サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
大晦日という事で、特別企画。本作では、各々の章の代表キャラが集まる特別回です。同時にfgoの2章の終わり方もあり、そのまま、こちらに来ても違和感がないのではと思い、書いてしまいました。
冬の夜気をまとったまま、マシュ・キリエライトは扉の前に立っていた。
看板は控えめで、外観はどこにでもある喫茶店だ。けれど、足を踏み入れる直前にだけ、胸の奥がわずかに浮く。特異点を越えるときの感覚に似ている、と彼女は思った。ここが「アーネンエルベ」――世界の継ぎ目に開く、客の来歴を選ばない場所だという説明は受けている。それでも、慣れはしない。
ベルが小さく鳴り、温かい空気と香ばしい匂いが彼女を包んだ。コーヒー豆の焦げる匂い、焼き菓子の甘さ、そして、どこか現実離れした“混線”の気配。店内はひどく混み合っていた。見慣れない服装の客が、さも当然のようにカップを傾けている。声の抑揚や笑い方が、どこか別の時代や場所のものに聞こえるのが不思議だった。
「いらっしゃいませ。おひとり……相席でもよろしいでしょうか」
店員の声に、マシュはすぐに背筋を正した。相席。人の多い店では当然のことだ。けれど、ここでは“誰と”が重要になる。彼女は一瞬だけ周囲を見回し、案内された先のテーブルに視線を定めた。
二人の客が先に座っている。
片方は、無駄のない姿勢で椅子に収まり、背もたれに寄りかからない。黒を基調とした服装は目立たないはずなのに、視線が引き寄せられる。テーブルの端に置かれたカップには、湯気がほとんど立っていない。液体は濃く、光を吸うように暗い――ブラックコーヒーだろう。彼はそれを“嗜む”というより、必要な情報を摂取するかのように、一定の間隔で口をつけていた。瞳は静かだが、店内全体を測っているように見える。
もう片方は対照的だった。身のこなしは柔らかく、椅子に座っているだけで場が少しだけ明るくなるような、取り澄ました余裕がある。長い髪と、どこか花に似た香り。カップの中身は薄い金色で、表面に小さな泡が浮いていた。蜂蜜を溶かしたハーブティーだろうか。彼はそれを指先で軽く回しながら、楽しげに笑っている。視線が合った瞬間、まるで“最初から知っていた”という顔をした。
マシュは呼吸を整え、丁寧に一礼した。
「失礼いたします。相席……よろしいでしょうか」
黒衣の男――滅は、視線を一度だけマシュに向け、短く頷いた。拒絶も歓迎もない。判断の余地すら与えないような、無機質な許可。それが彼らしい、とマシュは直感した。
花の香りの男――マーリンは、口元を上げたまま、椅子の向かい側を手で示した。
「もちろん。ここは、席よりも“縁”が先に決まる店だ。さあ、盾の乙女。座りたまえ」
言葉遣いは軽いのに、妙に重みがある。マシュは「盾の乙女」という呼び方に一瞬だけ戸惑い、しかし反射的に礼を返して座った。椅子に腰を下ろした途端、彼女は自分の胸がわずかに緊張しているのを自覚する。二人とも、ただの客ではない。少なくとも、これから太郎の話題に触れるために集められた者たちだ。
店員が水とメニューを置き、注文を促した。
滅は迷わず言った。
「ブラック。砂糖もミルクも不要だ」
必要なもの以外は削ぎ落とす、という決定の速さだった。学習と解析に特化した彼が、味の“余計な情報”を排するのは自然に思える。
マーリンは、メニューを見ているようで見ていない視線のまま、楽しげに首を傾けた。
「では、蜂蜜入りのハーブティーを。香りの強いものがいい。……ここには、いい花がある」
店員が困惑する前に、マーリンはさらりと銘柄を補足した。まるでこの店の裏庭を知っているかのように。
最後に視線が向けられ、マシュは少しだけ考えた。身体を温めるもの。落ち着いて状況を整理できるもの。彼女が選ぶべきは――。
「ホットミルクティーをお願いします。できれば、少し甘めで」
