サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
黒江残月が一歩前に出る。その背後、影が揺らいだ。
霧のような気配の中から、長身の男が現れる。
無精ひげを生やし、どこか達観した眼差し。
纏う雰囲気は荒事慣れしていながら、どこか人情味が滲んでいた。
「……やれやれ。随分と若いのに、随分と重たい覚悟を背負ってるじゃねぇか」
低く落ち着いた声。
阿伏兎は肩に担いだ傘を軽く叩きながら、黒江の横に立つ。
「お前さんが言ってた相手は……あの和風の猫侍かい」
視線が剣豪紅丸――太郎へと向けられる。
その目には敵意よりも、戦場に立つ者への評価があった。
黒江は短く答える。
「油断しないで。あいつは強い」
阿伏兎は小さく笑う。
「分かってるさ。上がチャランポランだと、下がしっかりするもんだ。
……っと、今は逆か」
そして一歩前に出て、静かに告げた。
「人を傷つけたくない。人を殺したくない。
この地球ではな。だが戦場では、そんなもの通じない」
その言葉は黒江に向けた確認であり、同時に太郎への宣告でもあった。
「人生は重要な選択肢の連続だ。
お前さん達は甘い選択肢で、どこまで行けるか……やってみるがいい」
白織が太郎の背後で微動だにせず立つ。
視線だけで状況を測り、黒江と阿伏兎の気配を正確に捉えている。
太郎は剣を構え、低く息を吐いた。
「……守るために戦う。それだけだ」
阿伏兎はその言葉を聞き、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「ほう……嫌いじゃねぇな。
だがな、坊主。誇りと理想だけじゃ、戦場は越えられねぇ」
結界の中、二つの陣営が向かい合う。
妖怪と宇宙人。
理想と排除。
守る王と、守るために切り捨てる者。
その全てを飲み込むように、戦いの気配が静かに、確実に膨れ上がっていった。
結界の内側は、不思議なほど静かだった。
剣を構えたまま、拙者は一歩も動かず、その様子を見つめていた。
白織は、すでに戦場を支配している。
だが、姿は見えない。
音もない。
気配すら薄い。
それでも、分かる。
空間そのものが、彼女の領域になっている。
阿伏兎が一歩踏み出した瞬間、彼の足元でわずかに空気が震えた。
目には映らない。
だが、確実に何かがある。
「……なるほどな」
阿伏兎は小さく呟き、傘を肩に担いだまま、慎重に前へ進む。
動きは無駄がなく、戦場を知り尽くした者のそれだ。
だが、一歩進むごとに、その可動域は確実に狭められていく。
白織は攻めない。
ただ、糸を張る。
逃げ道を塞ぎ、距離を管理し、黒江に近づくための道筋を消していく。
阿伏兎はそれに気づいていた。
だからこそ、無理に突っ込まない。
だが、完全に止まることもしない。
「人を傷つけたくない。人を殺したくない。
この地球ではな。だが戦場では、そんなもの通じない」
そう言いながら、阿伏兎は一気に踏み込んだ。
見えない糸を、力任せに引き裂く。
皮膚が裂け、血が滲む。
それでも、足は止まらない。
白織の糸は即座に張り直される。
先ほどよりも、さらに精密に。
まるで、相手の動きを一度見てから最適化したかのようだった。
阿伏兎は一瞬、感心したように息を吐く。
「上がチャランポランだと、下がしっかりするもんだ。
……お前さん、いい目をしてる」
白織は何も答えない。
ただ、静かに距離を詰めさせない。
次の瞬間、阿伏兎の動きが止まった。
足首、手首、胴体。
複数の糸が、同時に絡みついている。
力で引き千切ることはできる。
だが、そうすれば、黒江の位置まで踏み込んでしまう。
阿伏兎はそれを理解していた。
「……ここまで、か」
彼はそれ以上、前に出なかった。
白織も、追撃はしない。
勝敗は、すでに決している。
拙者は、静かに息を吐いた。
勝ったのは白織だ。
だが、それは圧倒ではない。
互いの信念と判断が生んだ、僅差の決着だった。
阿伏兎は、黒江を一度だけ振り返る。
「悪いな。今回は、ここまでだ」
その言葉には、悔しさよりも、納得が滲んでいた。
白織はようやく姿を現し、何も言わずに一歩下がる。
結界の中に、再び静寂が戻った。
だが、その静けさは、戦いの終わりを告げるものだった。
拙者は理解する。
これはただの勝敗じゃない。
思想と覚悟が、ぶつかり合った結果だということを。
そして、この決着が――
次に来る俺と黒江の対決を、避けられないものにしたのだと。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王