魔神ちゃん止まって!/錬金の魔女と魔神ちゃん:第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」 作:電子サキュバス
「なんだキスア、その程度で意識を飛ばしてしまうとは情けない……。かわいいが過ぎるぞ、愚かな人間だな、全く貴様は」
圧の伴った声が暗闇に響く。二度目ともなれば、すぐに気が付いた。
「あの時の……声?」
「そうだ、お前の敵だ。 忘れていなかったようでなにより。 そんなお前に、褒美をやる。 しかと受け取るように」
暗闇から、ぐちゅ、ぐちゅ、と音が聞こえ始めた。それは傷口を弄る手術のようであり、しかし無作為に、手慰みに遊んでいるかのように、忙しなかった。
「いだい……。いだい……。いだい……。いだい……。いだい……」
一定の感覚で涙とともにこぼす言葉には、覇気が無く、ただ気を紛らわせるためだけに吐かれているようだ。
徐々に暗闇から浮かび上がるのは、四肢を何かに拘束された少女だった。
肥大した胴体を持つ、馬のような何かの正面に全身を押し付けられ、少女の体は磔にされていた。
馬の正面は、大の字に張り付けるには表面が狭すぎるせいで、腕と足は異常なほどに反らされ、根本が音を立てて千切れる。
何度も、何度も。千切れては、再接続され、傷は何事もなく修復される。
新鮮な痛みが、幾度も与えられ、とうに少女は心が壊れてしまっていた。
「ひどい……」
キスアは思わず、口を手で押さえてしまった。それは、吐き気を抑えるためでもあり、無意識にその出来事から目を逸らそうとする、『自己親密行動』でもあったかもしれない。
あるいは、その『馬』から見つからないように、悲鳴を聞かれないよう、声を抑えようとする『防衛本能』によるものだっただろうか。
いずれにせよ、キスアは恐怖と、その不快感から逃れることができない。
ここは、意識の中。
キスアだけが見る、夢に近い場所。
一番自由で、一番不確かで、そして――。
『一番精神が無防備になる場所』
今にあっては、そこは『キスアだけの場所』ではない。キスアだけが見れても、そこの自由はキスアに与えられていない。認識の領域は、イリアスの領域だからだ。
「お前が知らなかったものを、教えてやる。いつまでも、夢、幻だと思い込むのは許さん。
――――娘が出会ったのは、異形の魔物。魔獣などではない、この世に
収納の魔女、マイカ・トゥスニンケ。彼女の最期は、
希望をもって町を
収納の魔法で、多く人の役に立とうとしていた。お前が錬成の力をもって人の役に立とうとしているようにな。
役に立つこと――それは、神が与えた人の心根だ。ほとんどの人々はこれを動機に生きる活力を
生きとし生けるものすべてが善であるように――。
食物連鎖以外の命の取り合いはできぬよう、人々から認識、概念が欠如するのを善しとした。
収納の魔女は荷物持ち――。あらゆる道具、施設、全てを縮小させることができる力は有用な為に、彼女を引く手は
それゆえ、どこにでも行く。どこへでも行くことが彼女の仕事となった。
だが、最期となるに至ったのは、ただただ、自分の趣味。
『世界を見て歩きたい』、その唯一の楽しみを、満たすための冒険。その行動こそが最期へ導いてしまった。
好奇心は、この世界の善をまた一人殺してしまったのだ。あの人形の魔女と同じように……。
キスア、お前は知っているだろう。あの時王都で狂ってしまった傀儡のことだ。
あれは、人形の魔女の傀儡だったのではない。あれこそが彼女。
もう過ぎてしまったことだ……。
彼女もまた、好奇心に殺された者の一人だ。
お前は、この『好奇心』というものを消したいと願うか――?そうすれば、この
しかし、現状それは出来ない。
おまえがそのままだからだ……。そのままのお前でいるのなら、このやりとりも意味を為さず、好奇心を消すという選択肢もまた、お前が選ぶ権利としては与えられない。
お前がまず最初にできることは、マイカを救うことだけだ。
クーラ・ミスティア――お前が名付けたその小さな、力の結晶。クゥちゃんなどと呼ぶそれの願いを叶えてやる自由などない。
今はただ、お前のその苦しみに向き合う選択だけを与えてやる。存分に、克己に励むといい。
今お前を悩ませている痛み、吐き気、体の様々な不具合……それは異物への肉体の拒絶反応。
何故なら、お前は世界との繋がりを持ち、全生物の苦しみを解決する存在であるからだ。
大昔に人々はこの存在を『神』と呼び、崇め奉らんとした。だが、そもこの世界における最初の存在者は、神のみであった。だからこそ、
――それが今の失敗となった。こうして、自らの選んだことの積み重ねで、
今のお前が出来るのは、そのあらゆる事象から目をそらさず、苦しみを乗り越える術を身に着けることだけだ。
まずは世界の歪みを探せ。
あの忌まわしい魔物を殺せ。
マイカが出会った魔物、お前はそれを殺さなくてはならない。彼女を救済するために。
お前の苦しみを一つ取り除くことにもなる。
ふふ、だが彼女は
今はもう、魔物と同化した彼女は、本来の力の解釈を捻じ曲げている。ふふふ、人の域を超えた、バケモノだ。お前に、それを殺すことはできるかな?
だが、まずは探せ、そいつを。それまで、存分に彼女の苦しみを享受するといい……。
私も一緒に楽しむのだ、寂しくなかろう?