言った瞬間、緊張がほんのわずかほどけた。盾を持つ手に、温度が必要だ。マシュはそういうところで、自分が現場の人間だと感じる。
注文が通り、店員が離れる。小さな沈黙が落ちた。店内の喧騒はあるのに、この卓だけが薄い膜で隔てられたように静かだ。
マーリンがハーブティーのカップを指先で軽く叩き、滅の黒い液面に視線を滑らせた。次に、マシュの空のカップへ。彼は、芝居がかったほど穏やかな笑みを浮かべたまま、楽しそうに言った。
「さて。飲み物が揃ったら――話そうか。我が王の、これからのことを」
その呼び方に、マシュの心臓が一拍だけ早く打った。
マーリンの言葉が、店内の喧騒から切り離されたこの卓にだけ、くっきりと輪郭を与えた。
「――話そうか。我が王の、これからのことを」
“我が王”。
その呼称が示す対象に、マシュは一瞬だけ思考を迷わせた。王。マーリンがそう呼ぶ人物は、王の系譜に連なる英霊か、あるいは彼自身が認める何者か――。だが次の瞬間、マーリンは当然のように名を置いた。
「唯我太郎。きみたちも、そう呼ぶだろう?」
マシュの瞳が大きく開いた。口の中に言葉が引っかかり、声が遅れて出る。
「……太郎、先輩が……“王”……?」
驚きは、否定ではない。むしろ、理解が追いつかないことへの反射だった。彼女の中で“太郎”は、世界を救うために歩き続けたマスター像と重なる部分がある一方で、王という称号は、もっと別の重さを伴う。
滅は、同じ名を聞いても表情を変えなかった。カップを置く音だけが、均一なテンポで卓に落ちる。
「整合する。彼は“王”を自称し、そのための駒を持つ。呼称としては妥当だ」
淡々とした言葉。そこに情緒は薄い。だが否定もない。滅にとって重要なのは、事実と機能だ。呼称は、その一部でしかない。
マーリンは楽しげに肩をすくめた。焚き火を見つけた子どものように、会話の火種を育てる仕草で。
「ただし、面白いのは“同じ名”が、同じ姿であるとは限らないことだ。――きみたちは、それぞれ違う太郎を見ている」
マシュは息を飲んだ。違う、太郎。そんなことがあり得るのか。けれど、アーネンエルベが“世界の継ぎ目”であるなら、あり得ないと切り捨てる方が非現実だ。
滅が先に口を開く。彼は論点を整理するように、短く区切った。
「私が観測した太郎は――祭り騒ぎが多い」
マシュは思わず聞き返してしまう。
「……まつり、ですか?」
滅は首を振らない。肯定も否定もせず、定義を追加する。
「彼は、暴太郎戦隊ドンブラザーズに変身する。戦闘は派手で、周囲の士気は上がる。だが同時に、状況は騒がしくなる。情報のノイズが増える」
その説明は滅らしい。現象を感情で語らず、周辺効果まで含めて評価する。マシュは言葉を失った。太郎が、戦隊に変身。しかも祭り騒ぎ。自分が知る“先輩”の姿と一致しない。いや、どこか一致する気もする――彼なら、どんな状況でも人を巻き込み、前に進んでしまう。そう思ってしまうのが、余計に混乱を呼んだ。
マーリンが指を一本立て、楽しそうに言った。
「では次は、私の太郎――」
彼はわざと間を置き、甘い香りの立つカップを口元に運ぶ。飲み込んでから、嬉々として告げた。
「時空を旅する。様々な時代に立ち、様々な王と英雄の間を歩き、そして――活躍している。歴史の頁に、彼の名が自然に混ざるほどにね」
マシュは背筋がぞくりとした。時空を旅する太郎。自分が知る“終局の後”を生きた世界から見れば、時間の歪みは想像できる。しかし、それを“活躍”と軽やかに言い切るのは、マーリンという存在が時間に慣れすぎているからだろう。
「……そんな……太郎先輩が、いろんな時代に……?」
声が震えた。驚きの種類が変わっていくのが自分でも分かる。滅の話は異物感が強い。マーリンの話は、畏怖が勝つ。
マーリンは、マシュの反応を眺めて満足げだった。まるで、舞台袖から観客の顔を見る演出家のように。
