「悪いな先生───もう、行くよ」
「ぁ......」
振り返ることは無かった。
「
ほんの僅か、偏在を数回発動できる分だけ残しておいた恐怖。
発動時間にして約20秒。ほんの数百mしか移動できない筈のそれだが、"
場所は───通功の古聖堂。
「私たちこそが
やるべきことはいくらでもあった。
エデン条約の更なる上書きによるユスティナ聖徒会の停止。
既に破壊し制御下に置いた預言者への自壊命令。
キヴォトスには残しておけない研究成果や、それらを記録した媒体の遠隔処分。
可処分所得の売却と、アビドスの共有財産への移動。
仮にそれらを片付ける前に消えたとて、契約に従い黒服が代行するはずだが......ケリぐらいは自らの手でつけるべきだろう。
あとは───
「───あと、は......」
......そうだ、
あの時と同じ轍を踏むわけには───
「......黒服」
〈どちらになさいますか?〉
「───俺は......」
この世界に
反芻されるのは、いつか投げかけられた問。楽園の存在を問うそれは、本来の意図を隠し俺から望む答えを引き出すに至った。
楽園は、どこにある?
セイアはきっと伝えたかったのだ。俺もまた楽園を知っていると。
それに身を置き、何の変哲も無いささやかな幸せを取り戻すべきだと。
「......アビドスの、生徒会室前に」
〈かしこまりました〉
彼女がそこに居るのか、知る由も無い。
いや、居ない可能性の方が遥かに高いだろう。最近は周辺の治安が悪化しており、今日は早期警戒網を利用して襲撃を予め潰しているはずだ。
......きっとそうだ。
「お前にも随分と世話になったな」
〈おや、私にも労いの言葉を掛けて下さるとは〉
「まあ......なんだ、思ったよりも長い付き合いになったしな」
〈クククッ、あなたも随分と丸くなったものですね〉
ですが、と切り返しつつ目の前に門が現れる。
〈さあ、
「なんだそりゃ───」
その本能的に直視を拒む、形容し難い不定形な外郭の向こう側。
酷く見慣れた───そしてどこか懐かしい部屋に向け一歩を踏み出し。
......扉に、手を掛けた。
◆
「ユメ先輩、何も見つかりませんよ」
「流石の私もこれには同意せざるを得ませんって。土地まで売り払って借金返済に充ててた訳ですし」
「......やっぱり何も無いみたい、うぅ」
わざとらしく砂の上に倒れ込むユメ先輩。普通に見えちゃいけないものが見えそうなんで立ってもろて。
「ごめんね二人とも......私はもうダメみたい───」
「元から割とダメなので安心してください」
「とっくの昔に知っています」
「ちょっとひどくない!?」
勢いよく飛び起きるユメ先輩。
場所はアビドス郊外。砂に埋もれつつある線路沿いにずっと歩いた先。
......茶番を繰り広げるには、いささか遠すぎる場所ですね。
「でもほら、次の駅にはあるかもしれないし......」
「どこも同じだと思いますよ、高価な展示品があっても前生徒会が売り払っているでしょうし。
もう帰りましょう、宝探しなんて時間の無駄です」
「え?ホシノさんが一番ノリノリでしたよね?」
「そ、それは......」
あんなに目キラッキラにして急いで出発したのに......私もしっかりピッキングツール用意してきたんですが、日の目を見ることなく解散になりそうです。
まあとっくの昔に日は沈んでいるんですがね。
「あと一駅!!あと一駅だけ!!何も無かったらもう諦めるから!!」
「仕方ないですね......」
結局、何も見つかることは無く。
"あと一駅だけ!!"という発言も三度は許されず。
私が多めに持ってきた水と、ユメ先輩が常備しているお菓子をつまみながら。
月明りを頼りに、夜の砂漠を三人で歌いながら歩いた。
「♪~胸にエナジー ケミカルの泡立ち~」
「どういう意図の選曲なんですかそれは......」
「チトセちゃん歌うま~い!!」
「見て見て、リュックサック型の水筒だって!!便利そうじゃない?」
