというのだ。
全く、呆れて物が言えない。
お前たちの勝手な都合を俺に擦り付けるな。
そう思った男は命令を無視しようとした。
──だが、男の機体は戦闘を望んだ。
ピピピピピピ……ピッ
RDY GUN
RDY AAM-3
RDY GBU-2
Lt.SMITH ARE YOU READY?
「雪風?俺に彼奴等の為に戦えと言うのか?」
男は自分の機体の突然の提案に困惑した。
相棒であるこの機体とその機械知性体は、今まで戦闘することを自分から提案し、要求することは一度もなかったのだ。
「Lt.SMITH ARE YOU READY?」
相棒の機械知性体─雪風─は、そう男に問うた。
男の前に設置された機内カメラのレンズが語りかける。
キュィィィン……キュイ
"私と共に戦えるか?パイロット"
と、男に聞いているのだ。
「………勿論だ、雪風」
男は興奮した。
自分から何かを言うことの少ない雪風が自分に闘争を求めている。
雪風が一緒に戦ってくれと訴えてくるなんて、これまでならあり得なかっただろう。
ならば、男はそれに全力で応えるしかない。
男は通信に応える。
「こちらB3、先程のを撤回し戦闘に参加する。繰り返す、戦闘に参加する」
男は機体を巡航モードから……戦闘モードに移行した。
「TARPS停止、展開解除。」
男が静かにそう告げると、背部の細いレドームが閉じ、機体の肩と頭にかけて覆っていた黒い偵察ポッドが背面へ折り畳まれ、2つの目が姿を表した。
「B3 engage.シーカーオープン、マスターアームオン」
男はそう機体に宣言し、兵装のロックをしていたボタンを押す。
スロットルレバー代わりのスティック握り込み、前に少し倒す。
すると、機体はみるみる速度を増していく。
通常、戦闘モードに入ると巡航モードより低速になるが、先程までは情報収集行動中だった為、速度を出していなかったのだ。
機体の跳躍ユニットのエアインテークが唸りを上げる。
シュィィィィン………
──音が変わる
コォォォォォォ!
ラムジェット・モードだ。
機体が更に加速する。瞬間的に最新鋭の第三世代戦術機よりも速くなる。
今、男の見るモニターには目を瞑りながら撃っても当たるほどの恰好の獲物が、わんさか居る。
その内、今まさに死にそうな蒼い機体めがけて──
「……FOX2」
肩部に搭載されたフェアリィ製空対空ミサイルをロックし、発射したのだ。
両肩の簡易ウェポンベイに格納された高速ミサイルは、機体から射出された後、目標へ真っ直ぐに突っ込んだ。
そして、要塞級の腹に突き刺さり、体内で爆発した。
──恭子サイド
突然、警告音が鳴り響く!
死が迫まり絶望していた恭子の眼の前で、要塞級が木っ端微塵に砕け散った。
恭子はあまりの情報量に理解できなかった。
先ほど機体内で照準された警報が鳴り響いた筈なのに、眼の前で要塞級のみが攻撃を受けた。
「崇…継……?」
いや、それはあり得ない。
彼はここにいないから、助けに来れるはずがない。
では誰が?
網膜投影に見たことのない戦術機が映る。
「(何処の機体?)」
─ IFF-Unknown ─
敵味方識別装置も不明と言っている。
「(要塞級をミサイルでたおしたの……?ではどうして要塞級ではなく、私の機体に照準したの?対戦術機用のミサイル?だとしたら何故要塞級が攻撃を受けたの?)」
相手が何をしたのか、分からない。
不明機は恭子の眼の前を恐ろしい速さで頭上を飛び過ぎた後、機体の両肩部のミサイルをパージしながらUターン、再度高速で向かってきた。
そして大量の戦車級や突撃級の頭上に侵入し、……不明機は腰部に括り付けられた爆弾を切り離す。
──瞬間、爆弾は先から四等分に割れると中から12個近くの小型の爆弾が異星起源種共の頭上にばら撒かれた。
小型の爆弾はBETAの直上で爆破し、周囲はあっという間に火の海と化した。
それは一般的に、クラスター爆弾と呼ばれる爆弾だった。
恭子は、そんな不明機に見惚れていた。
光線級なぞ怖くもなんともないと言わんばかりにゆうゆうと空を飛び、地上を這いずり回るBETAを見たこともない兵器で蹴散らしていく姿に。
しばらくして、従姪である篁唯依が助けに来てくれた。
恭子の機体は、爆散した要塞級の溶解液で大破していたので放棄することにしたのだ。
唯依の機体の通信から声が聴こえる。
恐らく、不明機に乗っている衛士だろう。
性別は男性、自分より年は上か?
オープンチャンネルで話しているようだ。
「こちらB3よりHQ。BETAの掃討終了。生存者、複数確認。燃料が持たない、帰投する」
「Complete Mission.RTB.」
これが数奇な運命の始発点となった。
──雪風サイド
ピピピピピ……
Cpt.TAKATSUKASA GOOD LUCK.