「驚くのは早いよ、盾の乙女。きみの太郎も、十分に“王”だ」
視線が向けられ、マシュは自分の番であることを悟った。ホットミルクティーが運ばれてきていた。両手でカップを包むと、指先の冷えが少しだけほどける。落ち着け、と自分に言い聞かせた。
「私の……太郎先輩は……」
言葉を選ぶ。彼女が知るのは、戦いの場での決断だ。優しさと、時に冷徹な判断。その両方を抱えた人間の姿。
「様々な経験を得ています。だから……王として、そしてマスターとして、冷静な面があります。誰かが倒れないために、危険を先に見つけて……必要なら、心を切り離して判断することもできる方です」
言い終えた途端、マシュの胸が痛んだ。冷静さは美徳だが、代償も伴う。マシュはそれを知っている。
滅は短く頷いた。
「合理的だ。指揮官として最適化されている」
評価はシンプルで、感情は混ぜない。だが否定しないこと自体が、滅にとっては肯定に近い。
マーリンは手を叩きそうな勢いで笑った。
「いいね。そういう太郎も好きだ。王の条件は一つじゃない。祭りで人を動かす王。時を越えて歴史を編む王。冷静に盤面を読む王。――同じ名の下に、いくつも並ぶ」
並ぶ、という言い方が、マシュには衝撃だった。ひとりの人間を、いくつもの可能性として棚に置く発想。けれど、ここがアーネンエルベである以上、その棚は現実なのだろう。
「……つまり……太郎先輩は……一人じゃ、ない?」
マシュの声は小さかった。驚きと困惑を隠しきれない。彼女は“唯一の先輩”を知っている。そこに別の先輩が重なるのは、どうしても落ち着かない。
滅はカップを持ち上げたまま、淡々と言う。
「“違い”は差分だ。核心が同一なら、目的に影響はない」
冷静すぎる答えだった。マシュは思わず滅を見た。彼には情緒の揺れがない。むしろ、差分を観測できること自体を利点として処理している。
マーリンは、楽しげにその揺れを煽る。
「だが、差分は面白い。違いがあるからこそ、“これから”が語れる。――我が王が、どの道を選ぶべきか。ね?」
その瞬間、マシュの手の中のカップがわずかに鳴った。滅は変わらず冷静で、マーリンは心底楽しそうで――そしてマシュだけが、驚きを抱えたまま、これから始まる議論の重さを感じ取っていた。
マーリンの「差分は面白い」という言葉が、卓上の空気を軽くしたまま、次の議題へ押し流していく。だがマシュにとっては軽くない。太郎が“複数いる”という前提自体が、まだ胸の奥でざわついていた。
滅はカップを置き、視線を一点に固定した。まるで記録を読み上げるように、しかしそこには確かな確信が滲む。
「俺のところの太郎は、メルヴァゾアと激闘を繰り広げた」
名を聞いた瞬間、マシュは息を詰めた。滅が“元いた世界”の因縁。その中心にいる存在。滅自身の出自とも結びつく名前だ。マーリンは興味深そうに眉を上げ、先を促すようにハーブティーの湯気越しに視線を向ける。
滅は淡々と続けた。
「勝ち目は薄かった。単純な戦力差だけじゃない。情報、準備、環境……どれを取っても不利だった。普通なら、倒すのは不可能に近い」
“普通なら”。滅がそう言うとき、その判断は経験則ではなく、計算の結論に近い。マシュは思わず背筋を正した。どうやって、それを覆したのか。
滅は少しだけ間を置き、言葉を選ぶように視線を落とした。ブラックコーヒーの暗い水面に、店の灯りが淡く揺れる。
「太郎は、“縁”を大事にした」
マシュは目を瞬かせた。戦術の話が来ると思っていた。兵器でも、秘策でもなく、縁。人と人の繋がり。
滅は、そこでようやくマシュを見た。感情がないわけではない。ただ、表に出し方が機械的に抑制されている。
「俺は最初、非合理だと思った。縁は数値化できない。成果に直結するとは限らない。だが太郎は、縁を“つなぐ”こと自体を戦略にした」
マーリンが小さく笑う。
「いいね。王のやり方だ。人を繋ぐのは、武器より難しい」
滅はその茶化しを無視せず、しかし肯定もしない。事実として言葉を積み上げる。
