サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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故郷と黒猫 Ⅳ

 夜の校舎は、昼とはまるで別物だ。

 人気の消えた廃校舎の裏手に立つと、空気そのものが用途を失ったように感じられる。人のために整えられていたはずの場所が、今はただ“境目”としてそこにある。

 

 俺は足を止め、校舎裏の壁を見つめた。

 理由ははっきりしない。だが、ここだけが浮いている。音も、風も、温度も、周囲と微妙に噛み合っていない。

 

「……ここだな」

 

 独り言のはずの声が、妙に吸われた。反響しない。まるで壁の向こうに余白があるみたいだった。

 

 白雲朧が、俺の肩越しにふわりと漂う。

 いつもの軽い調子はなく、雲の身体がわずかに緊張している。

 

「若」

 

 その一言だけで、背筋が正された。

 

「空が……切れてます」

 

「切れてる?」

 

「はい。風が、そこで行き止まりになるんです。空気が先に進めてない」

 

 白雲の示した先には、何もない。フェンスも、扉も、魔法陣もない。ただの壁と影だけだ。

 

 俺は一歩、近づいた。

 瞬間、肺に入る空気が変わった。冷たいわけじゃない。だが、密度が違う。吸っているはずなのに、半分しか入ってこない感覚。

 

 その時、背後から静かな声が落ちた。

 

「……冷えています、若」

 

 モネだった。

 視線は一点に固定され、表情はいつも通り薄い笑みのまま。

 

「雪の冷たさじゃありません。

 これは……境界の冷えです」

 

 俺は無言で頷いた。

 この感覚に、覚えがある。

 

 ――黒い野良猫。

 実家の縁側で、何の警戒もなく膝に乗ってきたあの黒猫。確かに生きているのに、どこか“こちら側だけの存在じゃない”気配。

 

 同じだ。

 この場所には、あれと同質の歪みがある。

 

「黒歌……」

 

 名前を口にした瞬間、空気がきしんだ。

 ほんの一瞬。だが、確かに“正解だ”と告げられた気がした。

 

 俺は校舎の壁に手を当てた。

 冷たい。そして、薄い。壊れそうという意味じゃない。存在そのものが、向こう側と重なりかけている薄さだ。

 

「今は、まだ通れないな」

 

 白雲が小さく頷き、モネは何も言わず視線を逸らした。二人とも理解している。ここは入口だが、まだ開く時じゃない。

 

 それでも確信はあった。

 

 黒歌は、ここを通った。

 正確には――ここを“擦った”。

 

 完全な門ではない。だが、境界が削れた痕跡が、確かに残っている。

 

「行き先は……冥界の辺境だ」

 

 俺はそう結論づけた。

 本土じゃない。秩序の中心でも、権力の座でもない。はみ出した存在が流れ着く場所。拒まれ、捨てられ、それでも生き延びた者たちの溜まり場。

 

 黒歌が行くなら、そこだ。

 

 俺は一度、背後の校舎を振り返った。

 昼の喧騒が嘘のように、窓は暗く沈んでいる。世界はまだ日常の顔をしている。

 

「……戻るぞ」

 

 今は観測でいい。踏み込むのは、その先だ。

 

 だが道は見えた。

 この廃校舎の裏――ここが、次の一歩の始点になる。

 

 夜風が吹き、影が揺れた。

 一瞬、影の奥で何かがこちらを見ていた気がしたが、振り返った時にはもう何もいなかった。

 

 ただ、薄く歪んだ空気だけが、そこに残っていた。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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