先生になる前から持っていた技術の一つです
"......チトセ?"
「───ぁ」
衝撃。大地を殴りつけるかの如き揺れと、
振り返った先にあったコンテナが煌めいたその瞬間。
それはまるでスローモーションのようで───飛び込んでくる彼女の姿を私の網膜へ、一瞬のうちに嫌というほど焼き付けた。
花開く蕾の逆再生を思わせる動きで地面から姿を現した、その壁の隙間に消えていく背を。
"な、何が......"
「───これは」
爆発の中心部に形成されていたのはすり鉢状の構造物。表面は酷く損傷しているものの構造そのものに目立った損壊はなく、爆発の衝撃を上方と下方に分散させることに成功したようだった。
そして私の周囲には特殊な圧延鋼板が幾重にも乱雑に突き立てられていた。それらは回析波を散乱させ、アロナのバッテリーは25%程度の消費でとどまった。
こんなものを一瞬のうちに形成できるのはチトセのI.P.Aだけ。あの一瞬で彼女は最適解を選び、そして私を含め周囲の人間に大きな被害を齎すことなく攻撃を無効化した。
でも───肝心のチトセの姿が見当たらなかった。
"......うわっ、びっくりした───え?"
吹き飛んだ天井から崩れ落ちた瓦礫がすぐ傍に落下し、思わず飛びのく。
幸い誰にも当たることはなく───いくつかの破片に形を変え、
無意識のうちに、一歩引いていた。
それは見慣れたものでありながら───記憶にある形から、酷く変わってしまっていたから。
───
"......チトセ?"
「───ッ先生、見ちゃダメ!!」
思わず目を逸らした先で視界に映る。込み上げてきた吐き気に抗えず膝をつけば、もっと細かく分解された
"あ、あぁ......"
それは、チトセ
私に容赦なくデコピンする人差し指だった───根元から引き千切れ、軽く曲がった姿はある種の幼虫を連想させた。
補習授業部の皆に料理を振舞う左腕だった───二の腕から先が吹き飛び、露出した上腕骨が壁面の絵画に突き刺さっていた。
小憎らしくも純粋で愛嬌のある笑顔だった───吹き飛んだ何らかの破片が頬に突き刺さり、虚ろに開いた右目がこちらを見ていた。
"───あ、あああああああぁぁ"
私の正面に突き刺さったままの鋼板。その向こう側には───チトセを形成していたモノのうち、最も大きな
どさり、と崩れ落ちる。
その身体は過剰なまでの破壊に晒され、生命への蹂躙を具現化したかの如き無残な姿であった。
そうして私は初めて───明確な"殺意"を自覚した。
私はここまで攻撃的になれるものかと、どこまでも理性的な脳の一部が私の情緒を冷笑した。
だって、私が居なければチトセは死ななかったのだから。
私を守ろうとしなければ、ここに私が居なければ。
───私が、彼女に関わろうとしなければ。
「───ッ、先生!!」
"......ひな?"
肩を揺すられ、据わらない頭を手でしっかりと支えられて───ヒナの目を見た。
大粒の涙を湛えながらも、声を震わせながらも奥歯を噛み締めて私の目を真っ直ぐに見据える彼女の姿を。
「......しっかりして、先生!!今すぐに後方に下がって、指揮を!!」
"わ、わたしは......"
「急いでッ!!
"......次?"
「あのゲートがもう一度開いて、追加の戦力が───」
"......追加?戦力?"
......ああ、そういうことね。
確かにそうだ、爆発はかなりの威力だったけど条約の破壊に成功したかは分からないもんね。確実を期するならもう一度ゲートを開いて戦力を投入するのが妥当だよね。
他に目的があってもなくても、そうするのが合理的だもんね。
なんだ───来てくれるんだ。
"───殺す"
「......落ち着いて、先生。この状況で慎重さを欠くのは危険よ」
"......ヒナは、落ち着いているんだね"
「そんなこと、ない......今すぐに叫び出したいけれど、きっとチトセは───」
大粒の涙が、彼女の輪郭をなぞり床の染みになっていく。
声は震えているし、彼女の瞳に渦巻く感情は計り知れないけれど───それを押さえつける"意志"が彼女を動かしていた。
ちらりと視線を落とす。普段の銃とは纏う雰囲気が違うそれを一瞥し、再び顔を上げる。
「......私を信頼してくれているから、それに応えなきゃいけない」
"───そっか。強いんだね、ヒナは"
「今はまだ、やるべき事がある......それだけだから」
虚空に走る一筋の亀裂。
来る、そう確信した。話はその門をくぐる者を全員"処理"した後でいい。
「......