「太郎は、戦力を集めるんじゃない。縁を作って、縁を保って、縁を拡げた。関係の断絶を防ぎ、立場の違う者の間に道を作る。結果として、単独では到達できない領域まで手が伸びた」
マシュの胸の奥が、静かに熱くなった。思い当たる節がある。どの世界の“太郎”であっても、彼は人を置き去りにしない。無茶をしてでも、誰かを巻き込み、誰かを救い、気づけば隣に立たせてしまう。そこに“戦術的価値”を見出すのは、滅らしい視点だった。
「……縁で、メルヴァゾアを……?」
言葉にすると、なおさら信じがたい。だが滅は、微塵も揺れない。
「倒した。縁を繋いだ結果、“本来なら不可能に近い”を可能にした。俺が分析した限り、勝因は一つじゃない。だが中心にあったのは、太郎が縁を大事にし続けたことだ。縁が、太郎を強くした」
“強くした”。滅がその表現を選ぶのは珍しい、とマシュは思った。機械生命体らしく「戦力増強」「出力向上」と言ってもよさそうなのに、滅は“強くなった”と言った。それは太郎の変化が単なる能力値の上昇ではなく、在り方の変化だったことを示している気がした。
マーリンは愉快そうに頷く。
「素晴らしい。王は一人で王にならない。縁が冠を形作る――古今東西、そういうものさ」
マシュはカップを両手で包み直した。ミルクティーの温度が、指先から心臓へ移っていく。驚きはまだ消えない。けれど、その驚きの中心に、理解が芽生えつつあった。
滅の太郎は、祭り騒ぎで人を巻き込み、縁を繋ぎ、その縁で“不可能”をひっくり返した。
その太郎の姿は、マシュの知る“先輩”と決して矛盾しない。むしろ、太郎という存在の核が、少しだけ輪郭を帯びた気がした。
そして同時に、マシュは思う。
――もし、縁が太郎を強くしたのなら。
これから先、太郎が結ぶ縁の形次第で、王の姿もまた変わっていくのではないか、と。
滅の話が終わると、卓の上には一瞬だけ静寂が落ちた。店内のざわめきは相変わらずなのに、このテーブルだけは、言葉の余韻が薄い膜になって周囲を遠ざけている。
マシュはミルクティーを一口飲み、喉の熱で自分を落ち着かせた。縁で“不可能”を可能にする太郎。理解できる気がする。けれど、それが「メルヴァゾア」という名前と結びつくと、途端に現実味が揺らぐ。
「……マーリンさんのところの太郎先輩は、どうなんですか?」
問いかけは丁寧だったが、内心は急いていた。滅の太郎が縁を武器にしたなら、時空を旅する太郎は何を武器にするのか。想像が追いつかない。
マーリンは、待っていましたと言わんばかりに口角を上げた。ハーブティーを少し傾け、香りを吸い込む。楽しげだが、どこか“語り部”の表情に切り替わっている。
「私の太郎も、縁を大事にする。そこは滅の観測と同じだよ。人を結び、関係を保ち、途切れそうな線を繋ぎ直す。――ただし、やり方が少し違う」
「違う……?」
マシュが身を乗り出すと、マーリンは指先でテーブルを軽く叩いた。合図のように。
「彼は、時代のほうへ出向く。ひとつの国、ひとつの教え、ひとつの正義に留まらない。様々な時代へ行き、そこに生きた王や民の考え方を“取り入れて”いくんだ」
言葉の端々が軽いのに、内容は重い。マシュは思わず眉をひそめた。時代を渡って価値観を取り入れる――それは、常人の精神が耐えられる変化ではない。
「価値観が違いすぎて、混乱しませんか……?」
マシュの懸念に、マーリンは肩をすくめて笑った。
「混乱するさ。だから面白い。彼はそこで逃げない。否定もしない。まず受け止める。受け止めたうえで、“自分の王道”に合うものを選ぶ。合わないものは、捨てるのではなく、理解して棚に置く」
棚に置く、という言い方が、どこか冷静で残酷にも聞こえた。だが、時代を旅するなら、それくらいの整理は必要なのだろう。
滅が淡々と割り込む。
「要するに、学習だろ」
短い一言だった。滅の“驚異的な学習能力”と重なる言葉。だが、マーリンはそれを否定しない。
