たぶん(小声)
それは奇跡だった。
在りうべからざる祝福、無から有を無理矢理捻り出す───そう錯覚させる何か。
酷く見慣れた、それでいて初めてこの目で見た回数制限付きの奥の手。
「あんた、何をしたのか分かっているのか?」
"もちろんだよ"
「......いいや、あんたは分かっていない───なあ」
───今ので、何年使った?───
"───分かんない。初めて使ったし、今のチトセの状況自体よく分かってないし"
「じゃあ教えてやるよ。
......あんたの余命が60年だとした場合、
"......"
俺は間違いなく苛立ちを覚えていた。
別れに水を差されたこと?状況も分からずに首を突っ込んだこと?
否、そんなことはどうだっていい。俺はただ───その無責任さに対して無性に腹が立っていた。
......ただの、同族嫌悪とも言い換えられるだろうか。
「それは切り札なんだよ、少なくともあんたにとっては......俺なんかに使っていいものじゃない、なんでその程度のことが分からないんだ」
"チトセ......"
「何のために俺がここまであんたに付いていたと思ってんだ。何のために、今日まで一切カードを使わせなかったと思ってんだよ......」
だが、ほんの少しばかりの安堵も同時に在った。
たった数分の延命でこれなのだ。
一時の感情に任せて使用したとしても現実が見えた筈だ。奇跡の底と正しい選択肢が自ずと分かったはずだ。
......そのはずだった。
"ごめんね、チトセ"
「......いや、こっちも悪かったよ。最後まであんたの思いを踏み躙る形になっちまったしな」
"ああいや、そういう意味じゃないよ。ただ───"
───再び大人のカードが光を放ち始める。
"───私も、私が思うようにやらせてもらうからさ"
「......は?」
耳を疑った。
彼女は今何と言った?まさかこの期に及んで非合理的な判断を下すつもりなのだろうか。
いや非合理的だとかいう話ではない。これでは単なる自殺でしかない愚行だ。
「......リスクとリターンの話ですらないんだぞ。それを行えばあんたは確実に死ぬ」
"いいや、死なないね"
「一体、何の確信があって───ッ!!」
"私が死んだら誰が君を叱るのさ"
......叱る?
"君の思いは......願いは尊重されるべきものだ。私もそれを守りたいけれど、そのためにまず君を叱らなきゃいけない"
「......俺は子供じゃないし、当然あんたの生徒でもない。むしろ俺は叱る側だったろうが」
"それはそうなんだけどね......"
視線が交錯する。
無意識的にそれを避けていたのは、俺の方だった。彼女の瞳はずっと真っ直ぐ俺に向けられていた。
泣き腫らした目も、まだ赤みがかった鼻も。
年齢の割に幼さが残る顔をより際立たせていたが───その瞳だけは違った。
......彼女の瞳に映る俺とはまるで違った。
"チトセ、聞いて"
本当は分かっていた。俺もまた先生だったのだから。
"君が子供ではなくても。私の助けを求めていなくても。
......私の、生徒ではなくなっても"
俺たちはきっと。
"───私は、君の先生だよ"
───同じ状況で、同じ選択をするから。
"断言するよ。もし同じ状況なら、君もまた私と同じ選択をする"
「......先生、俺はずっと───あんたが妬ましかった」
"うん?"
空間把握能力の欠落。それが前回の俺に与えられた最大のハンデだった。
日常生活ですら足を引っ張り続けたこれの影響が最も色濃く浮き出たのは、間違いなく戦術指揮だろう。
戦場を空間として捉えられない俺とは対照的に、街一つを短時間のうちに頭に叩き込みアロナのサポートなしに未来予知レベルの指揮を行う先生。
......思うところが無かっただなんて、言えるはずもない。
「あの時、あの場所に居たのが俺じゃなくてあんたなら───そう思っていたよ。もしそうならあいつらの未来に影を落とすことも無く、より幸せに過ごせていたんじゃないかって」
"君とはまた違った意味で困らせるだけだと思うよ、私は指揮以外からっきしだから"
「それでも、俺にとっては大きかったんだ......大きすぎたんだよ、先生。
───でも、ようやく分かったよ。なんであんたがこれまで終わりを迎えられなかったのかを」
俺が生まれた以上、この世界は数えきれないだけのミスとリトライを経ているはずだ。
だがこの先生は本物だ。俺なんかとは違う、本当のハッピーエンドに到達できる器だと───そう思っていたが。
「あんたはきっと、
"えっ、急に凄い火の玉ストレート飛んできたんだけど"
「俺もそうだ。戦術指揮においては無能すぎたし、他は大体一人で回せた。
......結局アレだな、バランスが必要だったんだよ」
優秀過ぎれば戦力を要さない。手を借りなければ絆を育めず、助けを求めなければ顔も知らないままだ。
そうして生まれた些細な罅割れが、不得手な領分にて致命的なクレバスとなり牙を剥いたのだろう。
とどのつまり、俺たちはどちらも半端者だったようだ。
転びながら不格好にゴールへと転がり込んだ俺と、歩幅が合わずに毎回終盤でハードルに引っ掛かる先生。
───青く見ようにも、どちらの芝生も笑えるほど荒れ放題で見れた物じゃない。
「どうせ何を言ったところで止める気はないんだろ?」
"もちろん。それとも君は私に言われて何かを止めたことがあった?"
