魔神ちゃん止まって!/錬金の魔女と魔神ちゃん:第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」   作:電子サキュバス

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ep29魔神ちゃん止まって!:土葬の槍に貫かれ、熱は安寧を見失い、泥はゆっくり浸透する

 大きな衝撃音が山林に木霊する、そしてトレイルはその音に向かって駆けだした。

 開けたところに出て、目の前に広がった光景は、胸に衝撃を与えた。

 

 「あれは……!」

 言葉が詰まる。どうしてもっと早く来れなかったんだと、悔しい思いが沸き起こった。最初見たときは、そうだった。

 

 大きなくぼみ――それは辺り一帯の開けた範囲すべてを呑んでいた。

 ところどころに地中から土の槍が突き出していて、そこには黒い塊がへばりついている。

 塊の親玉とみられる巨大な肉塊がじゅくじゅくと蠢き、槍の先端から何かを吸っているのを見て、トレイルは得も言われぬ感情に襲われた。

 

「なんで……こんな……」

 

 熱さと冷たさを伴った胸の内、視界は揺れて、立ち尽くす。

 直後、トレイルは胃の中のものを吐き出した。

 

 腹の奥が絞られる。ぎちぎちと締め付け、後には空気ばかりが喉を抜けていった。

 鼓動が早くなり、息は乱れる。

 貧血にも似た症状、頭に血がうまく巡っていないような感覚、『意識が遠のく感覚』が思考を奪う。

 

 精神的な負荷――――初めての事だった。

 今までこんな凄惨なものをトレイルは見たことが無かった。

 小さな頃から今に至るまで、トレイルは森と王都での生活でだけ戦い、魔女の活躍に憧れ、過ごしてきた。

 

 そんなトレイルには、とても縁遠い事実が、目の前で広がった――。

 

 

 ――――――――大量虐殺。

 

 

 

「許します、許します。この世界の在ることを。 そして(みな)も許すのです」

 ひときわ大きな槍の先に立つその者は、両手を広げ見下ろして、ただ独り高らかに言った。その背には白い羽が生えていて、それは蝙蝠と鳥類を掛け合わせたかのようだった。

 明らかに視界に入っている筈だが、妄想で自分の世界に入ってしまっているのか、陶酔しているようでトレイルに気が付く様子はなかった。

 

(逃げなきゃ……)

 

 本能的に、トレイルは勝てないと思った。

 今の自分では、絶対に勝てないのだと悟った。

 羽の女の下にいるのが、件の魔獣であるとわかっていたし、勝てなくても戦おうと先ほどまでは思っていたのだ。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()と直感した。

 

 踵を返し、後ろ髪に引かれながらゆっくりと、しかし足早にその場を後にした。幸い追っ手もなく、ふらふらとした足取りながらも離れることができた。

 

「はぁ、はぁ……駄目だ、駄目だよこんなの……!」

 異常だった。

 

 一人ひとり丁寧に貫かれ、滴る血線は小さな黒球に呑まれていた。

 その中には先ほど話した、見覚えのある人たちも居た。

 トレイルにはその出来事は初めてのもの。故に強い衝撃が、後から覆いかぶさって来ていた。

 

 命の危機から抜け出した今、出来事の精査、記憶の整理が否応なく行なわれる。

 直後の出来事など、忘れたいものなど、意識してまえば強くそれを留めてしまう。

 トレイルはそれもわかっていながら、それでも拒絶し、忘れようと努める。無駄なことでも、何度でも……。

 

 当然に試みは失敗する。

 歩きながらのその中で、気がつけば、先ほど落ち葉を集めていた木漏れ日の広場まで戻ってきていた。

 

「……はぁ、はぁ」

 夢だったと思いたい。その気持ちが強くしこりのように残った。

 空から差し込んだ光を見て、変わらず穏やかな山林の景色は、安堵と疑念2つの世界をトレイルに押し付けた。

 

 今と昔、知る前と後。

 

 知ってしまった、見てしまったからにはもうトレイルの心は戻れないのだろう。

 そして今、トレイルの心は平静を失って、「とにかく安全な所に収まりたい」と願うようになっていた。

 齢15の少女が抱えるには僅かに早いその残酷な事実は、砕くでもなく、僅かに形を保たせる程度の、大きなヒビを入れるだけに留まった。

 

 怒りを抱くこともなく、悲しみを負うこともなかった人の心。1つの概念のもと、世界に更なる泥が滲みだす。

 泥はヒビに入り込み、善なる形代に穢れを孕ませる。

 

 トレイルの中に黒い何かが巣食い、強く胸を押さえ、苦悶に顔を歪ませた。

 

 

 どうしたらいいのだろう……。

 命を落とした者に報いるために、今にも踵を返してアイツに目に物を見せたい気持ちがある。

 今すぐにもっと遠くへ離れたい。王都に戻り、多くの人がいるところへ行きたい気持ちがある。

 早く師匠に会いたい気持ちがある。

 誰かに頼って、いち早くアイツを消してもらいたい気持ちがある。

 

 どうしたらいい――。

 

 トレイルはただ立ち尽くしていた――。

 

 落ち葉の袋が未だ残るこの広場で……。

 

 「ん、トレイル?どうしたの、もう用事は終わった?」

 

 俯いた顔を上げ、トレイルは声の方を見た。

 そこにいたのは、顔を傾げて足まで届きそうな銀髪を揺らし、袋を抱えたクゥちゃんだった――。

 

 

 

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