「そう。学習だ。だが彼の場合は“戦闘の学習”だけじゃない。統治、思想、責任、孤独……王が背負うものを時代ごとに学ぶ」
マシュは小さく息を飲んだ。太郎が“王”になると言ったとき、彼女はそれを比喩のように受け取っていた部分がある。けれど、マーリンの語りは比喩ではない。王の背負う現実を、太郎が複数の時代で反復し、身に刻んだ、と言っている。
マーリンは、そこでわざと“結論”を遅らせた。マシュの反応を楽しむ悪癖があるようにも見える。彼はカップを置き、視線をまっすぐにする。
「そしてね、盾の乙女。大事なのはここからだ」
マシュの背筋が自然と伸びた。
「時代を渡り歩くうちに、彼は気づいていった。自分が“旅をしている”のではない。旅そのものが、彼の力を呼び起こしているのだと」
滅が眉をわずかに動かした。感情ではない。計算の更新が起きたときの反応だ。
「……覚醒か」
マーリンは頷く。
「そう。ジオウ――時の王者としての力だ。最初から完成していたわけじゃない。彼は、時代の節目に立ち会い、選択を重ね、失敗し、取り戻し、また進む。その“過程”で、王者の力が目を覚ましていった」
マシュは言葉を探した。ジオウ。時の王者。時間を扱う力。そんなものが覚醒する条件が、戦闘の勝利ではなく、旅と選択の蓄積だというのなら――それは、恐ろしくも納得がいく。
「……つまり、マーリンさんの太郎先輩は……時代を越えることで、王としての在り方を増やしていって……その結果、時の力が……」
「綺麗にまとめるね」
マーリンは嬉しそうに笑った。褒め方がどこか軽いのに、目だけは鋭い。まるで、マシュの理解速度を測っている。
滅はブラックコーヒーを一口飲み、淡々と言う。
「俺のところは縁で“不可能”を崩した。お前のところは、縁を持ち込む先が“時代”だっただけだな。差分として整理できる」
“整理できる”。滅らしい言い方だった。だが、その冷静さが逆に、マシュの驚きを浮き彫りにする。
マシュは自分の膝の上で指先を握りしめた。滅の太郎は縁を繋いで勝った。マーリンの太郎は縁を繋ぎながら時代を学び、時の王者の力を覚醒させた。同じ“縁”という核がありながら、辿る道があまりにも違う。
「……そんな太郎先輩が、いるんですね……」
呟きは、驚きと畏れが混じっていた。
マーリンはその反応を面白がり、柔らかく笑う。
「いるとも。だから私は彼を“我が王”と呼ぶ。時代が変わっても、見失わない芯がある。縁を軽んじない。責任から逃げない。――そういう王は、時の流れに選ばれる」
滅は、感情の起伏のない声で結論を置いた。
「なら、次はその太郎が“これからどんな縁を結ぶか”だろ。過去はデータだ。未来は、変数が増える」
その言葉に、マシュははっとした。
縁が強さを生むなら。時代の学習が力を覚醒させるなら。
太郎の“今後”は、どの太郎であっても、縁と選択の積み重ねで決まっていく。
ミルクティーの湯気の向こうで、マーリンが楽しげに目を細めた。まるで、次の話題こそ本番だと言わんばかりに。
マーリンの語りが終わると、マシュの胸の奥で、別の重さが静かに浮かび上がった。滅の太郎は、縁を繋いで“不可能”を倒した。マーリンの太郎は、時代を渡り、学び、時の王者として目覚めた。
それは「道中」の物語だ。強くなる過程が、はっきり見える。だからこそ眩しい。
けれど、マシュが知る太郎は――少し違う。
彼女は両手でミルクティーのカップを包み、温度に指先を預けた。言葉にするには、少し慎重さが必要だった。これは栄光の話ではない。痛みの話だ。そして、その痛みを越えた後の話。
「……私のところの太郎先輩は」
声が小さくなったのは、迷いではなく、丁寧さだ。彼女は視線を落とし、湯気の向こうに過去を見ようとする。
「お二人が話してくださったように、“道中で強くなっていった”というより……もう、旅を終えた後の太郎先輩なんです」
