魔神ちゃん止まって!/錬金の魔女と魔神ちゃん:第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」   作:電子サキュバス

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ep23:概念は解き放たれる

「捕まっタァ!罪人にィ!」

 この泣いている少女の名前はヘヴィグ・ロイコン。キスアの額の『罪肉』の文字を見るなり、襲い掛かってきた刺客(暫定)。

 

「さてこの子、どうしようねぇ……」

 デハルタは処遇の行く末を委ねるように、視線をキスアへ向けた。

 

「わたしに聞かれても……」

 キスアは悩んでしまう。例え襲い掛かってきた相手であっても、この世界の住人であるキスアには『敵』という概念の扱い方がわからず、対応に困った。

 

 悪を誅すべしという思想そのものがこの世界にないのは良いことであると同時に、万が一発生した時の対応が困難であることも意味している。悪を扱うことに慣れている世界であれば更生の機会を与え、次回同じようなことが起きぬよう厳重注意をするか、きつい罰を与え再犯を抑制する等を考え、判断する。

 しかし、悪が一切なく、その概念すらも生まれてこなかった世界では、悪事という物事の扱いはあまりにも難しい。それはいわば、一度として病のなかった街に初めて病の症状が現れたとき、それをどうしたらいいのかわからないのと同じだ。ある世界ではそれを呪いと形容したが、この世界にはそれすらもなく、魔法によって体の不調も解決できてしまうのだからこの世界の人に言うのなら適切な例えにはならないだろう。代替としては0概念の布教だろうか。それはそれとして――――。

 

 ヘヴィグ・ロイコンの起こした事は、キスアに攻撃し、迷惑をかけたという点においては害であり悪だが、その胸の内には「正義のため」という至って悪と言い難い動機が存在している。それゆえ大悪とは言えず、悪という病を治す医者のいなかった世界において、治療法のない病は誰の手にも余る事象であった。

 

「ギリギリギリィ……!」

「まぁ、このあとどうするかよりも、今できることをしようか。ひとまずは、尋問だ」

 悔しそうに歯ぎしりを鳴らすヘヴィグをよそに、デハルタは提案する。キスアには尋問の意味はよくわからなかったが、とりあえず頷いて、任せてみることにした――。

 

「さて、まず大事なことを聞こうか」

「なんだ! 罪人に教えることなんてないぞ!」

「君の名前は?」

「ヘヴィグ・ロイコンだ!」

「ふぅん?いい名前だね」

「あっ名前は教えてくれるんだ……」

 教えないのではなかったか?という疑問は浮かぶものの、少女の名前が判ると同時に、デハルタは『この世界の住人は、やはり良い子だ』という1つの確信を得た。

 

 (この子は悪に染まっていないかもねぇ……)

 

 キスアが着けた至法銀(しほうぎん)リルのブレスレットをちらりと見て、デハルタは眉間に皺を寄せた。悪に染まっていない者に至法銀の力は意味をなさず、この子の敵意を抜き無害化するには、うまく説得するしかないという事実が浮かぶからだ。デハルタは説得が得意ではなく、そのうえ面倒ごとも嫌いだ。できれば誰かに任せたいとすら思っている。

 ――ので、苦悩した。

 

(それに、思い込みというのは厄介だからねぇ……)

 刷り込み、思い込み、洗脳。どれも異なりつつ、厄介だということに関しては同じように、悪質な価値観を人につける。物事の表層で正義と悪を仕分けたヘヴィグに限れば、説得をすれば比較的簡単に無害化どころか味方になってくれそうだが、その認識が間違いであればこの説得の難易度は跳ね上がる、どころか説得不可の領域に伸びていく可能性もある。

 

(やりたくない……説得やりたくない)

 ヘヴィグの敵意が洗脳によって起きているのでなければ――そのうえでキスアが全てを理解していれば、熱っぽく語ることで簡単に説得できるはずなのに……。そんな思考の最中も、沈黙がどんどんと流れていくのを感じてデハルタはため息を吐きたくなっていた。

 

「はぁ……」

 ――吐いた。

 

