魔神ちゃん止まって!/錬金の魔女と魔神ちゃん:第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」   作:電子サキュバス

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ep38魔神ちゃん止まって!:その拳は過ちを潰したが、砕くでも、穿つでもなかった

 

「光あふれる世界にみんなを連れて行くの。あなたもきっと喜ぶわぁ~!錬金の魔女も、この娘も、この子の師匠も。 みんな連れて行くわ!わたしの世界……エリュシ・ファロンに」

 両手を広げ空を仰ぎ見ながら、彼女は恍惚に語った。

「そう、で、どうやって?」

 冷たくクゥちゃんは返し、続きを促した。

 

「ふふ、肉体から魂を解放してあげるのよぉ~?ここでいえば、『死を与えてあげる』かしら?」

「やっぱり、そうだと思った」

「そうねぇ、わかっているからこそわたくしから獲物を奪ったのよね?賢いわ、賢いわ」

 弾かれ、地面に突き刺さるトレイルの剣をちらりとみやりながら言った。

 

 トレイルは両手を指で組み、それを頬に寄せて、狂気を宿した瞳をクゥちゃんに向ける。まるで愛しい我が子に向けるような、あるいは依存にまみれた濁った泥のような感情をたたえた、そんな気持ちの悪い表情だった。

 クゥちゃんは何度もそんな顔を見せられて、うんざりした。トレイルの――友人の顔でそんな表情をしないでほしい。その思いをなんども言ってはいたのだが、それを理解していないのか、やめてくれはしなかった。

 

 クゥちゃんは相手との会話の中で考えていた。トレイルを助ける方法はなにかないだろうかと。

 ふと見た手のひらに、青く光を放つ鉱石が二つあった。それはマネコリスとノクスマリが収められている魂の小箱。

 どうにかしてこの石を使って、トレイルを解放できないかと思った。しかし、中から聞こえる声からは、「この中には一つに付き一人だけ」と残酷な答えだけが返ってくる。

 

 「ふふ、それでこの後、わたくしをどうするつもりなのかしら?」

 期待にあふれた眼差しでクゥちゃんを見つめ、それにクゥちゃんはごみを見るような目で応えた。

 (どうせ殺そうとしても、こいつを喜ばせるだけ。なら他の方法を考えないと……)

 もう一度青い石を見て、何かに似ているような気がした。そうだ、キスアが使っていた宝石、宝収輝石(ほうしゅうきせき)に似ている。

 ひょっとしたら、キスアなら同じものが作れるかもしれない。そう思ったが、トレイルをそこまで連れて行きたくはない。今の状態では危険すぎる。

 (それなら……。)

 クゥちゃんはひとつの考えを行動に移した。

 

「ん~?どうしたのかしら?わたくしに近づいて、抱擁がお望――ぐっ!!」

 ドスっと鈍い音が響く。それはクゥちゃんは瞬時にトレイルへと密着し、拳で腹部を抉った音だった。

 意識を刈り取るべく繰り出された一撃で、トレイルは膝をつき、腹を抱えてうずくまる。

「ふふ、なるほどねぇ……でもこの程度じゃわたくしは……倒せない、わ」

 胃に収まっていたものを口から垂らしながら、負け惜しみのような言葉を最後にトレイルは気を失った。

 

 結局のところ、彼女に憑りついた幻影の正体はわからない。知りたいともクゥちゃんは思わなかった。

 今はただ彼女を、元の純粋で無垢な心を持つ少女へと戻したい。それだけだった。

 

「ひとまず知りたいことは知れた。あいつは危険、それだけは確かだった。あとはこれをジエツレナに持っていこう……」

 おもむろに地面から黒くべちょついた塊を拾い、クゥちゃんはトレイルを抱えて飛び出した。それは先の件でトレイルを利用した、名もなき異物が言っていたもの。薬の元になる残骸、黒いキノコが砕けた残滓。

 薬の材料は二つ。ようやく揃え、キスアを助けるため、友人を助けるために、クゥちゃんはキスアのアトリエに向かった。

 

 

 キスアのアトリエに着くころには夕方になっていた。落ち葉を詰めた袋を回収するため、一日のうちに何度も往復しただけあって、さすがのクゥちゃんも息を乱し始めた頃だった。