滅は無言で聞いている。マーリンは笑みを崩さず、けれど目の奥だけは少しだけ静かになった。茶化す気配が薄れる。彼もまた、“終えた後”という言葉の意味を知っているのだろう。
マシュは息を整えた。
「先輩は、たくさんの戦いを経ています。勝ったものも、失ったものも……そして、その影響が残っています。あの頃――私たちの世界が、今となっては“異聞帯だった”と呼ばれるような経緯も含めて」
言いながら、マシュの胸がきゅっと締まった。異聞帯という言葉は、説明には便利だ。けれど、そこに暮らしていた者にとっては、世界そのものだ。便利なラベルで片付けられるほど軽いものではない。
「戻ってきた影響、だと?」
滅が短く問うた。冷静な声だが、質問の角度が鋭い。感情ではなく、事象の因果を求めている。
マシュは頷いた。
「はい。先輩は……“戻ってきた”んです。世界が終わった、あるいは終わらせた、その先から。だからこそ、先輩の中には、いくつもの断片が残っていて……」
彼女は言葉を探した。説明しすぎれば安っぽくなる。少なすぎれば伝わらない。
「当時は忘れていた記憶を、今は取り戻しているんです」
マーリンが息をつくように、柔らかく頷いた。
「旅の終わりに訪れるものだね。戦いが終わって初めて、見える景色がある」
マシュはその言葉に救われるような気持ちになった。そうだ。終えた後でしか、取り戻せないものがある。
「先輩は……前に進むために、時には“置いていく”選択もしていました。守るために、切り離した記憶もあったと思います。でも今は、それを取り戻して――」
マシュは顔を上げた。言葉に熱が混じる。ここから先は、彼女が“嬉しい”と思っている核心だ。
「また、新しい未来へ進み始めているんです。私は……それが、とても嬉しい」
“嬉しい”。その単語が、卓上の空気を少しだけ変えた。滅の語りにはなかった温度。マーリンの語りにあった遊びとも違う、静かで確かな感情。
滅はカップを持ち上げ、ひと呼吸置いてから言う。
「終えた後の太郎……。なら、強さは“増える”より、“戻る”に近い。失われていた機能――記憶が復帰した、という理解でいいか」
言葉は機械的だったが、整理としては正確だった。マシュは小さく頷く。
「はい。私も、そう感じています。先輩は……取り戻しているんです。自分が歩いてきた道を」
マーリンは愉快そうに、しかし今度はからかいではなく、少し誇らしげに笑った。
「いいね。滅の太郎は縁で勝ち、私の太郎は時で目覚め、きみの太郎は旅の終わりで“自分”を取り戻す。どれも王の物語だ」
マシュはカップを置いた。陶器の音が小さく鳴る。
「……でも、同じだと思います」
思わず出た言葉に、自分でも驚いた。滅とマーリンが同時にマシュを見た。視線が集まる。マシュは怯まず、続ける。
「縁を大事にすることも、時代の学びを受け止めることも、記憶を取り戻して未来へ進むことも――全部、太郎先輩が“誰かのために前へ進む”というところに繋がっている気がします」
滅は肯定も否定もせず、短く言った。
「共通項はある。目的関数が似ている」
マーリンは嬉しそうに頷いた。
「だからこそ、次が面白い。旅を終えた王が、次にどんな未来を選ぶのか。縁をどう繋ぎ直すのか。時をどう扱うのか――」
その「次」という言葉が、この座談会の本題へ自然に接続する。マシュはそれを理解しながらも、胸の内に確かな感情を抱いた。
旅を終えた太郎が、また歩き出している。
その事実だけで、マシュには十分だった。
三人の話が一通り出そろうと、卓の上には不思議な一体感が生まれていた。滅が語った太郎は、縁を繋いで“不可能”を覆した。マーリンが語った太郎は、時代を渡り、学び、時の王者として目を覚ました。マシュが語った太郎は、旅の終わりに記憶を取り戻し、新しい未来へ踏み出していた。
道筋は違う。環境も、敵も、得た力の形も違う。それでも、話を重ねるほど、輪郭が浮かび上がってくるものがあった。
