魔神ちゃん止まって!/錬金の魔女と魔神ちゃん:第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」 作:電子サキュバス
あの時、魂収輝石を調合している
「ギィイイイイイ!!ぎィいいい!!!!!いいいいいいいい!!!!!!!!!!」
それは誰かの、痛みに狂った叫びだった。
脳内に響いたそれは、終わることのない苦しみを、聞くものに押し付ける。
キスアは、四肢を喰われる幻肢痛を延々と受け、精神を蝕み続けた。
これは自身の苦しみではなく、今このときに起きている、誰かの感覚だった。その苦しみが、キスアに流れ込み、共有されていた。
(なんで?どうして?)
それは初めての出来事だった。
わからない。しかしそれでも、キスアは呻くことなく、調合中、ひたすら耐えた。そばで見ているクゥちゃんに心配をかけたくなかったから。
「感じるか?痛みを……。 お前は知らなければならない、この世に生きる者の苦しみを。そして、私を探さなければならない。キスア……お前は神だろう?神の役目を放棄はさせない。お前には役目があるのだから」
聞いたことのない声が流れ込む。だが、知っている。しかし、会ったことのない者の声だった。
「私を探せ。 彼女も望んでいるのだろう?
(あなたは、誰なの……)
「私は、敵であり、この世すべての悪。お前のために、お前と世界を壊す者だ。 抜け殻よ、私を求めよ。
声はそれ以降、聞こえなくなった。
以前より、調合する度に頭痛があった。今回は声を聴き、四肢を苛む幻肢痛……。次に何が来るのか考え、キスアは身震いした。
『怖い』
調合をするのが、怖い。
自分のアイデンティティ、自分の力を使うのが怖い。自分を自分たらしめる力……魔女の力。それを使うのが怖い。
魂収輝石を調合し、トレイルを助けた後、キスアはこの事をジエツレナに相談した。
「話は分かった。だが、今はとりあえず一旦休もう。幸い、頭痛の件に関しては、なんとかなる」
「本当ですか?」
「薬を作ってやれる。ちょうど、ここにいる二人が、素材を採って来てくれたからね」
「クゥちゃんと、トレイルさんが?」
キスアは、ソファに座るトレイルとクゥちゃんを一瞥すると、再びジエツレナを見る。
「えへへ……まぁ、あたしが手伝えたのはちょっとだけっスけどね。ほとんどはクゥちゃんがやってくれたっス」
トレイルは恥ずかしそうに苦笑しながら、頭を掻いた。
いつものクゥちゃんなら、どれだけ素材集めを頑張ったかドヤるところなのだが、今回は何も言わず、眉を下げ、ただ心配そうにキスアを見ていた。
なんだか心配事が一気に増えて、クゥちゃんは不安だった。自分一人では、この世界ではうまく生きられる自信がない。今の自分はキスアがいないと不安で仕方がない。キスアが体調が悪いと、いつかいなくなってしまうのではないかと考えてしまう。
でも、自分に出来ることは、あまりない。
今はジエツレナが何とかしてくれることをただ願うしか、クゥちゃんに出来ることはなかった。
「今は、これでも食べて待っていてくれ」
ジエツレナは白い何かが入った器をテーブルに置き、キスアの調合室へ向かおうとする。
「これは?」
キスアの言葉に一瞬足を止め「イースアリベアの花を使った粥だ」と返して、部屋に消えていった。
「こんなのいつ作ったんだろう?」
キスアが疑問に思いながら、椅子に腰かけて粥を見つめていると、クゥちゃんが「キスアがトレイルに付き添っている時、台所で何かやってたよ」と言った。
「ジエツレナさんって、あの感じで実は家庭的なんスねぇ」
意外だと言った風にトレイルが驚いていたが、「まぁでもウチの師匠もあの感じで、料理作ったりしてくれるし、案外こういうのって普通なのかも?」とやや受け入れて納得していた。
キスアは、好意にあまえ、イースアベリアの粥を一口頬張ってみた。
「ん!優しい甘さがあって、おいしい!」
お粥はうまく作らないと水っぽくなったり、味が薄くなったり、旨味が弱いなど人によりおいしさにかなり程度が出るものだが、このお粥は非常によくできていた。料理のセンスがあるだけなのか、それともよく料理を振舞うような生活をしているのか、そんな関係を持った人物なのか……キスアはちょっとだけ気になるのだった。
お粥を食べ終え、わずかに頭痛が軽くなったような気がしていた。
「そういえば、イースアベリアの花ってどういう花なんスか?甘いんスかね?」
ふとトレイルがキスアに話題を振る。
「うーん、あんまり料理に使われることはないんだけど、看病するときとかによくお粥にされるね。 花言葉にはいくつかその効果を体現したものが宛てがわれていたから、ちょっとした鎮痛目的でも使われてるかな」
「へぇ~。 その花言葉ってどんなのがあるんスか?」
「えーと、花の色によっても変わるんだけど、赤い花の場合は「慰め」「感謝」「喜び」。黄色い花が「富」「成功」とか」
「じゃあお粥に入ってた白い花の場合は?」
「白い花は「眠り」「忘却」「疑惑」「推測」「わが毒」だよ」
「我が毒!?それって大丈夫なんスか?」
「まぁ、薬も過ぎれば毒になるから、用法容量を守って正しく使う分には問題ないよ」
「なら、お粥に入れてあるのって、眠りとかの効能を期待して、なんスかね」
「多分そうだと思う、鎮痛効果として少し眠くなるようなのを入れたのかも、その証拠に少し頭痛が楽になったし」
「ならいいんスけど」
談義に花を咲かせていると、調合室へと向かったジエツレナが戻ってきた。
