サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
割れたステンドグラスの隙間から月光が零れ落ちる。その銀の粒子が粉雪のように降り積もる聖堂で、俺は二つの凶器を構えたまま立っていた。
「聖母の微笑……まさか本物か」
火縄銃の銃口を微塵も揺らさず定めながら、紅丸としての口調で呟く。堕天使が得意げに掲げる緑の宝玉からは淡い魔力波が放射され、床に倒れたはぐれ悪魔祓いの傷痕をみるみる塞いでいく。
「フフ……見てみなさい。この聖なる輝きを。あなたみたいな野蛮な猫又ごときが触れていい代物じゃないわ」
紫紺の翼を広げた女堕天使は唇を歪めて嗤う。その指先が宝玉に触れるたび、掌から漏れる光が細胞レベルで修復を促す様子が透けて見える。
「不死身よ、私は。どれだけ傷つけようと即座に治ってしまう。貴様の刀も銃弾も無意味! これが……神に選ばれし者の証!」
勝ち誇った宣言に反応するように、俺は──
ふっと肩の力を抜いた。
安堵の吐息が自然と漏れる。それが意外だったのか、堕天使の笑みが僅かに硬直した。
「……安心したぞ」
「なんですって?」
「貴殿がそう言うなら」
火縄銃の安全装置を解除する金属音が聖堂に冷たく響く。
「拙者も手加減せずに済む」
引き金に指をかける。
銃身が描く水平線の先は──
堕天使の翼根部一点のみを照準。
バンッ!
雷鳴のような発射音。
魔力装填の銃弾が流星のように軌跡を描く。
それは堕天使が反応する遥か以前に
右の翼の付け根を焼き貫いた。
「ぐあっ!?」
灼熱の激痛が走る。鮮血が翼膜を染める。
それと共に、もう片手にある刀で反対側の翼も斬り落とす。
だが──すぐに翼の輪郭が光に包まれ再生が始まった。砕けた骨が結合し、羽がふわっと元通り広がる。
「ハッ! 言ったでしょう? なんどやっても──」
嘲笑が途切れる。
俺が再び火縄銃を構えたからだ。
「よかった。ちゃんと治るようだな」
「……え?」
「再生するなら遠慮は不要だ。幾度でも、壊してよいということであろう?」
銃口が今度は心臓部へ向けられる。
バンッ!
再度の轟音。
胸部を穿たれた堕天使は宙に鮮血を撒き散らし落下しかけるが──
即座に致命傷が閉じる。
しかし間髪入れず、紅丸の身体が弾丸と化して肉薄。
残る左翼の根本を袈裟懸けに切り落とす。
「ひっ……!」
再生。
切断面が泡立つように繋がり、禍々しい緑の光が皮膚を覆う。
だが、その光が完治する直前。
紅丸の刀が再び振り下ろされる。
翼を削ぎ落とす。
再生。
斬り捨て。
治癒。
斬り刻む。
治癒。
「やめっ……やめなさい!」
叫びながら堕天使が魔法陣を展開しようとする。
しかし紅丸は一切の慈悲を抱かず跳躍し
杖ごと堕天使の右腕を肘から薙ぎ払う。
鮮血。
再生。
火縄銃。
大腿部を撃ち抜く。
治癒。
「こんなはずじゃ……! こんなのおかしいっ!」
泣き叫ぶ堕天使に向かい、俺は冷ややかに告げる。
「大丈夫だ。貴殿は死なない。治るのだろう? ほら……何度でもな」
俺は火縄銃をホルスターに戻す。
代わりに両手で握るのは──翡翠色の妖炎が燃え盛る「断絶丸」。
「痛いのは嫌か?」
刃先に灯る燐火が堕天使の顔を青白く照らす。
「だがな、貴殿が見下した民達は、そのような絶望の中でも殺されたのだ。ならば、彼らの仇討ちとして、痛みを延々と与えるのも一興だろう」
刃が月光に煌めく。
断絶丸が一閃。
翼も肉体も等しく切り裂く。
だが治癒は続く。
無敵が枷となり、死に損ないの刑罰を味わうだけだ。
「やめてぇ……お願い……!」
涙と鼻水でグチャグチャになりながら懇願する堕天使。
「案ずるな。もう無駄な治癒はない」
「……まっ待ってくれ! そうだ!取引を……っ」
哀願を聞き流し、一拍。
『ヱクキューション!』
紅丸の体内で妖気が火花となって弾けた。
「──ッ!」
断絶丸の柄を握り締めた瞬間──
炎。
刃の奥深くから赤黒い焔が噴出した。
刀身全体が真紅の奔流に飲み込まれ、鍔元から切先までが轟々と燃え滾る。
紅丸の怒りそのものだ。
「怒髪天──」
大地を蹴る。
砂礫を撒き散らし紅丸が疾走する。
紫電が走るように堕天使へ詰め寄り、炎がその軌跡を赤々と焦がす。
「──横一文字斬りッ!!」
叫びと同時。
裂帛の刃が迸る。
横薙ぎの一閃──
翡翠色の妖炎が視界を焼くほど眩く閃いた。
ズガァァァンッ!!
爆裂する音圧。
横一文字の軌跡を炎が疾駆する。大気を灼き尽くす轟音が耳を劈く。断絶丸が空気の壁を切り裂く刃鳴りが鋭く鋭く響き渡る。
紅丸の赤い影が残像すら残さず堕天使の傍らを駆け抜けた後には──
裂けた肉体。
真っ二つに斬り裂かれた堕天使の姿があった。
炎の弧がまだ空中に漂い、斬撃の威力の凄まじさを物語る。空気が歪み、微かに震えている。
紅丸が止まる。
振り返ることなく肩で荒く息をつく。刀身に残るわずかな余熱が妖気の欠片をゆらめかせる。
「……峰打ちでござる」
低く呟く声が血塗られた聖堂に響いた。
そうしていると、こちらに近づく影が見える。
「あなたは一体何者」
そう尋ねてきたのは、先程までの悪魔の上司だと思われる人物。
故に。
「拙者は剣豪紅丸、いずれ妖怪達を統べる王となる者である」
そう、紅丸としての名を明かす。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王