サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

545 / 702
兵器と僧侶の戦争 Ⅴ

 ディオドラの視線が、ゆっくりとアヴィ先輩へ移った。

 

 さっきまで俺の前にいた絶花は、いつの間にか黒田坊と並んで

「タ、太郎……もうちょっと言い方……!」

と小声で文句を言っている。

黒田坊も「若……言い切り過ぎでは……」と苦言を呈してくるが、知らん。俺は言うべきことを言っただけだ。

 

 アヴィ先輩は、そんな俺たちの後ろで小さく肩を落としていた。

 

 そして、おそらく“人生で最も不自然な敬語”で口を開いた。

 

「で、ですが……ディオドラさん。

 あ、あた……私、まだその……け、結婚などは……無理でして……!」

 

 声が裏返りそうになった瞬間、絶花が「先輩……」と同情の目を向ける。

 黒田坊でさえ「姫……無理をなさらず……」と小声で呟いた。

 

 しかしアヴィ先輩は、ぎゅっと拳を握りしめた。

 慣れない敬語で、自分の意思を貫こうとしている。

 

 ディオドラは、まるで聖堂のステンドグラスでも眺めるような穏やかな笑みで答えた。

 

「アヴィさん。

 あなたが“まだ早い”と思うお気持ちは理解しています。

 ですが――婚約とは家同士の約束。あなた一人の意思で覆せるものではありません」

 

 その声音は柔らかいのに、言っていることは完全な圧迫だ。

 

「そ、その……だからといって……無理に、というのは……!」

 

「無理、ではありません。これは“定め”です。

 あなたはいずれ、立派なアスタロト家の一員として――」

 

「い、いやです!」

 

 アヴィ先輩が思い切って叫んだ。

 空気がピタリと止まった。

 

 絶花が驚いてアヴィを振り向き、黒田坊でさえ笠を持ち直す。

 俺はというと――少しだけ誇らしくなった。

 

「俺は……自分の人生は、自分で決めたいんです……!」

 

 言った後、アヴィ先輩は自分の言葉に驚いたように口を押さえた。

 ディオドラがゆっくり瞬きをする。

 

「……随分と、はっきり仰るのですね。

 ですが、やはり婚約は――」

 

「だから、嫌だと言ってるでしょうが!」

 

 アヴィ先輩、敬語どこ行った。

 絶花が即座に肩を掴んで

「せ、先輩! 落ち着いてっ!」

と止めに入る。

 

 黒田坊も必死に

「姫! 姫のご気持ちは分かりますが、まずは深呼吸を……!」

と説得している。

 

 ディオドラは、そんな三人を“穏やかに”、だがどこか嘲笑うように眺めていた。

 

 その時、俺は確信した。

 

(……やっぱり、こいつ絶対ろくでもねぇ)

 

薄く笑みを浮かべたまま、ディオドラ・アスタロトは俺へと歩み寄った。

その優雅な足取りとは裏腹に、視線は氷のように冷たく、まるで価値を測るように俺を見下ろしていた。

 

「やはり君だったか。アモン家に伝わる“盾”の特性……本来なら、生まれた時点で扱えていて然るべき能力だ。」

 

胸の奥で、何かがざらつくように軋む。

俺は静かに息を飲んだ。

 

「……ええ、私は“盾”なんて名ばかりの存在ですよ。扱えなくて悪かったですね。」

 

しかし、そんな俺の言葉さえ、ディオドラにとっては上質な暇つぶしに過ぎないようだった。

 

「勘違いしないでほしいな、アヴィ。

 君に“断る権利はない”と言っているんだ。

 それは血に刻まれた義務――いや、呪いと言った方が近いかもしれない。」

 

「……どういう意味です?」

 

ディオドラはくるりと踵を返し、ゆるやかに手を広げる。

背中越しに響く声は甘く、そして徹底的に残酷だった。

 

「アモン家の“盾”は、アスタロト家に従うために存在する。

 古くから交わされた契約だ。

 君が能力を扱えようと扱えまいと関係ない。

 君は僕の庇護下に入る――これは決定事項だよ、アヴィ・アモン。」

 

俺の拳が震える。

怒りか、悔しさか、それとも――恐怖か。

 

胸に「逃れられない」という言葉が貼りつき、息が浅くなる。

 

「……そんな勝手な話、受け入れられるわけがないでしょう。」

 

かすれる声で言い返したが、ディオドラは振り返らない。

聞く価値がないとでも言うように。

 

「決まっていることを“勝手”とは呼ばないよ。

 ――さぁ来い。君には、僕の“盾”として果たしてもらう役目がある。」

 

その言葉とともに空気が冷たく沈み込む。

悪魔特有の“命令”の気配が肌を刺し、逆らえば何かを失うような圧迫感が全身を締めつける。

 

俺は唇を噛み締めたまま、一歩も動けなかった。

 

俺は迷うことなく絶花の前へ踏み出し、アヴィ先輩を背に庇うように立った。

視線の先――豪奢な仮面を付けた悪魔、ディオドラ・アスタロトさん。仮面の縁が光を拾って妖しく輝く。笑顔は丁寧で穏やかだが、眼差しだけが底冷えするほど冷たい。

 

「アヴィ先輩に相応しくないな、お前」

俺は真正面から言った。

 

「……言っていいことと悪いことがあるだろ、ディオドラさん」

 

ディオドラがこちらを向いた瞬間、薄い嘲笑が浮かんだ。

 

「あなたは……人間ですね? 下等生物にしては随分、口が達者だ」

 

「下等生物? 俺が?」

俺は鼻で笑い、言葉を叩きつける。

「アヴィ先輩を侮辱してるお前が、何を偉そうに言ってるんだよ」

 

その一言で、空気が一気に張り詰めた。

絶花が横で拳を握りしめている。アヴィ先輩を傷つけた怒りで、いつものブレーキ役の彼女は完全にいなくなっていた。

黒田坊も沈黙のまま一歩前へ出て、俺の背後に立つ。忠義と怒りが混ざった重い気配をまとって。

 

ディオドラは何度か「下等生物」と言おうとしたが、俺の言葉の矢が次々に突き刺さり、その度に口が閉じられていく。

 

「家だの血だの契約だの。大事かもしれねぇけどな。それを理由にアヴィ先輩の“意思”を踏みにじる正当化にはならねぇよ」

俺は止まらない。

「盾を使えないから婚約者? 便利だから? 扱いやすいから? そんなふざけた理屈が通るかよ」

 

ディオドラの表情がついに崩れ、仮面の奥で僅かに目が揺れた。

 

絶花はアヴィ先輩を庇うように立ち、きつく言い放つ。

「アヴィ先輩を、物みたいに扱うのやめて」

 

黒田坊も低くうなる。

「若と姫……いや、“アヴィ姫”を傷つける奴……俺が許さねぇ」

 

ディオドラは一瞬喉を震わせ、だが何も返せない。

どんな反論も、太郎と絶花、黒田坊の三人の“正論と怒り”の前に封じられていた。

 

最後に、ディオドラは無理に微笑を作りながら言った。

 

「……実に、愚かな情熱だ。しかし――覚えておきますよ。アヴィ様は、いずれ私のものになります。決着は、レーティング・ゲームで」

 

その背中を見送りながら、俺は静かに、だが胸の奥底から怒りを押し上げる声で呟いた。

 

「アヴィ先輩をそんな風に言うやつ、絶対に許さねぇよ」

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。