サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
翌朝。
昨日まで命のやり取りをしていたとは思えないほど、駒王学園の朝は平和だった。
校門前では生徒たちがいつも通りに集まり、眠気と雑談が入り混じった空気が流れている。
「……本当に、終わったんだよね」
隣を歩く絶花が、少しだけ心配そうに呟いた。
剣を封じている時の、慎重で繊細な表情だ。
「一応な。詳しい話は色々あるけど、もう大事にはならない」
火黒から聞いた内容を、できるだけ無難に丸めて答える。
「そっか……」
絶花は一瞬だけ俺を見て、それから前を向いた。
不安と同時に、「太郎ならそうする」という妙な信頼が混じった顔だ。
「無茶はしたでしょ」
「した」
「怪我は?」
「してない」
「……本当に?」
「してないって」
そう言うと、絶花は呆れたように、でもどこか安堵したように苦笑いした。
「太郎ってさ……本当に太郎だよね」
どういう評価なのか分からないが、悪くはなさそうなので流す。
そんな会話をしていると、校門の前で一人、堂々と立っている人物が目に入った。
青い髪。背筋の伸びた姿勢。
妙に場の空気と違う存在感。
「────たのもう!」
いきなり張りのある声が飛んできた。
「……朝から元気だな」
声の主はこちらへずかずかと歩み寄ってくる。
「先日は世話になった! 改めて礼を言いに来たぞ!」
勢いのまま、深々と頭を下げられた。
「いや、別に……」
周囲の視線が一斉に集まる。
朝の校門でこれは目立つ。
「私は高等部二年、ゼノヴィアだ!」
胸を張って名乗る様子は、完全に剣士だ。
「太郎だ」
「知っている!」
即答だった。
なぜそんなに自信満々なんだ。
ゼノヴィアは俺の顔をじっと見て、満足そうに頷いた。
「やはり噂に違わぬ男だな! 親切で、胆力がある!」
「噂?」
「困っている者を放っておかぬ、と聞いた! 実に好ましい!」
評価が重い。
「それでだ!」
ゼノヴィアは腕を組み、真剣な顔になる。
「何か困り事があれば、私を頼れ! 私の方が年上で、先輩だ!」
「……なんでそこ威張るんだ」
「先輩とは、そういうものだ!」
即答だった。
理屈はない。
「分かった。じゃあ、頼る」
そう言うと、ゼノヴィアは嬉しそうに何度も頷いた。
「うむ! それでいい!」
その瞬間。
「……太郎」
横から、静かな声。
「はい」
振り向くと、絶花が笑顔だった。
だが、その笑顔はどこか引きつっている。
「今の人、誰?」
「この前、助けた人」
「ふぅん」
短い。
だが、圧がある。
ゼノヴィアは二人の空気を感じ取ったのか、少し首を傾げた。
「……私、邪魔だったか?」
「いえ、全然」
絶花は即答した。
笑顔のまま。
「全然、問題ないです」
絶対に後で何か言われる。
確信した。
「では、また会おう!」
ゼノヴィアはそう言って踵を返し、去り際にこちらを振り返る。
「太郎! また話をしよう!」
最後まで声が大きい。
残された俺と絶花。
「太郎」
「はい」
「後で、話あるから」
昨日まで世界の危機。
今日は人間関係の火種。
俺は小さくため息をついた。
――平和ってやつは、別の意味で油断ならない。
そして、その会話も俺は知らない所で行われた。
生徒会室は静まり返っていた。
放課後の喧騒から切り離されたその空間には、整然と並んだ机と書類、そして窓から差し込む夕暮れの光だけがある。
その静けさの中に、場違いなほど気軽な足音が響いた。
「相変わらず、堅苦しい部屋だな」
生徒会室の扉にもたれかかるように立っている男――火黒は、包帯に覆われた腕を軽く振りながら室内を見渡した。
対する机の向こうには、腕を組んで立つ黒江残月の姿がある。
「……招いた覚えはない」
低く抑えた声。
敵意というより、警戒に近い。
「そう言うなよ。ちょっと確認したいことがあっただけだ」
火黒は肩をすくめ、数歩だけ中へ入る。
「コカビエルの件。お前からだろ」
黒江の眉が、わずかに動いた。
「やはり勘づいていたか」
「そりゃな。戦争を嗅ぎ回るには、情報が妙に早すぎた」
火黒は笑う。
軽いが、どこか鋭い笑みだ。
「この街で動いてる連中の中で、あれだけ正確に“厄介な堕天使”を把握してるのは、お前くらいだ」
黒江は視線を逸らさず、淡々と答えた。
「否定はしない。確かに、私はコカビエルの存在を掴んでいた」
「目的は?」
「単純だ。この街を戦場にしないためだ」
即答だった。
「放っておけば、学園の内外を巻き込む大惨事になる。だから、利用できる駒を利用した。それだけだ」
「利用、ね」
火黒はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「随分と割り切ってるじゃないか。生徒会長」
「感情で街は守れない」
黒江は冷たく言い放つ。
「必要とあらば、危険な存在も使う。君も、その一つだ」
「はは……言うねぇ」
火黒は包帯越しに自分の胸を軽く叩いた。
「でも、嫌いじゃない。その考え方」
しばしの沈黙。
夕陽が窓越しに差し込み、二人の影を長く伸ばす。
「結果的に、コカビエルは倒れた」
黒江が言う。
「街の住人も、一般生徒も無事だ。目的は達成された」
「そうだな」
火黒は頷き、踵を返した。
「ま、俺としても面白いものが見れたしな」
扉に手をかけながら、振り返る。
「……ああ、それと」
「何だ」
「例の“紅いの”。あれはお前の想定外だろ」
黒江は答えない。
だが、その沈黙が肯定だった。
火黒は満足そうに笑った。
「ならいい。次はもっと楽しくなりそうだ」
そう言い残し、火黒は生徒会室を後にする。
扉が閉まった後も、黒江残月はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「……予測不能な存在ほど、厄介なものはない」
その呟きは、誰に向けられたものでもなく、静かな室内に溶けて消えた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王