魔神ちゃん止まって!/錬金の魔女と魔神ちゃん:第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」   作:電子サキュバス

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ep41魔神ちゃん止まって!:王都プルプァ、出発前日のこと、第二の故郷に最後の別れを――。

 

 出発前日、キスアはアトリエ近辺の、いつも仕事でお世話になっている人々に最後の挨拶をしていた。

 「そうなの?!こりゃあ寂しくなるなぁ、いつも助かっていたのに……でも、新しい人生の門出だ!明るく盛大に送り出してあげるよ!」

 そんな皆の言葉を受けて、いつもの元気を取り戻し、キスアは明るくこう答えた。

 「はい!皆さんありがとうございます!また元気にここに戻ってきますので、あまり心配しないでくださいね!」

 

 町の人々には、何でも屋としての仕事柄、色んな関りがあった。生活のお金を稼ぐ為、依頼を受けて人と関わり、仕事に必要なものを買うために人と関わり、錬金で作った物を作業人にわたし、どんな仕事をしているのかを聞いて、そうして様々な人と繋がった。

 

 ここを離れるということは、日々の生活との別れを意味する。暖かい日常を手放し、不安で満ちた、先の見えない道を歩くことになる。

 それをキスアは理解したうえで、この結論を出した。衝動的であっても、それに向けて行動するうちに、思考は、覚悟は、定まっていくものだ。

 キスアはどの場合においても、結論を出すとき、迷うことを極力避ける。どうせ、「直感的にそう思った」ことに自分の考えというものは収束していくし、行動していくうちに、その考えは勝手に脳内で補強されていくものだから。

 短慮でなく、決断というのはいずれも後戻りできないものだから、後悔も含めてそれを乗り越えるのだと常に覚悟をしているからこそ、即断即決するようにしている。

 考えなしの即断即決ではなく、違和感があれば立ち止まれるくらいの、そのくらいの思考と決断を心掛ける。

 

 キスアは人々に挨拶を済ませている最中(さなか)、頭の片隅で考えていた。

 あの声のことを。最悪の結末を。

 自分が街を出ずにいたことで、何か取り返しのつかないことが起きるのではないか、そんな不安があった。

 正体を知って、この声が結局のところ何を意味していたのかを知って、安心したかった。

 な~んだ、なんてことない事だったんだ。そういう事実が欲しかった。そういうなんてことのない答えが欲しかった。誰もその答えを教えてくれそうにないのだから、自分から探しに行かなくてはならなかった。

 

 いくつもの正当な理由を必死にかき集めて、結論の核を隠した。

 『クゥちゃんの記憶にあるイリスを探すため』『旅をするため』『人の役に立つため』『みんなの為』

 根底にあるのは、ただの不安なのに。それをおくびにも出さず、出すつもりはなく、あけっぴろげに明るく見せかけた。

 もしかしたら最低かもしれない。

 そうだ最低の別れだ。

 自分に正直ではない、誠実ではない別れ。心に闇を抱えたまま、キスアは(みな)と最後のやり取りをかわし、クゥちゃんを側に侍らせたまま一緒に最後の日を終えた。

 

 その時クゥちゃんは何も言わなかった。何故かクゥちゃんにはキスアが苦しんでいることがわかった。言葉に出来ない、胸の苦しみだけだが、なぜかそれがキスアの物であると感じた。

 クゥちゃんにはどうすることも出来なかった。産まれて大して経験も何もない、幼いひな鳥な身で、なんと声をかけたものかわからない。

 人並外れた力を持っていても、未熟な精神性では、心を癒すことはできなかった。

 そんなクゥちゃんでも、ひょっとしたら、ただ側にいるだけでキスアの心の安らぎになっていたのかもしれない。だが、二人ともそんなことは考えてはいないし、思いもしなかった。

 ただ、わずかに、いるのといないのとでは、もしかしたらクゥちゃんがいることには意味があった。誰もそれを知らないけれど。

 

