魔神ちゃん止まって!/錬金の魔女と魔神ちゃん:第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」   作:電子サキュバス

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ep24魔神ちゃん止まって!:壊れた殻には手を伸ばす

 

 幸福とは、情報を削ぎ落すことだ。

 不幸となる要因を切り離し、自分事では無くしてしまうのだ。

 遠くに見える不幸を自分事に落とし込んでしまうから不幸と感じる。それはいけない!

 「知らなければ幸福でいられたのに……」

 そのような後悔を産むのは『余分な情報を知ってしまった』ことが原因だろう?

 今が幸福でありさえすれば本来はそれでよいのだ。

 狩りをして、仲間内で楽しくし、尽きぬ食料(動物)と戯れればそれでよかったのだ。

 

 しかし行き過ぎた文明から退行させすぎることは今までの文明をも壊すこと。否定すること。それをどこまでも許容していけるか?

 

 きっと彼女は折り合いをつけきれなかったんだろう。

 そして今が結果として有る。

 余分を捨てて、必要最低限に抑えたつもりの今の世界は、いつかよりも幾分退行してはいるものの、それでも大きな乖離をすることなく”人々の暮らし”として形を成している。

 

 悪の欠落。彼女が選んだ幸福のカテゴリは”ここ”。

 本来必要な負の感情は人に齎すメリットとデメリットを含んでいる。

 

 恐怖は生存の一助となり、逃げる選択肢を与える。

 勇気は恐怖より来る対抗意識、逆転の可能性と無謀な賭けの表裏。

 当然死に抗う人の意志、素晴らしきものであるのに彼女は削ぎ落した。

 

 だが彼女の行いは本来、人としては間違っていない。

 

 人はよその国で紛争が起こったとしても、それを知ってより『自分の国は紛争もなく幸福でよかった』と自他を分けてより現状に感謝をする。

 

 彼女の行いはこれに等しい。

『他の世界は不幸だが、私の世界は不幸が無くて良かった』とするために、不幸の要因を取り去っただけなのだ。

 

 ただ規模が違うだけ。

 『人と人は世界と世界』

 

 心は人にとって世界ほどの規模がある。

 

 彼女は折り合いをつけたのだ。

『わたしの世界は幸福なのだ。わたしの世界にはあれもないし、これもないし、感謝している』

 そうして、悪というものを()()()()()()()ことにした。

 そう思い込むことで、世界から悪が消えた。

 

 結果として、人は恐怖を理解できず、抗うことも忘れ、命を弄ばれ散っていくことになるだろう。

 そしてそれを自分の身にフィードバックされるのもまた彼女の行いの結果。

 

 

 キスアは気付かない。

 どうしても――。

 

 きっとこれからデハルタが何を言っても。

 だって今のキスアは(この世界の住人)なんだから。

 

 

「君には惡感情の一つ、『怒り』の感情を抱いてもらいたい」

 デハルタは不敵な笑みをして、キスアを見つめる。キスアは不安感と気味の悪さを抱き、ヘヴィグは態度が急変するデハルタに怯えていた。

 

「怒り……ですか?」

「そうだよ、怒りさ。これが今唯一世界にとって大事な物なんだ」

「怒りって、なんだよ……」

 ヘヴィグが恐る恐る、呟くように吐露する。デハルタはその戸惑いの言葉を拾い、一瞥すると、キスアに向き直った。

 

 「『怒り』とは防衛本能ともいうべき、人にとって大切な感情だ。『体を意図的に傷つけられた』『自分を無下にされて心が傷ついた』といった時、あるいは『大切なものを壊されたり傷つけられた』時に抱く感情の一つだ。 だが今言った場合に『怒り』以外の感情を抱くこともある。しかし、今抱くべき感情は間違いなく『怒り』だ。そして『怒りでなくてはならない』理由がある」

 質問が来るのを待つために、一度そこで話を止めて、デハルタは二人を交互に見る。

 

「どうして怒りじゃなきゃいけないんですか?」

 キスアが模範的に質問をしてきた。それを『優等生だ、良い子だ、思った通りすぎる』と嬉しく思う反面『意地悪な返答がない、ひねりが無い、騙されるぞ』と、デハルタは悲しい気持ちになった。