「君たち、味の好みは甘いのと酸っぱいの、どっちが好き?」
「え、味?」
「味ですか?」
「どうせ薬を飲むならおいしい方がいいと思ってさ、ついでにトレイルも飲みたいでしょ、おいしい飲み物」
「飲みたいか飲みたくないかで言ったら、飲みたいスよ、おいしい飲み物。でも薬なんスよね?健康な人が飲んでもいいんスか?」
「ま、味は多少変わるけど、薬効成分を入れなければほぼ同じ飲み物が出来るからねぇ。 それでも同じ飲み物を一緒に飲むのは、仲間っぽくていいでしょ」
トレイルは反論したい気持ちだったが、同時に納得もしていた。それゆえ何も言わず、キスアと顔を合わせて口をつぐんだ。
「それで、味の好みは――?」
二人は味の好みをそれぞれ口にし、ジエツレナは優しい笑みを見せた後、再び調合室へと消えていった。
それから、キスア、トレイル、クゥちゃんの三人はしばらくの間、談笑に耽って過ごした。それはジエツレナがお盆に完成したものを持ってくるまで続き、この平和な時間はいつまでも続けばいいなと、クゥちゃんは思うのだった。
このひと時だけは、キスアはあの嫌な出来事を忘れることができた。それはジエツレナが作ってくれたお粥のおかげだったのか、それとも大切な時間を共に過ごすことにそれほどの効果があったからなのか、それは結局のところ誰にもわかりはしないのだろう。
「うわぁ〜!すごい綺麗っスねぇこれ!それに……うん!美味しい!お店で売れるっスよねこれ」
トレイルは予想外の出来に感動していた。まさか、【やや怪しげな白衣のお姉さん】からこんな物が出てくるとは思っていなかったのである。
それはキスアも同じであったが、こちらはそれよりも、純粋な感動が上回っていた為に、素直に「んー美味しい〜!」と簡潔な感想が出てくるだけであった。
そしてクゥちゃんはというと、味は満足だったのだか、量が物足りず、おかわりを所望していた。
そして議題は移り変わって、キスアの体調のことになった。
「キスアさん、体調はどうっスか?」
「うん、ちょっとは良くなってきました。頭痛が少しマシになってきてるので、明日には良くなっていると思います。それに……。」
キスアは少し間をおいて、実のところ吐き気や眩暈、気怠さや熱っぽさもあったこと、それらが今はほとんどなくなっていることを話した。
「そんなにつらかったなんて……」
トレイルは自分が何もわかっていなかったことにショックを受け、クゥちゃんは眉間に皺をよせていた。
クゥちゃんは胸が締め付けられるような気持ちになっていた。それは、まるで自分がキスアの気持ちをわからなかったこと、それから、キスアの症状をまるで自分のことのように感じて、苦しくなったことから来ていた。
幻肢痛的に頭痛を感じ、吐き気を感じ、熱っぽさを感じた。まるでキスアと繋がっているかのように――。そんな錯覚がクゥちゃんの中にあった。
共感性なのか、他の要因からくるのか、自身では何もわからないが、クゥちゃんはただ無防備にその苦しみを味わった。
「さっき言っていた、キスアの調合時の【声】についてもう一度詳しく聞かせてくれないか?」
ジエツレナは、椅子に腰かけてキスアに聴取を始めた。机にはいつの間に用意したのか、クリップボードを片手にペンをまわしながら返答を待った。
「は、はい。 調合の時、強い頭の痛みと、それから視界が歪んで……それから声が……」
キスアは一通り、もう一度起きたことについて話始めた……。
「聞き覚えのない誰かの叫び声、その後に聞き覚えがあるが知らない人物の言葉……。キスアに使命感を背負わせ、忘れさせまいとする意思。神という単語。役目か……。とりあえず一旦その声の主の正体については置いておくとして、どうやら君は人を探さなければならないらしいね。それが何者かは自身にも知る由もないが、それが君自身に大きく関わるもの。そういうことになっている。ボっクにはなんのことやらだけれどね、君には重要らしい」
「ジエツレナさん、なんだか他人事っスね」
少しムっとしたように見えるトレイルの顔を一瞥し、ジエツレナはクゥちゃんに問いかける。
「クゥちゃんは、キスアの造物だ。自覚しているね?そのうえで、クゥちゃん自身は選ぶことになるんだ。まず聞こう、クゥちゃん自身の意思、答えを」
無感情で冷たさすらない、温度を感じない表情で、ちらりとジエツレナはクゥちゃんを見やって、それから手元のボードを眺める。
「……キスアに、ついていきたい。キスアがイリスじゃなくても、キスアの声の人がイリスじゃなくても、今はキスアと一緒がいい」
まだ幼く、深い思考はできない、それでも今ある感情だけは確かで、真実だった。それゆえに、クゥちゃんの言葉、そして表情には覚悟と芯があった。
「だそうだ。あとはキスアが決めるといい。ボっクもついていきたいところだけど、少々しがらみが多くて、そう自由にあちこち行けなくてねぇ。トレイルはどうだい?」
「あたしは……一度師匠に話をするっス、けど、師匠の答えが何であれ、あたしもキスアさんについていきたいス。勝手な理由にはなるスけど、旅って楽しいし、修行にもなるし、あたしにも利があるんスよこれでも」
なんだかんだいいつつも、助けになりたいという思いを、キスアの重荷にならないようにという配慮で包んで、トレイルは自分の意見を言った。
「皆さん……ありがとうございます。そうですね、クゥちゃんのイリスさんを探したい気持ちもありますし、この声の正体も……」
少しの間を置き、キスアは顔を上げた。その表情は、覚悟を感じさせる、良い表情だった。
「明後日、ここを出発します!」