 キスアは魔女協会の本部にも顔を出し、念のためにこの街を出立することを伝えておいた。

アイテムで遠隔に通達することは出来るが、どうせなら顔を出しておきたかった。

魔女協会自体には何らかの申請をする時くらいにしか足を運ばないのだが、受付の人は全員の顔を把握しているようで、久しぶりに顔を見せたキスアにも気楽に接してくれた。

 ここに来たのがいつぶりであるか、元気にしていることは色々な人から聞いているなど、キスア自身にも覚えていない細かい情報を話してくれる。

 役所よりも扱う人の母数が少ないからなのか、本部自体に人があまり来ないからか、キスアと軽い会話をするだけでも、とても嬉しそうに話していた。

 魔女という性質上、多くは専門的な人物が多く、気の難しい人ばかりだと聞く。だからこそ、一般人に性格が近く、比較的明るい性格のキスアと話すのは楽しいのかもしれなかった。

 建物から出て、キスアは空を見上げる。

 こういう日常から、これから離れるのだと思うと、今からもう、寂しかった。

 

 キスアは夜、出発の準備をした。

 持っていくものはいつもより多い。いつもというのは、錬金に使う素材を採取したりするときだ。当然その時とは用意するものは違ってくる。

 グローブ、杖、リュック、大抵はこんなところだが、魔女の手形も持っていく。この手形は魔女協会に属する者であることを示すものだ。協会の支部では様々な役割が()されているが、キスアは基本的に銀行として利用している。だから全財産をいちいち持っていかなくてもいい利点があった。

 多くの魔女は広い範囲を行き来することが多いために、荷物を減らしたかった。そのために魔女協会はこうした用途などをあちこちの支部と連携して運営している。

 手形と言っても人によって形状は異なり、キスアのはチョーカー型だ。

 特殊な皮のような素材で出来ているので、付けたまま寝ていても寝づらさはない。それに、動き回っていても邪魔にならない。そういえば、トレイルが憧れる炎の魔女も、空を飛ぶからか同じくチョーカー型だった。

 

 後は、リュックの中に小型の釜を仕込み、いつでも錬成可能な状態にしておく。釜を立ち上げるのは地味に時間がかかる。どのくらいかと言えば、十分くらいだろうか。どうせつけっぱなしでもあまり損失はないので、つけてからリュック内に仕込んでおく。素材を突っ込んですぐ必要なものを作れるようにしておきたい。結合剤(バインダー)を入れておけば、あとは状況に応じた素材の投入でインスタントに作れて便利だ。

 それから、汎用性が高い素材をいくつかと、便利な携帯拠点(インスタントベース)を入れた。便利な携帯拠点(インスタントベース)は基本的に物を収納する便利アイテム【宝収輝石(ほうしゅうきせき)】にキャンプ用品を一式詰め込んだものだ。

 正直、宝収輝石は便利だし、これの需要を考えると相当稼げそうではあるが、何せ量産が効かない。キスアにしか作れない。と、貴重が過ぎるため、公言するのを控えている。

 言いふらさない人にだけ、秘奥としてその恩恵を密かに共有するだけに留めている。

 

 それと、リュックを持っていると邪魔になる場面も出てくるだろう、そういう時には、ポーチが役に立つ。基本素材と、便利なアイテムをいくつか詰めておく。

 しかしキスアは思った、リュックを背負ったうえに、腰にポーチを付けている者をみて、人々はどう思うだろうか。「何をなさっている方なの?」と思われないだろうかと。しかしそんなことは気にしてはダメダメ。かぶりを振って思考をリセットした。

 

 最後は錬器(れんき)籠手型射出具(アルス・ウニヴェルサリス)の手入れだけだ。

 錬器と名付けているように、キスアが錬成魔法で作り出したアイテムとなっているが、その素材も、当然錬成魔法による合金である。

 特殊な合金のため、あまり錆びることはなく手入れもそれほど必要ないのだが、キスア自身は愛着もあり、油を差して布で磨くのを日課にしていた。

「道具の手入れも仕事の内だ」と、街の依頼で関わった大工に教わったことがある。その時から続けている日課だが、無心で出来て頭もスッキリするし、一日の区切りとしても自分の中で整理ができてとてもよかった。これをしている時、何かに似ているなと感じたが、なんとなく編み物をするときの感覚に似ている。それを言えば錬成している時と似ているような気もしないでもないのだが、あれはまた違うのだ。頭を使うし、魔力も使う。疲労度が違うせいで、達成感と同時に休みたーい!となるのだ。

 

 そんなことを考えているうちに、錬器(れんき)の手入れが終わった。心持ち「あ~もう終わっちゃったなぁ」と思うが、こういうときに気持ちを切り替えて、明日に備えよう!と考え直すことが大切だ。

 

