サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
冥界の森は、静かすぎた。
風はある。枝も揺れている。だが、生き物の気配が薄い。
音が吸われていくような感覚だけが、足元から這い上がってくる。
「……この先だな」
俺は立ち止まり、地面に残るわずかな痕跡に目を凝らした。
白雲が言っていた通りだ。
気配は薄いが、完全に消えてはいない。
意図的に隠されている――それも、かなり慣れたやり方で。
「若、ここ……空気が変わってます」
白雲の声が低くなる。
雲でできた身体が、森の上層に薄く広がり、視界を確保しているのが分かった。
「足跡は……複数。でも、大きいのは一つだけ」
モネが地面に膝をつき、指先で霜を這わせる。
その霜が、地形と痕跡を浮かび上がらせていく。
「……猫だな」
思わず口に出た。
サイズの違う足跡が、同じ方向へ集まっている。
逃げているわけじゃない。
隠れている――いや、守っている。
胸の奥が、微かにざわついた。
理由は分からない。
だが、嫌な予感ではなかった。
俺は片手を上げ、二人に合図する。
「ここから先、慎重に行く。
戦闘準備は維持。ただし、先に仕掛けるな」
二人が無言で頷く。
その信頼が、今はありがたかった。
森の奥へ、一歩ずつ進む。
木々の間隔が不自然に狭まり、視界が遮られる。
まるで、ここだけが“閉じられている”みたいだった。
――いた。
最初に見えたのは、小さな影だった。
それだけではない。
その黒猫とは対面したのは、兵藤達がいる。
「・・・なるほど」
そして、黒猫と思っていた彼女の真の姿が見える。
俺は一度、深く息を吸う。
俺は一度だけ視線を伏せ、腕の妖怪ウォッチを見つめた。
「……フユニャン」
名を呼んだ瞬間、空気がひやりと冷える。
舞い落ちる雪片のように、白い光が集まり、次の瞬間には一つの影を形作った。
「呼ばれたからには、応えねばならぬな。
フユニャン、ここに参上なのだニャン」
静かだが、芯の通った声。
冥界の空気に飲まれることなく、堂々と立つその姿に、自然と背筋が伸びる。
「太郎……いや、今は違うか。
この場の気配、只事ではないのだニャン」
フユニャンの視線が、黒猫の方へと向く。
警戒ではなく、観察。
相手の格を測る、戦士の目だ。
「分かってる」
俺は短く答えた。
「だからこそ、ここは中途半端じゃダメだ。
力を振りかざすためじゃない。
“話すため”に、ちゃんとした姿になる」
フユニャンはしばし黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……なるほど。
戦わぬ覚悟を、戦う姿で示すというわけか」
少しだけ、口角が上がる。
「相変わらず難儀な役目を選ぶ男なのだニャン。
だが……嫌いではない」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。
「一緒に行こう、フユニャン」
「無論なのだニャン。
月の名を冠するなら、拙者も力を貸そう」
俺は妖怪ウォッチを構え、操作に入る。
『Y!チェンジ!』
澄んだ音声が冥界の森に響き渡る。
同時に、フユニャンの身体が淡い青白い光へとほどけていった。
「行くぞ太郎。
月光のもと、我らの心を一つにするのだニャン!」
冷気が渦を巻き、月光のような輝きが降り注ぐ。
俺の輪郭が揺らぎ、重さと軽さが同時に押し寄せる。
装甲が静かに形成されていく。
鋭さではなく、澄んだ強さを宿した姿。
「……」
最後に、フユニャンの気配がぴたりと重なった。
「ブルームーンが君を照らすよ」
光が収束し、森は再び静けさを取り戻す。
俺は、ブルームーンとしてそこに立っていた。
月のように静かで、しかし確かな存在感。
威圧するためではなく、距離を縮めるための姿。
俺は黒猫の方へ向き直り、ゆっくりと一歩踏み出す。
「……驚かせたなら、悪かった」
声は落ち着いている。
「でも、これが今の僕だ」
心の奥から、フユニャンの声が届く。
「焦るでない。
言葉を交わすのだニャン。
それがお前の選んだ道なのだから」
「ああ……分かってる」
俺は武器を構えないまま、月光の下に立ち続ける。
この姿は、戦いのためじゃない。
対話のための形。
次回の王は
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妖怪王
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幻想王