「───
西水チトセという生徒を模したテクストに生じさせた穴。
だが、今は違う。
「何か言い残すことはあるか?ベアトリーチェ」
「......この程度で勝ったつもりですか?私があなたへの対策を怠るなど───」
「悪いが時間が無くてな。遊びは無しだ」
それら全てが組み合わさった今の俺は───間違いなくあらゆる平行世界を通して見ても最強と呼べる存在だろう。
I.P.Aにより生成するのは、直径1m程度の金属球。
「
俺が以前ビナーに使った恐怖砲(仮称)の神秘版......と言っても分からないか。これ機密だもんな」
「......ハッタリですね。神秘と恐怖に互換性は存在しないはず───」
「できるんだなぁ、それが」
確かに恐怖と神秘に直接的な互換性は存在しないが、こんな会話の最中にも膨大な量の恐怖が神秘へと変換されてゆく。
理屈はやや複雑だが───やっていることは殆ど三店方式だ。恐怖を熱に変換し、熱を神秘に変換する。
だがこの熱に変換するプロセスが厄介だ。熱を神秘に変換するためには"代謝"の発動が必須だが、特殊機器を用いない場合"不運"も同時に必須となる。
つまり、特殊な環境下でない限り
「......クーロン力、ですかな?」
「おいおいマジか、先生なんかよりずっと察しが良いじゃねえか」
"どういう意味!?"
恐怖とは即ち、エントロピーの減少でありエネルギーの簒奪だ。
神秘への特効を有しているものの、それらが本質でないビナーには効果が今一つだった。ベアトリーチェもまた同様である可能性が否定しきれない。
であれば、
「......あの金属球の中心では電磁気力の一つ、クーロン力が恐怖により抑制されているのですよ。そうして発生したごく小規模な
「───で、もう一度聞こうか?ベアトリーチェ」
「くっ......」
自身の劣勢に気付いて尚も逃走を図らない。それがベアトリーチェのプライドであり、最大の弱点だ。
安全圏での行動に慣れ過ぎているが故に、後退を忘れてしまった。
だから、今日死ぬ。
「無駄だって言ってんだろ?」
「......ッ」
常時"偏在"が発動しているため、破れかぶれの突撃も人質も意味を成さない。認識した瞬間に「それに対し最適な対応ができる現在」を選択するだけでいい。
膨大な量の神秘と恐怖が込められた弾丸が"不運"で強化され、"必中"で必ず標的を破壊する。
呑気に起爆スイッチなんて手にしたら、その瞬間に撃ち抜くに決まっているだろうに。
「───黒服ッ!!」
〈お断りします。私も命は惜しいものでして......クククッ〉
「だとさ、お前本当に嫌われてんだな」
「チィッ!!」
もし黒服がベアトリーチェにこれ以上手を貸すようであればその場で殺すつもりだったし、あいつの危機回避能力は確かなものだ。
あっちのシロコの襲撃から自力で生還しただけはある。
「じゃ、死のうか」
「待っ───」
「いいや限界だ、
それはあらゆる現象や物質に転化する前、エントロピーの増大とエネルギーの加算を行う
物理的な方法では再現不可能な領域まで高められたエネルギー密度。
高次元を介することで対象にのみエネルギーを付与。
あらゆる物質は瞬時に分子レベルまで分解され、
「......俺もお前も、ただの舞台装置だったんだよ───ベアトリーチェ」
"チトセ......"
「役が終わればさっさと舞台を降りないと......次の舞台が始められないだろう?」
お前は
物語に必要な相手。同じ大人であり、思想から反発していたという条件を満たしていたためにその役割を与えられた。
俺は
凝り固まり、ハッピーエンドに辿り着けなくなってしまった物語を終わらせるための鍵。
───俺たちの役割はもう終わったんだ。
「さて───」
残された時間はあと......10分程度。
「......初めまして、になるか───先生?」
"───"
───俺にはまだ、やるべきことがある。
◇
端正な顔立ちの青年だった。成人はしているが、その顔には一抹の幼さが残されている。
黒のベリーショート。かなり若く見えるがスーツの着こなしには一種の慣れのようなものを感じた。
「───白上絲邦、それが俺の名前だった。ようやく思い出したんだよ......先生」
"......その、なんて呼べばいいかな?"
「あんたにとって俺は"西水チトセ"でしかないだろう?呼び方には拘らねえよ」
"じゃあ、チトセ───"
何を伝えればいいんだろう。
私にとってチトセは生徒だった。手のかかる、それでいていつもこちらを気遣って、守ってくれる存在で。
でも、違ったんだ。
チトセは覚悟があった。
私のカードとは違う。たった一度使うだけで砕けるボロボロのカードを躊躇いなく切った。
今の私には......できない。私はチトセのようにはなれない。
いや、これからだって───
これまでだって、ずっとチトセが裏で手を回してくれていた。
見たくないものを覆い隠して、対処しきれない問題を片付けてくれていた。
ずっと、一人で───
「......今まで、色々と迷惑かけたな」
"そんなこと、ないから......"
「正直、俺が世話する場面の方が多かった気もするが───本当に、世話になった」
"なにそれ───本当に、そんなこと......ないから......ッ!!"
駄目だ。それだけは、駄目だ。
ここで私が泣いてどうする。
チトセの覚悟も決断も、彼が自らの意志で決めたことだ。
ずっと求めていた名前を取り戻して、未来のために身を捧げたのだ。
......"後は頼む"と、私を信頼して託してくれたのだ。
これは"大人の取引"だと、彼は言った。
対等な大人としてそれを引き受けた以上───彼が約束を守り、過去をその手で片付けたのであれば応える義務がある。
......でも、それでも私は───
"───ヂトセぇ......"
「あーもう、泣くなって......」
......私は、無力だ。
何一つとして、チトセの力になれなかった。
私はチトセに何もしてあげられなかった。
......ずっと助けてもらうばかりの、お荷物でしかなかった。
「先生、約束は覚えているな?」
"......うん"
「分かっているならいい。シャーレのロッカーに遺書がある、戻ったら確認しておいてくれ」
......だからせめて、私にできることをしないと。
次に書くかもしれないもの
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アビドス編
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アビドス(過去)編
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エデン条約編の後