ある一人の青年が抱いた懊悩は、誰にも理解されることはなく───
「───それが貴方の名、
......この世界に貴方を縫い止めた"聖釘"なのですよ」
「......これで終わりです。その分不相応な力に呑まれて消えなさい」
"───チトセッ!!"
ああ、と声が漏れた。
ピシリ、とヘイローから微かな───しかし確かな破砕音が耳に届いた。
ぽっかりと空いた洞に、埋めようもなかったはずのそれにピタリと嵌る感覚。
私にとっては致死の猛毒を超える、概念的な死そのものともいえるそれは───ずっと、待ち望んでいたもので。
「───白上絲邦の名の元に、主へ奇跡を
"ッッッ!!───ヘイローが......"
「......」
「フフフッ、無様ですね。無意味ですが命乞いくらいは聞いて差し上げても構いませんよ」
名を取り戻した瞬間に流れ込んできた記憶の数々。
......おそらく連邦生徒会長や
───欠け落ちていた、あいつらと過ごした日々も全て。
「───地下生活者、とか言ったか?」
「ええ。小生に何か御用ですか?」
「......
「......見返りなど、小生には不要です。ですが───そうですな、ほんの些細な願いを口にするならば......」
───思い出した。
確か思想の反発や方向性の違いから混沌の領域に封印されていた旧いゲマトリアの一人だったはずだ。
なぜ、とは問わない。こいつもゲマトリアである以上、探し求めるものがあったはずだ。
こいつも黒服やマエストロと同じ。その過程が何であれ、本来は生粋の探究者であったのだろう。
「せめて最後まで......この結末を、"見届けさせて"いただきたい。ヒヒッ......それだけで、充分なのです」
「......そうか」
......白上絲邦という名は、即ち過去のテクストだ。
只の人間、そして先生という役職を持つ救世主のテクストが付与されたとはいえ───
この世界を数度滅ぼしても余りある力を押さえつけるには到底及ばない。格がほぼ同等であれ、その存在は全く以て異なるものなのだから。
そして人格を引き継いでいる以上、テクストはその存在に"上書き"される。
故に強度が劣る過去のテクストを表出しないよう包み隠し、その名を楔として存在の担保に用いられた。あらゆる記録を抹消し、記憶を封印することで
しかしこの構造には致命的な弱点が存在する。過去のテクストが表出した場合───その存在は
「......存在が裏返ってしまえば、"外側に放出され破壊を齎す"という澱の構造上───
私はたった今、キヴォトスを救ったのですよ───お分かりですか、先生?」
「ベアトリーチェ......お前ッ!!」
......確かに俺は排斥されるべき存在だ。
正直に言ってしまえば、俺は最初から"そう"する腹積もりだった。
いずれ名を取り戻したとき、先生や今後のキヴォトスを脅かす存在を排除し終えていれば───誰にも悟られることなく、自らの存在もまた抹消しようと。
だがまさか......このような形で願いが叶うとは思ってもみなかったが。
おそらく───いや確実に、黒服と地下生活者はベアトリーチェに
この計画は完璧だ。確実に俺を排除し、キヴォトスに与える悪影響は皆無に等しいだろう。
しかし、実行者は
これは一種の呪いだ。化け物を狩るのであれば化け物になるしかない。
───死人を殺すのであれば、死人になるしかないのだ。
「......いえ、待ちなさい。なぜ......なぜ、まだ
ヘイローは、風に削り取られる砂山のようにその断片を煌めかせている。
だが、その形は未だに保ったままだ。俺はまだこの世界に存在を許されている。
───理由なんて一つしかない。
「......俺はずっと怖かったんだ。
初めて全力を出して駆け抜けたあの日々が───平然と命も賭けられるほどに、俺の全てを燃やし尽くした日々が全部......全部夢か幻だったんじゃないかって」
「答えなさいっ白上絲邦!!なぜ、なぜ
「だから───先生」
───後は頼むぞ。
「タネ明かしといこうか、ベアトリーチェ。つっても見れば分かるが───」
「───大人のカード!?いや、まさか......!!」
"......え?"
