受け取った生徒たちは、それが指し示す意味をおおよそ理解しているが故にチトセの行く末を案じています
『お初にお目にかかる......私のことはマエストロと呼んで頂きたい』
"......ゲマトリアか。一応、目的を聞いておこうか?"
『ふむ......どうやら落ち着いて話し合うことは互いに難しいようだ』
拘束衣に身を包まれた少女───チトセから聞いていた特徴と一致する。あの子がアツコという生徒だろう。
エデン条約を乗っ取るという目的に賛同しなかったアリウススクワッドの一人であり、ユスティナ聖徒会を呼び出す鍵になる生徒。
そんな子を拘束しているということはつまり───最初からこれが狙いだったと。
"ごめんね。今の私は少し......自分を抑えられる自信が無いんだ。
端的に言おうか?───死にたくないなら、今すぐに消えて"
『......貴女の思いを踏み躙ることは気が進まないが、これもまた"崇高"に至るために必要なプロセスなのだ』
"そっか......ヒナ"
「ええ」
機関部に設けられた遊びが小さな金属音を奏でる。
その銃口は真っ直ぐにマエストロの頭部に向けられ、微動だにしない。
「拘束されている子は味方なの?」
"うん、チトセの友達だって"
「そう......」
トリガースプリングが軋み、不遜なる木偶を消し飛ばす寸前。
ゲートをくぐる見知らぬ制服を纏った生徒を前にして脳の一部が切り替わる───排除から、戦闘へと。
姿を捉えた瞬間に、デストロイヤーMk-Ⅱが
ヘイローは消えずとも、彼女達は呻き声と共にその場に倒れ伏す事しかできない。
合計6名。各々が重装備を身に付け、特に最後の生徒に至っては大型の通信装備を背負っていた。
「先生、彼女たちは......?」
「きっと、アリウスの生徒たちだ。気を付けて、この後も追加で───」
そこでようやく違和感に気付く。
彼女たちの誰もが───引き金に指を掛けていなかったことを。
「う、うぅ......」
「......あ、あはは───」
チトセであった
現実から目を背けるように乾いた笑顔を浮かべる子や、一切の表情が抜け落ちて譫言を繰り返す有様。
脳裏を過るのは、ミカから伝え聞いたチトセのアリウスにおける支援活動。
───そうか、彼女達もまた。
"......君たちも、チトセの友達?"
「と、友達だなんてそんなこと───言えません......」
「私たちはずっと貰ってばかりで、何もお返しできず......」
「ここにコンテナを投入しろって、準備が整い次第突撃しろとだけ......まさかチトセさんが居ただなんて......」
沸々と、怒りが腹の底から込み上げてくるのを自覚した。
ここに集められたのは恐らく、スクワッドを除いたアリウスの中でもチトセと仲が良かった生徒達だ。
敢えて、敢えて彼女達を用いたのだ。殺人という大罪に加え、恩人を手に掛けるという悪意を織り交ぜて。
───だから、対応が遅れた。怒りは間違いなく私の判断力を鈍らせていた。
姿を認識できない......
「......わ、私達こそが───
"───ッ、やられた!!"
......バカか、私は!!
チトセから警告されていたはず、ベアトリーチェの目的は元からエデン条約の上書きだということを!!
マエストロと名乗る人形、拘束された少女。そしてチトセに縁があるアリウスの生徒達も全てブラフ。
本命は───通信機に偽装された背嚢の中!!
"ヒナッ!!"
「分かってる」
巧妙な偽装が施されたそのバックパックの中に居たのは───両手両足を窮屈そうに折り畳み、まるで日の光を久々に浴びたかのように目を細める少女。
かなり小柄で、おそらく身長は130cm台。栄養失調気味だというアリウスにおいてもここまで背が小さいとなると、或いは年齢も───
「ご、ごめんなさい───わたし、合図を受けたらこれだけ言えばいいって、そう命令されて......」
"───君は悪くない。悪いのは、命令した人間だ"
「......ひっ」
怯えたように腕を縮こまらせる。どうやら怖がらせてしまったらしい。
───駄目だ、もう取り繕うことすらできない。
『
"もういい。───早く消えて"
『......失礼したな』
マエストロはゲートの向こう側に消えていった。
......当然かのように、アツコを連れて。
"......ヒナは、この後チトセが何をするつもりだったか知ってる?"
「約束があると言っていたわ。今からだと───20分と少しくらいかしら」
"───そっか"
......何をすればいいのだろう。
私はチトセの計画を知らない。彼女の望みも最終的な目標も、何一つ知らない。
昨日の夜、黒服からもたらされた情報も今となっては意味を成さない。チトセはもう───
「先程の爆発音は───ッ、侵入者ですか!?」
「アリウス───無力化します!!」
何もする気が起きなかった。チトセは命を落とし、対照的にベアトリーチェは全てを手に入れた。
私は───負けた。
騒ぎを聞きつけてやってきた正義実現委員と風紀委員が、アリウスの生徒たちに銃口を向ける。
それはダメだと、普段なら止めるだろう。戦闘の意志が無い彼女達をこれ以上痛めつける真似は許容できない、戦闘はもう終わったのだと。
ただもう、
むしろ八つ当たりの相手として丁度いいかもしれない、だなんて酷い考えが浮かんで───そして、一瞬のうちに打ち砕かれた。
"......え?"
「そんな......」
スッ、と。右手を翳して制止する存在があった。
今から発生するはずだった争いを、ただの一言も───一発の弾丸も用いずに止められる存在があった。
それは酷く損傷していた、先程までと同様に、どう考えても生命活動を維持できる状態ではないはずなのに。
翳した右手の指は親指以外が欠落していた。
左腕はそもそも根元から欠損していた。
胴には無数の破片が突き刺さり───頭部は完全に消滅していた。
だが、辛うじて形を保っている状態の両足で見間違いようもなく自立歩行し......戦闘行為を止めたのだ。
"......チトセ?"
「先生、離れて───!!」
"うわっ!!"
その場に居た全員が呆気に取られていた一瞬。
反射的に伸ばした腕をヒナに引き戻され───テクスチャが崩れるように空中に何かが現れる。
それは何度か目にした、チトセの───
"......そんな───そんなことって......っ!!"
「先生......?」
構造も発動原理も知らないけれど......その用途だけはよく知っている。
それが持つ意味も、これから起こる奇跡も───
"......あぁ───"
「これは一体......」
轟々と立ち上る火炎の向こう側。
ゆっくりと元の姿を取り戻していく過程を───元のデザインが分からないほど損壊した衣服もまた同様に在るべき姿へと戻っていくその光景は。
───奇跡と呼ばずして、何と呼べばいいのだろうか。
「......とりあえず誰も撃たないでくださいね。撃ったら本当にとんでもないことに───"チトセッ!!"ほわぁっ!?!?」
「......チトセ?」
「チトセさん......?」
もう離さない。絶対に失ったりしない。
先生としてだけじゃない。大切な友人の一人として、君を守るから。
───もう、守られてばかりなのは......君が傷付き続けるのは嫌だから。
"ちとせぇぇ......っ!!"
「ちょっ、一旦落ち着いて......ってヒナさんも!?」
「......(ギュッ)」
「チトセさん......」
「ってあれ、カレンちゃんじゃん。どしたのそんなに泣き腫らして───」
「う、ううぅぅぅ......」
「おいおいどうすんだよこれ......収拾付かないって」
奇跡と呼ぶには悪趣味が過ぎる必然
次に書くかもしれないもの
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アビドス編
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アビドス(過去)編
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エデン条約編の後