 玄関の前で落ち着こうと、乱れた息を整えていた時、扉が開いた。

 

「おや?どうしたんだいそんなに息を乱して……って、すごい集めてきたねこれは……それに、トレイルはどうしたんだい?」

 

 背に負ぶられていたトレイルを見て、ジエツレナは驚いていた。それはそうだ、あんなに元気そうだったトレイルがぐったりしているのだから何事かと思ったのだろう。

 

 玄関前には大量の袋が乱立していて、思わずジエツレナは『そこまでしなくても良かった』と口にしそうになった。が、クゥちゃんの頑張りは素直に喜ばしい。頑張りを否定する言葉になってしまうのは望むところではない。ジエツレナは苦笑しながらも、素直に成果を受け取ろうと思った。

 

 袋の中身は、はち切れんばかりの落ち葉が詰め込まれていた。しばらくの間、それだけを燃料に生活ができるくらいだ。これをどうするかは、のちのち考えるとして、そもこれはキスアのために集めたのだから、キスアに決めてもらえばよいだろう。

 

 「ひとまず中に入ろうか、詳しい話も聞きたいところだしね」

 ジエツレナは穏やかな声でそう促し、アトリエの扉を広く開いた。

 

 アトリエから離れてそれほど時間は経っていないはずなのに、妙に懐かしい気分だった。

 乾いた木の香り、薬草の透き通る匂い、焦げた金属と火薬の臭い。様々な匂いが混ざり合い、外とは全く違った、独特な雰囲気を醸していた。

 

 クゥちゃんは、背に負ぶっていたトレイルの体重を持ち直しながら、そっと敷居をまたいだ。

 床板がやさしく軋む。

 香りとは裏腹に、小奇麗に整った部屋が迎え入れる。キスアが普段依頼人と対話するための受付として用いられているためか、不快感を与えないように繊細な手入れが行き届いている。

 

 クゥちゃんがキスアのアトリエに来てからそれほどの時間は経っていないからか、実家のような安心感を仄かに感じつつも、公的機関に足を踏み入れた『お客様』になったような気持ちにもなった。

 ただ単純に、長い時間外にいたから、いつも慣れていて気が付かなかった匂いに敏感になっただけと言われれば、それまでだろう。しかし、いまは頼りになる大人の安心感を、クゥちゃんはその匂いに見出した。

 

 ジエツレナは振り返り、クゥちゃんとトレイルを見やった。

 「さて、一旦彼女はそこに寝かせておこうか」

 ジエツレナはトレイルを横抱きに受け取ると、部屋の奥にあるソファに寝かせた。

 窓からの日差しを腹部に受けて、前に組んだ手首が煌めいていた。巻いてあった青い石飾りが反射して、彼女の呼吸を返しているかのようだ。しかしそこに彼女はいない。

 クゥちゃんはなんとしてでも彼女を助けたかった。

 

 「それで、何があったんだい?」

 受付の椅子に座り、柔和な微笑みでもって、緊張を与えないよう、ジエツレナは問いかけた。

 クゥちゃんは言葉に詰まりながらも、なぜこのようなことになったのか、何を求めてここまで頑張ったのか、そのいきさつをジエツレナに語ったのだった……。

 

 ジエツレナは時折、興奮気味に息を荒げるクゥちゃんを落ち着かせるよう、宥めながら、慎重にその話を聞いていた。

 トレイルに潜む者がいつ目を覚ますともわからず、不安げであることをきちんと理解し、そのうえで、一つずつ聞き出した。

 

 「ふむ、ボっクも優先すべきはトレイル君のことだとは思うけどね、君はどうしたい?」

 ジエツレナはクゥちゃんに問いかける。

 「……わからない、最初は、キスアを助けたいって思ってた。だけど、今は……トレイルを助けたい。このままじゃ、トレイルが消えてしまう気がするから」

 

 「そうか、わかった。でもボっクにもこの件はどうしたらいいかすぐには解決策は出せそうにない。そこで、この人の力を借りようか」

 ジエツレナが隣の部屋に向かって手招きをすると、そこに現れたのは――キスアだった。

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