「ふむ───多少作りは甘いですけどユメ先輩には必要な物かもしれませんね......」
「確かにそうですね......」
「うぅ......後輩からの信頼が痛いよぉ」
この人コンパスも持たないですし、水筒忘れることもザラですからね。
取り返しのつかないことになる前に対策はする予定ですが、それまでの繋ぎとしては十分でしょう。
作りが甘いところはこちらで何とかしましょう。こういったものを弄るのは好きなんですよね。
「そうだ、ついでにコンパスもくっつけておきましょう。ユメ先輩専用おでかけ装備ということで」
「名案ですね、それで行きましょう」
「ひぃん......」
「うぉぉぉぉぉおおおお私の携帯型高出力送風機が火を噴きますよぉ!!」
「火を噴いたらそれは送風機じゃなくて火炎放射器では?」
「確かに。でも風を噴くってインパクトに欠けませんか?」
「まあ、一理ありますが......」
明かり一つないアビドスの星空は、息を呑むほどに美しい。
ただ残念ながら、本日は情緒の欠片も無く砂を噴き上げるバカタレのせいで完璧な夜空は休業中です。
「落とし物なんてものはねぇ!!砂ごと吹き飛ばして見つければいいんですよぉ!!」
「天才だよチトセちゃん!!」
「バカなんですか、この人たちは......」
そういや落とし物って何なんでしたっけ?(聞いてなかった)
「......あっ、今何かありましたね」
「やっぱり今ありましたよね。じゃあ回収を───回収、しようと思ったんですけど......」
「ひぃん......すごい勢いで飛んで行っちゃった......」
「これ私が悪い感じですか?」
「そうなんじゃないですか?(適当)」
まあ飛んでいくところを私とホシノさんの二人が見ていたので、捜索自体は容易でした。
問題は......
「私の携帯型高出力送風機くんが......」
「もしかして、砂漠での運用を想定していなかったんですか?」
「あっ、それだ」
「ここが新しい校舎だよ!!」
「いや、ちょくちょく掃除に来てた別館じゃないですか」
「それはそうなんだけど......」
砂漠化が進行し、本校舎は砂を取り除き現状を維持することもままならなくなりまして。
「もう、私たちだけになっちゃったね」
「何言ってるんですか、私たち三人が揃っていれば百人力と言っても過言ではありませんよ!」
「ふん......」
まあ百人力の内訳はホシノさん80私19ユメ先輩1って感じですけど。
こんなポンコツさんでも毎日頑張って生徒会長として仕事を全うしているのは偉いです。
「これからは、三人で頑張っていこう。
私が二人を守るから、二人は私を守ってね?」
「......先輩は自分の事だけ考えてください。弱いんですから」
「ぐう正論で草」
「ふ、二人が特別強いだけじゃない......?」
ホシノさんの戦闘能力は間違いなくキヴォトスにおいて最強。
前世で学んだ格闘技や武術を私から見て受けることにより学び、トップクラスのフィジカルで再現している訳ですからそりゃ強いでしょうと。
対して私はと言うと、神秘の扱いはまずまずで恐怖に関してはからっきし。
並の生徒やロボ相手なら余裕ですが、ゴリアテくらいの敵ともなると時間が掛かってしまうのが現状です。
「......いえ。もっと強くならないと」
「そうですねぇ......」
「そのためにも......まずは先輩、これを受け取ってください」
「あっ、私からもどうぞ」
「うん......?」
考えることは一緒のようで。
今朝になって双方打ち明けて、思いもよらない偶然に笑いあって。
せっかくなら同時に渡そう、と。
「ふ、二人とも生徒会に入ってくれるの!?やっ───て、どうして......?」
「生徒会かどうかに拘っている意味が無いと思ったので」
「右に同じでーす」
「それに......私たちはこれからもずっと一緒でしょうし」
......と、そこまで言ったあたりで目の前に影が───