 これからの旅は長期のものになることが容易に想像がつく。キスアは一通り道具類をまとめ、調合室を後にする。

 旅において重要なのは、装備だけじゃない。長く空けることになる家の物についても気にしておくべきだ。特に、食べ物においては非常に大事なことだ。腐食させて虫が繁殖していたら、戻ってきたときに目も当てられない。だから、食糧庫の整理はやっておかなければならないのだ。幸い保存が効かないものはあまりなく、明日の食事、あとは旅の途中で悪くなる前に消費しきれそうだった。長期保存が効くものだけはそこそこに残しておいてもいいだろう。

 旅に使えるからと保存食を大量に持ち込むのも推奨できない、大量の荷物が枷になることは考えられるからだ。だからこそ、旅の合間に食料を確保することを視野に入れ、保存食に頼りきりになる生活は避けたい。それに、帰ったときには疲れ切っていることも考えられるし、体を使わずにエネルギーを補給できるよう家に保存食を残しておくのも大事なことだと思った。

 

 最後に、寝る前の安全確認をしておこう。

 まずは調合室の釜だ、火が止まっていることと、中に何も残っていないことを指を差して確認。

「釜の火気類、釜の中、異常ナーシ!」

 指差喚呼(しさかんこ)は工事現場での依頼で覚えた習慣だ。調合後の確認不足から爆発させる事故は少なからず起きてて、そういう人災事故を予防するためにはどうしたらいいのかを相談したときに、工事のおじさんに聞いた方法だった。これをしてからは、事故率は大幅に減り、素材の無駄も抑えられている。

 釜の破損だとか、素材の損失だとか、そういうのは地味に手痛い出費だったので、バカにならないのである。

 

 釜に蓋をし次にキスアは、調合室の隅にある結界を解き、地下室へと向かう。

 中にはいくつかの設備と、作業台。

 青白い光が部屋一面を照らしていて、その発光元は天井に届きそうな水槽によるものだ。

 青白く半透明な液体が並々注がれる水槽は部屋全体を薄く照らす。しかし、照明ほどではないからか、足元やら設備やら作業台の隅、部屋の角なんかには暗闇が残っている。

 王都の裏側にある夜の世界や、アクアリウムのような、ほんのり明るく仄暗い空間。キスアの家の地下室は、そんなロマンチックな色に染められている。

 本人としてはロマンチックとは無縁の、研究一筋な魔女であるが、素材を採りに行く際に見かけた、幻想的な自然には心をトキめかせることもある。だがこの空間においてはもはや見慣れ過ぎていて、日常の一幕でしかなく、今さらトキめいたりできなくなっていた。

 

 そんな地下室でやることは、なんのことはない、燃料の確認――設備管理だった。

 地下室の照明としての役割を一部引き受けるこの水槽の液体は、「液体魔力」とキスアが呼ぶもので、水槽を起点に家の核設備に燃料として供給されている。

 部屋の照明、釜の火、台所に至るまで、必要なエネルギーは全てこの水槽の中から供給される。一般的にガスや水道は管を通して供給されるものだが、キスアのこれは術式によって繋がり、目に見えない配線で共有されている。もちろん触れることも出来ない為、物理的な干渉で風化することはなく、メンテナンスも容易だ。

 何をするかというと、術式を一度展開して、起動している設備を停止するだけ。どうせ明日は家の設備を使う予定はないし、問題はない。

 

 だが照明が使えるうちに先に見ておくべきところはあるので、そこからだ。

 水槽の隣にあるのは「結晶金庫」その隣にあるのが「結晶タンク」。

 魔力を抽出できる鉱石類や、自身の魔力をこのタンクに入れることで魔力の結晶を生成できる。そしてそれを貯蔵、管理、利用するためのものが結晶金庫だ。

 不安定で、励起しやすいこの結晶は扱い方を間違えるとすぐ爆発してしまう。だから時折様子を見て、確認しているのだ。

 未だに安全な管理方法が確立していないために、こうして特殊合金の金庫に入れておかないと、すぐにダメになってしまう。

 『では、使う時にだけ生成し、すぐに消費してしまえばいい』と思ったのだが、そうもいかない。

 何故ならこの魔力結晶を大量に精錬した先にこの液体魔力があるからだ。

 この液体魔力は生成に時間がかかり、さらにはこの嵩張る結晶を大量に要求するレシピであるのだ。

 生成する素材自体は「魔力結晶」と「錬金溶剤」だけの単純なものだが、量と時間両方を大きく消費してしまう。

 故に、この液体魔力を生成する設備は充分に容量を確保すべく、この設備軍の反対の壁側に設置したのだ。

 この設備の名前はわかりやすく「液体魔力製造機」と呼んでいるが、こいつが精錬を完了するまでの間に次の魔力結晶をしっかり貯蔵しておくのが、キスアの日常のルーティンでもある。