マーリンが先に、その輪郭を言葉にする。いつもの芝居がかった調子ではなく、今は珍しく、静かに確信を帯びた声だった。
「結局のところ、どの世界でも変わらないのは――彼が“王になろうとしている”という一点だ」
滅は頷き、短く補足する。
「目標が固定されている。環境が変わっても、行動方針がぶれない。だから周囲が動く」
マシュはその言葉に、胸の奥で何かが落ち着くのを感じた。太郎が複数いることへの戸惑いは、まだ残っている。それでも、芯が同じなら、太郎は太郎なのだ、と。
マシュはゆっくりと口を開いた。丁寧に、噛みしめるように言葉を置く。
「太郎先輩は……“王になりたい”という夢を、ただの憧れとして扱っていません。目指して、歩いて、形にしようとしている。どの太郎先輩も、そこは同じだと思います」
マーリンが満足げに目を細めた。
「そう。王になるとは、冠を得ることじゃない。“目指し続ける”ことだ。彼はそれをやめない」
滅は淡々と続ける。
「そして理由が明確だ。彼は誰かのために王を目指す。利己ではない」
マシュは小さく頷いた。そこは、言葉にしてしまった方がいい。今日の座談会で最も大切な核だ。
「……宮本絶花さんのために、です」
名前を出した瞬間、卓の空気が少しだけ引き締まった。マーリンは軽く笑って誤魔化すようにカップを持ち上げ、滅は相変わらず冷静なまま視線を動かさない。けれど、二人とも否定しない。むしろ、それが前提だと言うように黙っている。
マシュは続けた。
「絶花さんがいるから、太郎先輩は“王”を夢で終わらせない。守りたい人がいて、隣で進む人がいて……だから、ただ強いだけじゃなくて、強く“なろう”とするんです」
滅が短く言う。
「縁の中心点だ。絶花は起点になっている。そこから周囲の結びつきが増える」
マーリンは、いつもの調子を少しだけ取り戻し、しかし軽薄にはならない程度に言った。
「うん。王の物語には、必ず“最初の絆”がある。太郎のそれが絶花だ。だから彼は、どんな世界でも迷いきれない」
マシュは、そこで視線を落とした。ミルクティーの表面に、店の灯りが揺れている。言うべきことが、まだ一つある。
「それに……太郎先輩は、一人で王になろうとしていません」
マシュが顔を上げると、滅が僅かに眉を動かした。マーリンは、続きを促すように頷く。
「家臣である皆さんと一緒に進んでいます。仲間を集めて、繋いで、置いていかない。そうして……太郎先輩自身も、皆さんも、強くなっていく」
滅は結論だけを置いた。
「集団最適だ。太郎は個の強化より、関係性の強化を優先する。結果として戦力が増える」
マーリンは、その冷徹な言い方を楽しむように、けれど同意して言う。
「“王国の駒”が象徴だね。駒を増やすのではなく、駒を活かす。王は家臣とともに強くなる。彼はそれを自然にやっている」
マシュは息を吸い、静かに締めた。
「だから、どの世界でも太郎先輩は太郎先輩なんだと思います。王になろうとして、目指して。絶花さんのために、その道を選び続けて。家臣のみなさんと共に進んで、強くなっていく――」
言葉が終わった瞬間、卓上の沈黙は、さっきまでとは違う質になった。戸惑いの沈黙ではない。確認し合った後の沈黙だ。
滅はカップを置き、淡々と言った。
「整理できたな。次は“これから”だ」
マーリンは、楽しげに笑う。
「そう。――我が王は、次にどんな縁を結ぶ?」
マシュは頷いた。驚きはまだ残っている。けれど、今はそれよりも確かに言える。
どの世界でも、太郎は変わらないところがある。だからこそ、彼の未来を語る意味がある。
マーリンは、マシュのまとめに満足したように、蜂蜜の香るカップを指先で軽く回した。その笑みは、いつもの戯れに近いのに、どこか“先を見ている”目だった。
「そしてね――それだけじゃない。僕らが語った太郎は、僕らが“知っている範囲の太郎”でしかない」
