アイエエエ!?センセイ!?センセイナンデ!?   作:湊咍人

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色々と忙しく一か月以上空いてしまいました
数日のうちは暇になったので完結まで一気に書き上げる所存です


死に往くあなたへ

 

 ◆

 

「うぁ~!!!!なんで勝てないの~!!!!」

「ふははははは!!俺に勝ちたければその三倍は持ってこい!!」

「せ、先生って本当に容赦ないわね......」

 

 かなり忙しいはずの彼はどういったわけかアビドスへ頻繁に顔を出し、私に勝負を挑んでくる。

 

 私が負けたら些細なお願いを聞く一方で、彼は負けたら何でも言うことを聞くと豪語したので引くのもどこか癪に障る。

 

 回数を重ねるごとにハンデは増えていくし、少しずつ私にも分がある勝負内容が増えてきたから舐めプを疑っていたりもするんだけど本人は「ギリギリの駆け引きを楽しみたい」と屈託のない笑顔で言うものだから追及する気にもならない。

 

 今日も今日とて真剣勝負、今回はオセロだった。

 

 四隅を最初から私のものにするという特大ハンデで始まったけれど、結果は見ての通り。

 本人はこの手のゲームでプロ以外に負けることはまず無いって言ってたけど、正直最初の方は半信半疑だった。

 

 後から聞くところによると後天的なサヴァン症候群というものらしい。

 記憶力とか論理演算力に特化している代わりに空間把握能力が欠落しているようで、まあ......見ての通りではあったけれど。

 

「っと......いや毎度悪いな」

「お気になさらず~♠こうして先生と一緒にお散歩するのは私もすっごく楽しいですから」

 

 身体的障害を伴っている訳でもないし、神経に異常がある訳でもない。

 

 だというのに思うように動けない。「現実と同期していないAR(拡張現実)ゲームに近い感覚らしい、まあ俺がそれをやったら二重のズレで悲惨なことになるけどな」と言っていたけれど、そんな状態で彼は銃弾飛び交うキヴォトスを生きている。

 

「......で、今日は何をするの?」

「聞いて驚け、なんと俺も機械の補助なしに走り回る方法を思いついたんだ」

「絶対ロクな内容じゃないよぉ......」

 

 嫌な予感、というものはどういうわけか確実に当たるもので。

 

「合体!!」 

「いやいやいや、どうしてその流れでおじさんを抱っこすることになるの!?!?」

「まあ聞けホシノ。校内は階段を除いて勾配や段差が存在しないし方向転換は基本的に90°......つまりY座標は固定できるからXZ座標さえ正確に認識できれば走る動作を完璧にパターン化できる」

「......つまり?」

「曲がり角の5m手前で何らかの合図をくれ」

「じゃあ曲がる方向の腕つねるね」

「お手柔らかに頼むぜ!!」

 

 動き回るのが難しいだけで自分の体はしっかりと把握している、と言うだけあって私を担いでなおそれなりの速度で走り始める。

 こんなふうに抱きかかえられる事なんて初めてで困惑が先に来たけど、これってもしかして───

 

「ね、ねえこれもしかしてお姫様だっこってやつなんじゃ......」

「今更気付いてももう遅い!!アヤネとセリカにも俺のお姫様を見てもらうんだぁぁぁ!!」

「うあー!!!!おじさんをからかって楽しいかー!?!?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 皮肉にも、その役割を与えられたのは私だった。

 

 シャーレ補佐官筆頭、なんていう肩書を持っていたとか、最も早くその場に駆け付けられる配置だったとか。

 そういった理由で私は───それがゆっくりと落ちてくる様を見ていた。

 

「......もしかしたら、だなんて思いたかったけどさ───」

 

 この場で最も"それ"を確信していたのは、私だった。

 避けようも無い事実として───誰よりも理解していた。

 

 ......理解していた、はずなのに。

 

『......グスッ

 

 聞き慣れた機械音声。

 人間としか思えないその声は本物のそれとは異なるらしく、私たちに聞こえるようによく似た声を同時に出力しているらしい。

 

 いつも明るくて、時に一緒にだらけながら昼寝をしたり、積み上がった仕事を前にげんなりして。

 時々彼にいたずらを仕掛けたり、働き過ぎた彼を協力して寝かしつけたり。

 

 だから......この子が泣くところなんて、初めて見た。

 

『......ごめん、なさい───ホシノさん、私は......』

「アロナちゃんのせいじゃ、ないよ」

 

 ふと、顔に影が差す。

 アトラ・ハシースの残骸かと顔を上げるが───そこにあったのは見覚えのある形だった。

 

『───()()()()()()、守れませんでした』

「───ッ」

 

 助かる確率なんて万に一つもない。それこそ奇跡でも起きない限り。

 

 ───でも、みんな彼を信じていた。

 

 これまでに何度も奇跡を起こしてきた彼なら或いは、いや必ず。

 絶望的な状況でもそんな風に、誰一人として希望を捨ててはいなかった。

 

 だけど、一人だけ。

 この場に居た生徒の中でたった一人だけ、それが叶わない希望であると理解していた。

 