 液体魔力の消費自体は比較的ゆるやかで、そこまで頻繁に確認する必要もないのだが、今回特に気にしているのは、時間経過による劣化と霧散。

 不安定な結晶を放置して爆発、その後連鎖的に消滅されてしまっては非常に困るのである。

 まずは金庫内の結晶の状態を確認し、状態が悪くなっているものは「魔力粉末」にして、安定した別の素材として保存しなくてはならない。というより、長期に空けておくのだから、いっそのこと全部粉末にした方がいいか?

 思ってしまっては仕方がないので、キスアは液体魔力製造機の横にある作業台に一通り残っている結晶を広げて、ひたすら砕き始めた。

 衝撃で爆発するんじゃないかという心配もあるだろうが、ビクビクと躊躇していたら全てを失うことになる。こういう時こそ、心を奮い立たせて、思い切ってハンマーを振るうのだ。

 ガンッ!ガンッ!

 

 地下室から硬いものがぶつかる音が響き渡る。

 ひたすら砕き続け、最後の結晶を叩き潰すと、ひと仕事を終えたキスアは、大量の魔力粉末を見て悩んだ。

 今後は大量の粉末を貯蔵する箱も作ろうか――。

 

「金庫ヨーシ!結晶タンクヨーシ!液体魔力製造機ヨーシ!あとは……と」

 粉末を一度、手ごろな箱に閉まってから、キスアは術式を展開し始める。内容は、『液体魔力槽の稼働状況』だ。

 今月の液体魔力の使用量の確認と、今後の必要数をメモしておく。術式にはコメント機能があるので、作動に影響のない範囲で情報を書き記せるのだ。

 液体魔力の生成にあたり、『魔力結晶と錬金溶剤』が必要になり、魔力結晶には『魔力を含む鉱物や自身の魔力が必要になる』。これらの素材管理も、家に帰って来て割と助かることになる。長期になればどうせ忘れてしまうので、帰ってから見返すだけで、また生活を再開するうえで必要な情報が一部手に入るのだから重要なことだ。

 

 そういえば、魔力粉末の用途についても、もっと考えておかなくては……。基本的には他の錬金素材として使えるが、これをうまく再利用して、液体魔力まで持っていければ、魔力結晶とは別の『安定した液体魔力の素材』の貯蔵という未来も見えてくるのだから。このことについては今後の課題になりそうだ。

 

 展開した術式から必要な情報を得たキスアは、『液体魔力槽』の機能を停止させ地下室を後にした。

 

 調合室に戻ったキスアは地下室の結界を再度活性状態に戻し、しっかりと秘匿してから寝室へ向かった。

 

 先にキスアのベッドで眠るクゥちゃんを見て、なぜだか口角が上がった。

 ベッドに潜り、キスアは『明日からは、あの頃以来の旅だ』とぼんやり思った。

 初めて王都へと旅に出た、あの頃以来、ほとんど王都の近郊しか外を出歩いていない。

 あの時はどうやってここまで旅をしていたっけ。とか。どんな気持ちでいたんだっけ。とか。もう覚えてないくらい昔の記憶。

 

 でも今度は、クゥちゃんがいる。トレイルも来てくれるかは分からないが、きっと三人旅になると思う。だから、寂しくはないか。

(楽しい旅になるといいなぁ。でももちろん、目的は見失わないように、定期的に話題には出して忘れないようにしつつ、だね)

 

(クゥちゃんの育ての親みたいな人、なんだよね……どんな人なんだろう、イリスって人)

 クゥちゃんが知っている、過去の人物。どれくらい昔の人なのか、今はどうしているのか、それすらもわからない。わずかにわかっている情報から、どれだけ迫れるのだろう。

 それと、キスアの頭に聞こえた声の人物、どこにいて、何を求めているのか。

 答えを知りたい……。

 

 ウトウトとし始めて、いつの間にか眠っていく……。

 

 

 

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