 

「いい質問だね。怒りが強い行動理由を産み、打開策を講じたり、問題解決に一役買うんだ。しかし自身を害された時、怒りではない感情……『悲しみ』だとそれは防衛ではなく防御に徹することとなる。それでは一方的な攻撃が続くだけだ。だからキスアには『怒り』を覚えてもらう必要がある」

 

 無論、そんな概念を知らず、抱かず、怒りの仕組みそのものを定義されていない。そんな世界で、そんな世界の住人であるキスアに『怒り』を発露させるのは難しいことをデハルタもわかっている。そんなものは本来教えられずとも勝手に発露するものだからだ。だがこの世界においてはこの『怒り』という機能自体が存在しない。だからデハルタは定義し、伝え、新たに作ってもおうとしている。

 

 なぜ『キスアに』なのか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とデハルタは考えている。

 

 「君は世界が好きかい?」

 デハルタは唐突にキスアに問いかける。

 

「え……?もちろん大好きですよ……?」

 きょとんとした顔で答える。その顔には巨大な、あるいは多数の疑問符が見えるようだ。

 

 「君の世界は今、壊れ、崩れている」

 「え……?」

 そしてさらに唐突な一言にキスアの思考は止まりかける。」

 

 「そしてそれは、誰かによって引き起こされている。しかも意図的に、そう……悪意を持って」

 「……っ」

 デハルタの発言にキスアは得も言われぬ感覚が湧き始める。

 

 「おい、キスア……」

 ヘヴィグが初めて名前を呼ぶ。しかしキスアは口をきつく結び、体をさすり始める。

 

 「なるほど……こういうことになるのか……」

 その様子をデハルタは冷たく見つめる。

 その言葉に反応したヘヴィグはデハルタを見ると、暗い穴をのぞき込んだような感覚に陥った。

 

 キスアの容体がおかしくなり、周囲に(ひず)みが起きる。

 空間が乱雑に引き裂かれていき、キスアの身体を巻き込んで切り離していく。

 

 生気の薄い目をしたキスアは断裂した箇所から大量の液体を吹き出し、自重を支えられず倒れ込み、ヘヴィグは突然の出来事に驚きの声を上げた。

 

 「ふむ……忌み言葉は虎の尾を踏むか……。 ヘヴィグ!こっちに来るんだ!早く!」

 一瞬考えた後、デハルタはヘヴィグを呼び、パニックに陥りながらも素直に駆け寄ったところを抱き留める。

 

「落ち着きたまえよ正義の使者、君は今の出来事を目の当たりにした。それには意味がある、大事な意味だ。これによって君には役割ができる、そう、正義の使者になる役割だ」

 怯え、泣きじゃくるヘヴィグを宥め、デハルタは優しく語り掛ける。その最中も周囲の断裂が増していき、薄青い亀裂が二人を覆っていった。

 

 

 ――――――――そしてキスアが気が付くと、クゥちゃんと自宅にいました。

 

「ん、キスアどうしたの?」

 お皿に盛られたサラダをフォークに差し、口に運ぶ途中で固まったキスアを心配したクゥちゃんは声をかけた。

 

 「へっ!?ううん……なんでも、なんでもないよ!」

 クゥちゃんには心配させまいと、笑顔を取り繕う。

 

 (記憶がおかしい。クゥちゃんと家に帰った時の記憶がすっぽり抜けている。今日は何があったっけ?)

 抜け落ちたような、強い衝撃を受けたような、どうにも記憶があやふやで、キスアは()()な気持ちになった。

 

 (確かミタル・ウィフオンス山に行って、素材を収集して、一度泊まって、帰ってきたんだよね?クゥちゃんと……?でも、山に行ったときにはトレイルさんとマキーリュイさんがいて、泊ったのって……マキーリュイさんの家で、だったっけ……。んん、たぶんそうだよね)

 

 どうにも何かが足りないような、気の晴れないまま食事をして、その日は二人で床について眠るのだった。

 

 

 

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