サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
放課後の帰り道を、今日は一人で歩いていた。
絶花はアヴィ先輩に付き合っているらしく、校門で別行動だ。
夕暮れの住宅街は静かで、昼間の球技大会が嘘みたいに落ち着いている。
こういう時間は、嫌いじゃない。
――と、その時。
街灯の下、道端に倒れている人影が目に入った。
「……は?」
近づいてみると、それは剣を抱えた青髪の少女だった。
黒い戦闘服に白いマント。どう見ても普通じゃない。
(コスプレ? いや、違う)
呼吸はある。だが、完全に行き倒れだ。
俺は眉をひそめ、慎重に声をかけた。
「……大丈夫か?」
返事はない。
ただ、この場所に似つかわしくない違和感だけが、妙に強く残っていた。
俺が声をかけると、倒れていた少女はゆっくり目を開けた。
次の瞬間、勢いよく上体を起こし――俺の予想の斜め上を行く反応を見せる。
「Ho fame!」
(……何語だ)
真剣な顔。切羽詰まった声量。
だが、意味が一ミリも分からない。
「えっと……にほんご、わかるか?」
「Ho fame! Ho fame!!」
(通じてないな、これ)
俺が首を傾げると、少女は一度黙り込み、次にやたらと必死なジェスチャーを始めた。
口を指さし、胸を叩き、なぜか剣を抱きしめてから地面に置く。
(……剣は関係ないだろ)
「えーっと……ケガ? 痛い?」
「No! Ho fame!」
(だから分からんって)
俺が両手を広げて降参ポーズを取ると、少女は本気で焦った顔になり、さらに早口でまくしたててくる。
何語か分からないが、勢いだけは十分だ。
(落ち着け。俺は敵じゃない。多分)
そう思った瞬間だった。
――ぐぅぅぅぅ。
静かな夕方の住宅街に、やけに元気な音が響いた。
俺は反射的に視線を下げる。
少女も同時に腹に手を当て、ぴたりと動きを止めた。
数秒の沈黙。
「……」
「……」
彼女は顔を真っ赤にし、ゆっくり目を逸らす。
俺は、全てを理解した。
「ああ……そういうことか」
俺が指で腹を指すと、少女は一瞬きょとんとし、それから何度も大きく頷いた。
「Ho fame!」
(腹減ってるんだな)
言葉は一切通じていない。
だが、腹の音は世界共通語らしい。
俺はため息をつきながら、ポケットの中身を確認した。
……とりあえず、放っておくわけにもいかないよな。
俺はポケットと鞄をひっくり返し、非常用に入れていた菓子パンを取り出した。
半信半疑で差し出すと、少女は一瞬だけ警戒し――次の瞬間、目を輝かせて受け取った。
「……!」
言葉にならない歓声とともに、勢いよくかぶりつく。
早い。とにかく早い。三口で半分消えた。
(助かったな……)
落ち着いたところで、俺は自分を指さす。
「俺、太郎」
通じたかは分からないが、少女はパンを飲み込み、胸に手を当てて言った。
「ゼノヴィア」
どうやら名前らしい。俺は頷いた。
「……で、どこ行くんだ?」
首を傾げて聞くと、ゼノヴィアはしばらく考え、遠くを指差してから困った顔をする。
どうやら、行き先もよく分からないらしい。
(……なるほど)
俺は空を見上げ、深くため息をついた。
ゼノヴィアが身振り手振りで示した断片的な情報と、制服の徽章、持っていた荷物――それらをつなぎ合わせて、俺はようやく気づいた。
「……駒王学園、だな?」
その一言に、彼女はぱっと顔を明るくして大きく頷いた。
どうやら合っていたらしい。
俺はそのまま、中等部の校舎まで案内することにした。道中も言葉はほとんど通じなかったが、彼女は何度も頭を下げ、分かりやすいほど感謝を示してくる。
校門が見えたところで、俺たちは立ち止まった。
ゼノヴィアは胸に手を当て、真剣な表情で何かを言う。内容は分からないが、礼だということだけは伝わった。
「……気をつけろよ」
そう言って別れた後、俺は一人、首を傾げる。
(なんで中等部に用があったんだ?)
その疑問の答えを知ったのは、しばらく後のことだ。
彼女の相棒らしい少女――イリナから、目的地は本来、高等部だったと聞かされ、ゼノヴィアが真っ赤になって恥ずかしがっていたらしい。
駒王学園を後にして、再び一人で帰り道を歩いていると――
視界の端に、見覚えのある背中が映った。
街灯の下。
壁にもたれ、煙草でも吸っていそうな雰囲気で立っている男。
(……ああ、やっぱりな)
「よう」
先に声をかけてきたのは向こうだった。
振り返った顔を見て、俺は小さくため息をつく。
「やっぱりいたか。この前は見なかったが」
「面白そうな日だったからな。見逃すほど殊勝じゃない」
火黒は、いつもの軽い口調で笑う。
まるで、さっきまで血生臭い場にいたとは思えない態度だ。
「球技大会、賑やかだったな。特に応援席」
「……見てたのか」
「そりゃあ。あれは一種の名物だろ」
肩をすくめる仕草がやけに様になっている。
こいつは本当に、どこにでも現れる。
「で?」
火黒は俺を値踏みするように眺め、続けた。
「今日は、変なのも拾ったらしいじゃねぇか」
「……ああ。ちょっとな」
深くは聞いてこない。
聞かなくても、だいたい察している顔だ。
「ま、いいさ。学園は今、面白い方向に転がり始めてる」
そう言って、火黒は背を向ける。
「退屈しないで済みそうだ。お前がいる限りな」
意味深な言葉だけを残し、闇に紛れて去っていった。
俺はその背中を見送りながら、胸の奥に小さな違和感を覚えていた。
……どうやら、本当に嵐の前触れらしい。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王