「やったぁ!!ありがとう、ホシノちゃん、チトセちゃん!!」
「うお、デッッッッ!!」
「......先輩、苦しいです」
「そうだ、記念に写真撮ろうよ!」
「おっ、いいですね写真!」
「えぇ......まあ別に構いませんけど......」
そうして、どこの倉庫に仕舞ってあったのかも分からない三脚をすぐに持ってきて。
「ほら、ホシノちゃん。ちゃんとカメラ見て?」
「ち、近いです先輩......あ、当たっているんですが」
「恥ずかしがってないで、もっと近くにおいで?」
「いやいや、苦しいですって」
「じゃあタイマー5秒後にセットしたんで、撮りますよ~」
「ふふっ、それじゃ、はいチーズ!」
◇
「......まだ置いていたんだな、この写真」
お世辞にも広いとは言い難い生徒会室の片隅。
隅々まで掃除の行き届いた部屋の空気は、あの日のまま変化することなく留まっているようで。
ユメ先輩が卒業したあの日。ホワイトボードに色とりどりの絵を描いて、紙テープで部屋中を飾り付けて。
ノノミちゃんとシロコちゃんも入学して四人になるなら狭くなるね、と。
廃校対策委員会を結成し、活動場所をいつもの教室に変えた後も定期的にここを訪れていたのでしょう。
私が七囚人として身柄を拘束された後も。セリカちゃんとアヤネちゃんが入学した後も。
───ずっと。
きっと、彼女は待っていたんだ。
この部屋に、また三人で戻ってくる......その日を。
彼女は気付いていたんだ。この部屋こそが俺たちの青春で───かけがえのない楽園だった。
まだ失っていない、まだ取り戻せるものだと知っていたから俺をアビドスに呼んでいたのに。
「......」
携帯端末を手に取る。
一番上に固定されたホシノの連絡先をタップし、通話のボタンを押そうとして。
指が震えた。凍り付いたように動かない。
......それは躊躇いだった。恐れでも後悔でもない。俺は───
「───今更、何て言えばいいんだよ......」
合わせる顔も、伝える言葉も持ち合わせない。
そのどちらも喪ってしまったから。取り戻してしまったから。
......それでいて、ホシノに伝える言葉など最初から持ち合わせていなかったのだから。
「ごめん、ホシノ......俺は───ッ!?」
不意に、手の中のそれが震える。つい数秒前の葛藤などまるで存在しなかったかのように応答を選んだ。
相手は───
「今、大丈夫?」
「......」
返答は出来ない。その瞬間に、電話の相手が
でも───きっと、これが最後の機会だ。もうホシノに言葉を贈れるのは、今この瞬間しか......
「───そっか。そっちもエデン条約......だっけ?まあ色々忙しいみたいだし、何も言わなかったんだけどさ......」
「ホシノ、俺は───ッ!!」
「......分かってるよ。続きは、
「───え?」
背後に音もなく生み出されるのは、つい先刻目にしたばかりの転移門。
疑問よりも、驚きよりも先に来たのは───紛れも無い
ホシノに拒絶される。
どうやら俺は、それを極度に恐れているらしい。
生徒に拒絶された経験など幾度もある。ポーズだけでなく、本気で存在を拒まれる事すらあったが───"それ"だけは受け入れ難いようだ。
咄嗟に顔を隠した俺を前に、足音は一瞬だけ勢いを削がれたが───再び勢いを取り戻し、目の前で止まった。
そっと。
顔を覆っていた両手に、華奢な指が添えられる。
恐怖に震えるそれを、体温で溶かしていくように。
───或いは、ずっと被り続けていた虚勢の仮面を引き剥がすように。
「......やっぱり、君だったんだね」
「───
次に書くかもしれないもの
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アビドス編
-
アビドス(過去)編
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エデン条約編の後