"うん......そうだね"
だから、それはある意味奇跡だった。姿を現したのがどこの誰であっても即座に排除するつもりだったのに。
───まさか、拘束された少女を抱えた木の人形が真っ先に現れるだなんて思っていなかったから。
◇
私は弱い。
どちらの意味かって?そんなこと聞くな両方だよ。
戦闘力は中の下。スクワッドの連中になんて敵うわけもない。
精神力なんて下の下だ。ずっと流されて、恐怖に屈して───それでいて、抗おうとする奴らを陰で笑ってた。
だが同じ境遇に身を置いていない奴に笑われるのは御免だ。そんなちっぽけなプライドを拠り所にして、ただ強者に媚びへつらって浅ましくも生きていたのが私だった。
───あの日までは。
「そこの君、名前は?」
「かっ、カレンです......あ、えっと───何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ちょっ、そこまでビビられると傷付くんですけど......普通にチトセでいいよ」
「で、ではチトセさんと......」
西水チトセ。
その名はアリウスという閉鎖空間で暮らしている私たちの耳にも届いていた。
曰く、キヴォトス最悪。
曰く、
曰く、ブラックマーケットの銀行に3名でカチコミをかけた。
曰く、曰く、曰く───
尾ひれの付いた噂ではない。それら全ては裏取りが為され、確度の高い情報として出回っているものだ。
人体実験にも手を染め、その悪行はキヴォトス全土に知れ渡っている。
そんな人間にアリウスという場所で目を付けられてしまったのだから、私は半ば諦めの境地に至っていた。
どんな目に遭わされるか分かったものではない。ただその苦痛が、この地獄のような日々よりも幾分かマシなものであればいいと思っていた。
季節は初冬。
アリウスは地形上かなり冷える。年中そこまで気温は上がらず、夜は特に底冷えして眠れないこともしばしばある。
かくいう私も十分な防寒具を持っているわけではない。無意識のうちに両手をすり合わせて息を吹きかけていると───彼女と目が合った。
「寒いのか?まあ寒そうな格好ではあるが」
「いっ、いえお構いなく......」
「そんな事言うな、ほれ」
そう言って投げ渡されたのは一枚の上着。見るからに高級そうなそれへと反射的に手を差し出してしまったけど、こんなもの受け取れるわけもない。
「う、受け取れません......!」
「そんな事言うなって。そもそも近日中に防寒具の類は差し入れるつもりだったし、ちょっと早まっただけだ」
上着の下にあったのは明らかな軽装。この気温ではただ寒さに凍える人間が私から彼女に置き換わっただけだ。
そう説得しようとした私の意図を察してか───悪戯っぽく笑いながら続けた。
「それに......どうせすぐに脱ぐことになるからな」
「それはどういう......」
数分後、到着したのは調理場だった。
調理場と言っても、残飯より幾分かマシで栄養バランスなんて概念がさっぱり抜け落ちた代物だ。
そこには───これまで目にしたことも無い量と質の食材が並んでいた。
「ちょっと人手が欲しくてな。カレンには今から、私専属の調理サポート要員になってもらう!!」
「えっちょっ、そんな急に───」
「ちなみに余った食材で美味いもん食えるぞ」
「やります」
食い気味で草、とケラケラ笑う彼女の姿と。
───目の前のボロ雑巾のような死体が、何故か重なって見えた。
まるで、私が初めて作ったクッキーみたいだ。ボロボロで真っ黒に焼き焦げて、元の形を留めないほどに崩れ落ちて。
どうしようもない失敗を体現したかのような、その姿を前にして。
「あ、あはは......」
私は、何をしていたのだろう。
向けられた銃口の向こう側、憎悪と憎悪の終わりのない二重螺旋階段の先に何かがあると。
そう、彼女から教わったはずなのに───
ちなみにチトセは低体温症を引き起こすことはありません
彼女が持つ体温はあくまで再現されたものであり、生物としての機能を維持する為のものではないので
登場人物紹介は後日更新します
次に書くかもしれないもの
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アビドス編
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アビドス(過去)編
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エデン条約編の後