「さあ、どうだったかな」
───思い返せば、随分と遠くへ来たものだ。
「......俺はもう先生じゃないし、もちろん生徒でもない。というかそもそも人間ですらないが───為すべき事だけは明白だった。
たかが一度死んだくらいで見失ったりはしない、俺の命はあいつらの為に使うと決めたんだ。しかし、いやだからこそ誰かを犠牲にして惨めに生き延びるくらいなら
今だけだ。
最初で最後の機会なのだ、俺が
───だというのに。
「......あんたはそれでも、"生きろ"って言うのかよ」
"うん。君が君自身を諦めても私が絶対に諦めない"
「諦める、ねぇ......」
身体的なハンデ、時間や物質などの有限なリソース。
選択肢は提示されるだけではない、状況を自ら見定めて判断し作り出すものでもある。
そういった意味では、俺もまた。
「......そっか、ある意味諦めていたのかもな。状況を見誤って上限を低めに見積もって諦める、これじゃあ先生失格だ。
───なあ、先生」
"なに?"
「......その選択を後悔しないか?結果なんて誰にも分からない、ましてや正しい選択なんて。
今の俺の命とあんたの命じゃどう考えても釣り合わない。それでも───」
"それでも、だよチトセ"
その瞳には、既に迷いなど一片たりとも残ってはいなかった。
最後まで迷っていたのは───間違っていたのは俺の方だったらしい。
"ティーパーティーの皆と水着でバカンスを楽しむんでしょ?指名手配が解除されたから、ゲーム開発部の皆とチームで大会に出るんでしょ?───まだまだ沢山あるはずだよ。君がみんなと交わした約束も、これからできるかもしれない予定だって"
「......ああ、そうだったな」
視線を落とせば、そこに確かにあったはずの一歩分の距離は半分以下にまで縮まっていた。
丁度いい高さの頭を適当にくしゃくしゃと撫でてやる。
「なあ、ホシノ」
「......なに?」
「あの写真、仕舞っておいてくれないか」
「───それは」
この部屋は過去だ。俺が消えた日から時が止まったまま、ホシノも前に進んでいるようでこの部屋に縛られている。
写真なんてその最たる物だ。俺たち三人にとってどれだけ大切な物であろうと、それがホシノを縛る枷になっているのならば思い出として仕舞っておくべきだ。
そうして、前に進むべきだ。
「だから、代わりに
「ぁ......」
「
「......ほんと、ばかみたい」
───新しい約束を作ろう。些細な......それでいて心のアルバムの片隅にいつまでも仕舞っておける、そんな思い出になるような。
「......とは言ったものの、実際どうするんだよ先生。
"黒服とKeyも同じ意見だったよ。私一人の命程度じゃリソースとして全く足りていない、だから───
「いや、まさか───」
"そのまさかだよ!!"
盲点だった。
俺は脳領域の代替と各種兵器の製造及び操作。先生はそもそも使ったことが無い。
ある意味最もスタンダードで、全く以て身に馴染みのない用途。
『───うお気まず。とっとと終わらせて帰りてぇ......』
肩口で切り揃えた鮮やかな黒髪と、洞を思わせる漆黒の瞳。
そして凄まじく面倒臭そうなその表情は───
「───もう一人の俺!?」
次に書くかもしれないもの
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アビドス編
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アビドス(過去)編
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エデン条約編の後