マシュの胸が、また小さく跳ねた。今の話だけでも十分に情報量が多い。それなのに、まだ外側があるというのか。
「……まだ、他にも……太郎先輩が?」
問いは反射だった。驚きと同時に、知りたいという衝動が勝ってしまう。マーリンはその反応を待っていたかのように、口角を上げた。
「気になるだろう? “これから”の太郎が、どんな王になるのか」
滅はブラックコーヒーを一口だけ飲み、事務的に言う。
「未観測データだ。予測はできるが、確定はできない」
「そう、確定はできない。だから面白い」
マーリンの声が、ほんの少しだけ弾んだ、その瞬間だった。
入口のベルが、控えめに鳴った。
混み合う店内のざわめきに紛れそうな音なのに、マシュはなぜか、その一音が妙に耳に残った。視線が自然と入口へ向く。
そこに立っていたのは――小さな猫だった。
赤いスカーフのようなものを首に巻き、二足で立っている。尻尾は大きく揺れ、丸い瞳が店内をきょろきょろと見回していた。人間の客が当たり前のようにいるのに、その“猫”もまた当たり前のように入店してくる。この店では、それ自体が異常ではないのだと分かっていても、マシュの呼吸はわずかに乱れた。
「……ね、猫……?」
猫は小さく胸を張り、声を出した。
「お、おじゃまするニャン! ここがアーネンエルベ……ってやつニャン?」
語尾の癖と、堂々とした自己紹介の気配。マシュは直感する。普通の猫ではない。妖気がある――しかし禍々しさは薄く、むしろ人懐っこい熱量が先に来る。
店員は驚く素振りもなく「いらっしゃいませ」と案内しようとしたが、店内は満席に近かった。相席の札が、いくつかのテーブルに立っている。そのうちの一つに、自然と視線が集まる。
マシュたちのテーブルだ。
店員が申し訳なさそうに言う。
「相席でもよろしいでしょうか」
マーリンは即座に、楽しげに頷いた。
「もちろん。縁は歓迎だ」
滅も短く頷き、拒否の意思がないことだけを示す。マシュは慌てて立ち上がり、丁寧に会釈した。
「どうぞ。こちらへ」
猫――ジバニャンは、ぱっと顔を明るくして椅子へ跳ねるように座った。椅子に体が少し沈み、彼は尻尾を整えるようにぱたぱたと揺らす。
「助かったニャン! ここ、すごく混んでるニャンね!」
マシュは、その名前が自然に浮かぶのを感じた。どこかで聞いたことがある。妖怪――そして、“今”の話題に繋がる来客。
店員がメニューを置き、注文を取る。
ジバニャンは迷いなく言った。
「ココア! 甘いやつ! それと……チョコっぽいのも付けられるなら付けてほしいニャン!」
注文の内容が、そのまま性格を表していた。甘さ、元気、そして小さなご褒美。彼の“今ここにいる理由”が、急に現実味を帯びる。
店員が去ると、マーリンが柔らかく微笑んだまま、ジバニャンに向き直った。
「きみは……どの王の客人だい?」
ジバニャンは胸を張る。
「オレはジバニャン! ……えっと、王の話をしてるけど、それって太郎の事にゃん?」
マシュは言葉を失い、次に、驚きを隠しきれないまま息を呑んだ。
“妖怪の王”。まさに、彼女たちが次に触れようとしていた“現在の太郎”に繋がる編の代表キャラ。
滅は表情を変えずに、ただ一点だけ確認するように言った。
「太郎についての観測か。具体的に話せるか?」
「話せるニャン!」
ジバニャンは勢いよく頷いた。尻尾が大きく揺れる。
マーリンは愉快そうに笑みを深めた。まるで望んでいたピースが、卓上に自分から座りに来たかのように。
「いいね。これで揃った。――さあ、盾の乙女。きみが気にしていた“知らない太郎”が、今まさにやってきた」
マシュはミルクティーのカップを握り直した。驚きは確かにある。だがそれ以上に、胸の奥が少しだけ明るくなる。
未知の太郎の話が、聞ける。
そして、その“未知”は、今この瞬間もどこかで進んでいる未来と繋がっている。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王