「えと、ヘヴィグさん、人に向かって危ないことしたら駄目ですよ?私たちだから大丈夫だっただけなんですから!他の人だったら怪我じゃすみませんよ?」

 キスアがしゃがみながらヘヴィグに諭すように語り掛ける。その様子を、デハルタは説得が成功すればいいと思いながら眺めている。

「だって!オマエ!」

「だってじゃないしオマエは禁止!」

「でも罪人を征伐しなきゃだし、アンタおでこに悪の証ついてるし……」

「そもそも罪人とか征伐とかって何?デハルタさん知ってる?」

「さ、さぁ」

「ほら!誰も知らない言葉で混乱させるのは良くないことだよ!危ないでしょ!」

「う、うぅ……何で知らないんだよ……」

 ヘヴィグは、キスアの無知さと善良ゆえの強く硬い意志に基づいた説得に対して反論ができなくなり固まってしまっていた。

 

 (なんかかわいそうになってきたな……)

 そしてそれを見て、デハルタは痛ましい気持ちになってきていた。

 

 小一時間キスアの言葉による『詰め』が行なわれ、ヘヴィグはひんひんと泣きながら洗いざらい吐いた。

 ヘヴィグの言う「証」というのは、「()()」や、それの御使いによって表層に現れた「悪」という『この世に存在してはいけない概念』を識別するものらしい。

 

 キスアとヘヴィグもその「()()」については詳しく知らなかったが、ヘヴィグの所属する組織『ミチノゼタリオン・セファノゼタクリオン』において、気高く、偉大な存在なのだとか。

 偉大なその存在が「いてはならぬ」「あってはいけない」と定めたものを「惡」とし、それを征伐するのがヘヴィグの役割なのだと聞かされた。

 

「じゃあわたしあってはならない存在ってこと?」

 キスアはデハルタの方を向き、悲し気な表情を見せる。だが目をわざとらしく潤わせ、嘘の泣き顔をしていることは明白だ。

 

「あってはならない存在なんてこの世界にはないよ」

 ツッコミを待つキスアを無視して言った後「この世界の外から来たものに関しては別だけど」と付け足した。

「じゃあわたし大丈夫ですね!生まれも育ちもこの世界育ち!良かったぁ!」

 一安心ですね。良かったです。

 

「でも、偉大な存在がこんな怖いことしてるっていうのは、善くないんじゃないかな」

「……」

 キスアの表情が少し暗くなる。

「君たちの……いや、私たちの世界では、人が人を傷つけるだなんてことはさ、善くないことだよね」

「……」

 キスアはそのまま黙って聞き続けている。

「それを助長するその偉大な存在っていうのは、もっと善くないことだと思わないかな」

「どうしてそういうことを、言うんですか?」

 キスアは努めて明るい表情を見せ、声色に笑顔をまぶした。

 

「君たちには『悪』というものがない。それはつまり、感情の欠如だ。知っているかい?感情にも『悪』が付くものがあるってことを」

「初めて聞きました、なんですかそれ」

 やや引きつったキスアの笑顔は、ヘヴィグに不安感を植え付けた。

「ヘヴィグといったかな、君のその感情が、一つの『惡感情』なんだ。 対象によって引き起こされた不快感をそう呼ぶ」

「この嫌な感情が……」

 ヘヴィグは俯き、心のあるべき位置に手を置いて呟いた。

 「そう、不安な気持ちだ。そしてね、ボっクはキスアにもその『惡感情』を抱いてほしかった」

 再びキスアの方を見て、デハルタは語り掛ける。

「わたしに……?デハルタさんそんなヤな感情を抱かせないでくださいも~」

 引きつった笑顔のまま、冗談はよしてほしいと手をパタパタ仰ぎながら言った。それはまるで、このあとのことを薄く感じていて、起こってほしくないことを祈るかのようだった。

 

 そしてそれをデハルタは知っていた。

 

 起きてほしくないこと。知られたくないこと。

 

 ――――キスアは普通の人ではないこと。

 

 『祈り』はこの世界にはないのだ。「()()」が無いのと同じように、この世界にはもう無いものなのだ。「()()」。「()()」「()()」「()()」。

 

 「()()」とは、既にこの世界において失われた概念。その言葉の名前は――

 

『神」

 

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