 

 私だ。

 

 

 私だけは知っていた。彼の秘密と選択を───決して生徒たちに見せることのない苦悩を。

 

 ......いや、実のところみんな気付いているのかもしれない。その上で、その可能性を無意識のうちに思考の外側に追いやっているのかもしれない。

 奇跡にも限界はある。ましてや人の身で為すのであれば、それ以前に───

 

 私なんかよりもずっと賢い子たちが思い至らない筈がない。

 それでもなお信じてしまうのは......"もしかしたら"だなんて考えさせてしまうのはきっと、君の責任だから。

 

「───おじさんの考えすぎとか、何かの間違いならよかったんだけどさ......」

 

 でも......やっぱりそうだよね。

 

 

 

 その命を正しく消費して死ぬ為に、君は今日まで生きてきた。

 きっと君は、君らしく生きる為に死に往く。

 

 

 

 

 その生き方は酷く見覚えがある。身に覚えがある。

 

「......ホシノ、せんぱい?」

「───シロコちゃん」

 

 背後から掛けられた声は聞き慣れたそれよりも少しだけ低くて、落ち着いた───失った多くを否応なく感じさせる。

 最後の脱出シーケンスにより崩れゆくアトラ・ハシースの箱舟から救い出されたその姿はまるで、忘れかけていた形を取り戻した途端に奪われたようで。

 

 ......そっか。

 

(そっちのシロコちゃんも、君にとっては守るべき存在なんだね)

 

 でも、無茶だよ。

 

 あなたは誰にでも手を差し出すくせに、握り返したその手を決して離さないくせに。

 

 ......全員を救えるほど、歪ではないくせに。

 

 泥船だって沈む前に全員渡し終えれば立派な船だ。

 でもあなたはこの泥船を───キヴォトスを愛しすぎている。

 

 何も切り捨てられないのが弱さなら、何も諦めないのが強さなら。

 全て拾い上げて、死ぬまで背負い続けたその覚悟は何と呼べばいいのだろう。

 

「......ぁ」

 

 ずしりと。

 

 何度も私の頭に乗せられたそれとは違う、無機質な重量感が両腕に伝わる。

 肘の少し上のあたりで引き千切れた"それ"だけが、彼の残留物だった。

 

「ぅぁ......」

「先輩ッ!!」

 

 その場に立っていることもままならずへたり込む。

 視界はゆっくりと滲み、喉からは堪えようもなく嗚咽が漏れる。

 

......せんせい

「先輩......」

 

 抱き締める。以前のそれとは違う、どこまでも独りよがりで虚しいだけの行為。

 私より少しだけ低かった彼の体温は、少しずつその熱を奪われていく。

 

 抱き締めても。抱き締めても。

 確かな生命の温もりは、数分前まで在った生の痕跡に成り下がるのを止められなくて。

 

 ───彼の体は、何よりも早く彼という存在を忘れていった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 見間違えるはずもない。

 

 書類を片付け、タブレットを操作し、私の頭を撫でてくれた。

 ......名前も知らない半透明の溶液に漬かっていた。

 

 顔を覆い隠していたそれをそっと引き剥がすと、そこにあったのは初めて見る表情だった。

 

 焦り、怯え、あまり見覚えのない感情が折り重なったそれ。

 ......そっか。怖かったのは、君もなんだ。

 

 

 三人で過ごす日々。

 

 君と触れあう中で私の中で少しずつ形を成していった"私でない私"の記憶。

 愛とか恋とか私にはよく分からないけど、アビドスのみんなに向けたものとは確かに違う感情がそこにはあった。

 

 そして同時に、君の中に彼の姿を見ていた。

 

 死者と生者を重ねるだなんて不毛だ。どちらに対しても失礼で、不誠実だ。

 それでも確かに感じていた。君と彼は、私にとって何らかの形で特別だった。

 

 ───君の手は私よりもちょっと大きくて、見た目よりも少しだけ筋張っていた。

 彼の大きな手とはまるで違う、だけど......その温もりは全く同じだった。

 

───あったかい」 

 

 彼の手に頬を添えて、ただそれだけで私は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




白上絲邦は幼少期に両親を交通事故で亡くしています

大型トラックが突っ込んでくる中で運転席を犠牲に後部座席を守るようハンドルを切った父、身を挺して彼を守った母について成長した後に聞かされ、普遍的な愛を知ることなく「全てを捧げて守る事」こそが愛だと認識してしまったことが彼が歪んだ原因の一つです

またこの事故の際に脳を損傷し空間把握を司る領域に致命的な損傷を受け、それを代替するように記憶力や論理演算力が異常発達したことで早熟ともいえる人格を形成しました
特異な生い立ちと能力から仲の良い友人は得られず、それを悲しい事だと思うほど彼は孤独に不慣れではありませんでした

そんな彼の本質的な優しさに心惹かれて付き合うことになった彼女とあと数年過ごしていれば、一般的な幸せを手にすることが出来ていたかもしれません
まあ無意味な仮定ではありますが

次に書くかもしれないもの

  • アビドス編
  • アビドス(過去)編
  • エデン条約編の後
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