サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
そのまま別れると思っていた俺に、火黒はふいに言った。
「この時間だ。腹、減ってないか」
気づけば、深夜の路地裏。
赤提灯が揺れる、年季の入ったラーメン屋台がそこにあった。
「……なんでこんなとこ知ってるんだよ」
「夜の散歩が趣味でな」
信用できるような、できないような返答だったが、実際腹は減っていた。
結局、並んで腰掛け、湯気の立つ丼を前にする。
赤提灯に照らされた屋台で、俺と火黒は並んで腰掛けていた。
深夜の冷えた空気の中、湯気を上げるラーメンの匂いがやけに腹に刺さる。
「……ああ、染みるな」
俺がスープを一口飲むと、思わず本音が漏れた。
火黒は先に麺を啜りながら、満足そうに鼻を鳴らす。
「だろ。余計なもんが入ってねぇ。こういうのが一番いい」
「夜に食うには危険な味だな」
「分かってて食うから価値がある」
そう言って、火黒は笑う。
その横顔は気楽そのものだが、どこか一線を引いているのが分かる。
「不思議だな」
俺が言うと、火黒がちらりとこちらを見る。
「何が」
「お前とこうしてラーメン食ってるの」
「忠義も誓ってねぇ相手と、同じ丼覗き込んでるからか?」
図星を突かれて、俺は苦笑した。
「でもまぁ、悪くないだろ」
火黒はそう言ってスープを飲み干す。
「今は隣で同じ味をうまいって言える。それで十分だ」
俺も頷いた。
この距離感――近すぎず、遠すぎず。
ラーメンみたいに、シンプルだが油断すると熱い関係だった
ラーメンを啜りながら、俺はふと気になっていたことを口にした。
「なあ。お前、普段は争いだの修羅場だのに首突っ込んでるだろ。
それが、なんで今はこんなとこでラーメン食ってるんだ?」
火黒は箸を止め、少しだけ俺を見てから、くっと口角を上げた。
「はは……いいとこ突くな」
そして、スープを一口飲み、
「さすがは大将だ。戦場の外でも、人をよく見てやがる」
「褒めてんのか、それ」
「褒めてるさ。
だからだよ――今は、嵐の前の静けさを味わってる」
火黒はそう言って、また何事もなかったように麺を啜った。
火黒は、丼の縁に箸を置いたまま、ふと思い出したように言った。
「そういやよ。コカビエルって名、聞いたことあるか?」
「……ないな」
即答すると、火黒は一瞬きょとんとした顔をして――次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「はははは! そりゃいい! 知らねぇままこの街歩いてんのか!」
「笑うとこか?」
「最高だろ。平和ボケってやつだ」
ひとしきり笑ったあと、火黒は声を少し落とす。
「そいつは堕天使だ。しかも、筋金入りの戦争屋。
昔の戦争をもう一度起こそうとしてる」
俺は箸を止めた。
「で、その準備がこの街ってわけか?」
「察しが早ぇな。聖剣を集めて、何かやらかす気だ。
月がきれいな夜ほど、厄介なこと考えるタイプだぜ」
「……お前、そいつと手を組んでるのか?」
そう聞くと、火黒はにやりと笑い、曖昧に肩をすくめた。
「さあな。
敵か味方かは、その時にならねぇと分からん」
その答えに、嫌な予感だけが残った。
火黒が丼を置き、立ち上がった――その瞬間だった。
空気が、わずかに軋む。
俺が違和感に気づくより早く、火黒の身体が反応した。
背後から伸びた“影”を察知した次の瞬間、彼の腕から刃がせり出す。
金属音。
火花が散り、屋台の提灯が揺れた。
「……っと」
軽い声とは裏腹に、火黒は一歩、いや二歩分きっちり後退して距離を取る。
その手には、いつの間にか形成された日本刀。刃は影の一撃を正確に受け止めていた。
「夜道での奇襲は感心しねぇな」
そう言って火黒が視線を上げると、影の正体が街灯の光に浮かび上がる。
そこに立っていたのは――脹相だった。
表情は、普段の穏やかさとは程遠い。
眉間に深く刻まれた皺。
抑えきれない怒りが、その全身から滲み出ている。
「……弟に、何を話している」
低く、重い声。
それだけで、この場の温度が一気に下がる。
火黒は一瞬だけ目を細め、それから楽しそうに口元を歪めた。
「おっと……護衛役のお出ましか。
随分と大事にされてるじゃねぇか、大将」
脹相は答えない。
ただ、視線だけで火黒を射抜いていた。
俺は二人の間に流れる殺気を感じ取り、無言で立ち上がる。
――これは、ラーメン屋台で済む話じゃなくなりそうだった。
次回の王は
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幻想王