サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
中等部の球技大会。
毎年恒例のイベントだが、今年はどう考えても空気がおかしかった。
理由は簡単だ。
応援席が、うるさい。いや、一箇所だけ異常にうるさい。
「太郎ォォォ!! 前だ!! 無理はするな! だが全力で行け!!」
……聞こえる。
グラウンドのど真ん中にいても、はっきり聞こえる。
(ああ、いるな……)
視線を向けなくても分かる。
あの声の主は、俺の“保護者枠”――脹相だ。
「今の動きは良い! だが着地が甘い! 次は受け身を意識しろ!」
「水分は足りているか!? 後で飲め!! 今は走れ!!」
メガホン? 使ってない。
素の声でこれだ。周囲の保護者が、じわじわ距離を取っているのが分かる。
隣で走っていたクラスメイトが小声で言った。
「……あの人、誰?」
俺は聞こえなかったふりをした。
ちらっと観客席を見ると、絶花がいた。
腕を組んで、やれやれと言わんばかりに肩をすくめ、苦笑いを浮かべている。
(だよな。そうなるよな)
その直後、相手選手と軽くぶつかった。
「……今、太郎にぶつかったのは誰だ」
低く、重い声。
応援席の空気が、一瞬で凍る。
(やめろ。これは球技大会だ。戦争じゃない)
俺は全力でボールを追いながら、心の中でそう叫んだ。
平和な行事のはずなのに、背後に最終決戦みたいな圧があるのはどうかと思う。
絶花は相変わらず苦笑いを浮かべたまま、
小さく俺に向かって親指を立てていた。
――多分、応援の意味だ。
そう思うことにした。
応援席の方から聞こえてくる声に、俺は内心で頭を抱えていた。
いや、聞こえてくるなんて生易しいものじゃない。叩きつけられてくる、が正しい。
「太郎ォォ!!」「今の動きはいいが油断するな!!」
……分かってる。分かってるから静かにしてほしい。
そう思っても、振り返ったら最後だ。余計にヒートアップする。
ふと視線を横にやると、絶花が応援席にいた。
腕を組み、完全に呆れた顔で脹相を見ている。
「……はぁ……」
声は聞こえなくても、ため息の形だけで十分伝わった。
あれは間違いなく、「何やってるの、この人」という顔だ。
周囲の保護者や生徒が距離を取っている中で、脹相だけが一人、戦場にいるみたいな気迫で叫び続けている。
それを見て、絶花は苦笑いすら浮かべず、ただ呆然としていた。
(……悪いな、絶花)
俺はボールを追いながら、心の中でだけ謝った。
どう考えても、あれは応援の域を超えている。
走りながら、ふと頭をよぎるものがあった。
この場所に来ていても、おかしくないもう一人の存在。
あいつは、こういう行事を面白がるタイプだ。
応援席で騒ぐことはない。むしろ、人混みに紛れて、何食わぬ顔で眺めているだろう。
いるのか、いないのか。
見ているのか、見ていないのか。
そもそも今日は学園にいるのかすら分からない。
だが、いないと決めつけるのも危険だった。
あいつは、そういう奴だ。気まぐれで、自由で、予測がつかない。
(……まあ、いい)
仮にどこかで見ていたとしても、今は関係ない。
この場で起きているのは、ただの球技大会だ。
俺は前を向き、ボールを追う。
応援席の喧騒も、視線も、ひとまず忘れることにした。
その夜に起きた出来事を、俺はその場では知らなかった。
知ったのは、ずっと後だ。しかも直接見たわけでもない。――聞いた話だ。
学園の外れ、月明かりに照らされた校庭で、剣と剣がぶつかり合っていたらしい。
一方は、復讐のために剣を握った少年。
もう一方は、狂気を孕んだ笑みで人を傷つける男。
聖剣の光が走り、血が飛び、怒りと憎しみが交錯する。
少年は迷いながらも剣を振るい、男はそれを楽しむように受け止めていたという。
「――あれは、危うかった」
そう語られた言葉だけが、妙に印象に残っている。
あと一歩踏み込めば、戻れなくなる。
剣が、ただの復讐の道具になる瀬戸際だった、と。
俺はその話を聞きながら、静かに息を吐いた。
知らなかった。
だが、知らなかったからといって、無関係ではない。
月明かりに照らされた校庭には、戦いの痕だけが残っていた。
木場は膝をつき、荒い息を吐きながら剣に手を伸ばそうとする。だが、力が入らない。勝敗ははっきりしていた。
「……誰だ」
背後から聞こえた足音に、木場は反射的に睨みつける。
近づいてきた男は、血や殺気に満ちたこの場には不釣り合いなほど、気軽な様子だった。
「そんなに睨むなよ。さっきのイカれた神父の仲間じゃない」
その口調には敵意がない。だが、信用できるほど甘くもない。
木場が警戒を解かずにいると、男は肩をすくめた。
「負けた直後の顔だな。復讐を考え始めた剣士の顔だ」
その一言に、木場の目が揺れた。
「……あんた、何者だ」
男は一瞬だけ楽しそうに笑い、名を告げる。
「火黒だ。覚えておけ。もっとも――」
そう前置きして、火黒は月を仰ぎながら続けた。
「俺は説教もしないし、止めもしない。
お前が復讐の道を選ぶなら、その手助けをしてやる」
木場は息を呑む。
「剣の振り方も、敵の在処も、邪魔者の消し方もだ。
最後にどうなるかは知らん。だが――」
火黒は視線を戻し、はっきりと言った。
「その結末を、俺は最後まで見届けてやる」
そう言い残し、火黒は闇の中へ消えた。
木場は剣を握り締めたまま、その言葉だけが胸に重く残っていた。
次回の王は
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