「......いえ、大した問題ではありませんっ!!今のあなたは云わば、押し寄せる恐怖の津波をほんの数瞬停止させているに過ぎない!!」
これにより本来混沌の領域で氾濫を待つだけであった澱はキヴォトスに形を持って現れた。
西水チトセという名により"生徒"という存在にその姿を変じ、錨を上げる者───
───そして、今に至る。
その水面を覆っていた生徒のテクストなど、ワイングラスの表面に張り付けられたティッシュ以下の強度だ。瞬時に破壊されて当然のそれが未だに形を保っている意味。
今の俺は動くことすらできない、最初期の地縛霊モドキの時よりも不自由だ。
覆水盆に返らずと言うが、今の俺はひっくり返った瞬間に時間を止めているようなものなのだ。
西水チトセというテクストは奇跡により何とか形を保っているだけ、神秘など当然使えない。
器がひっくり返った以上は恐怖も使えない。
たった数分後の自壊と、ベアトリーチェによる蹂躙をただ棒立ちで眺めるだけの木偶。それが今の俺だ。
寧ろ形を保っているだけでも奇跡と呼べるだろうが、その上で更に何かを求めるのであれば───
"───カードが......っ!!"
「ま、一回使えば当然壊れるよな。寧ろきちんと機能したことが驚きだ」
「......あなたを殺すのは最後にしておきましょう。もっとも、私があなたの元に戻ってくるまで生きていればの話ですがね」
"───ベアトリーチェっ!!!"
「どうどう、落ち着きなさいな」
もし、ここに居るのが
もし、ここに
......そうだ、この結末も全ては俺が招いたことだ。
誰かが責任を負わなければならないのなら、それは子供ではなく大人であるべきだ。
先生ではなく、
───あいつらがどうなったのか、俺は知らない。俺が遺したシステムとマニュアルが、俺を先生と呼んでくれたあいつらがどれだけ優秀であっても......
......だが今度は大丈夫だ。何せ、ここには
だらしないし情けないし、運動神経なんて目も当てられない先生が居る。
俺よりも生徒を信じられて、俺よりも生徒と共に居てやれる......俺よりも圧倒的に優秀な先生が。
だから大丈夫だ。お前もそう思うだろう?
───なあ、
「よく聞け先生、この一件は全て俺が片を付ける。
これは俺とあんたの間に結ぶ、大人としての契約ってヤツだ」
"......対価は?"
「───過去は俺が終わらせる。だから......
"待っ───ッ!!"
今度こそ、俺は───
「───俺は、最期に諦めた。生徒たちの卒業を見届けるという最後の責務を放り出して死んじまった。しかし......だからこそ大人として
───
......今一度、大人の責任を果たせ!!!」
───あんたに誇れる死に様ってやつを見せてやるからさ。
「───そういえば、お前には自己紹介したことがなかったな。
元アビドス高等学校生徒会書記、七囚人が一人"感興の瘋癲"。
アビドス廃校対策委員会顧問、便利屋68経営顧問......数え上げればキリがない。俺が持つ肩書や役職とは即ち、あいつらと過ごした日々そのものなのだから。
......だが、お前にはこれだけで伝わるだろう。
連邦捜査部シャーレ、
ドーモ。シャーレのセンセイです。
───ハイクを詠め、ベアトリーチェ」
地下生活者にとってチトセは二度の死を乗り越えた救世主であり、キヴォトスにおける最高位の神格を持つ絶対的存在であり、真のゲマトリアと呼んで差し支えない存在です
ある意味彼の理想とする存在であり、そもそも敵とすら認識していませんでした
逆にベアトリーチェに対しては「崇高を解さぬ盗人」といった評価であり、チトセの望みを叶えつつ
次に書くかもしれないもの
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アビドス編
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アビドス(過去)編
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エデン条約編の後