サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
冥界の空は、どこまでも低かった。
星のない闇が天蓋のように覆い、地平線の向こうでは淡い青白い霧が揺れている。
足元の地面は冷え切っていて、踏みしめるたびに乾いた音を立てた。
その中心で、僕はブルームーンとして立っていた。
身体の輪郭を包む冷たい妖気と、胸の奥で脈打つ鼓動。そのどちらもが、今の僕が“ここにいる”ことを否応なく教えてくる。
――見えた。
闇の向こう。
わずかな気配の揺らぎ。
それは敵意ではなく、もっと静かで、もっと懐かしいものだった。
黒猫。
言葉にしなくても分かる。
追い求めてきた痕跡の終点が、そこにある。
周囲にいた白雲とモネが、即座に反応した。
白雲は雲の身体を低く広げ、逃走経路を頭の中で組み立てているのが分かる。
モネは無言のまま、翼をわずかに震わせて視線を走らせていた。
どちらも、戦う準備ができている。
けれど――僕は、一歩前に出た。
「……待って」
その一言で、二人は止まった。
冥界の空気が、ぴたりと張り詰める。
僕は武器を構えなかった。
代わりに、両手を下げて、黒猫の方を見る。
距離はまだある。
けれど、視線は確かに交わった。
「ここじゃない」
自分の声が、思ったよりも静かに響いた。
感情を乗せすぎないように、けれど逃げないように。
「今ここで、何かを決める場所じゃないと思う」
黒猫は動かない。
その背後で、小さな猫達が身を寄せ合っているのが見えた。
警戒と不安が入り混じった、張りつめた気配。
「戦いに来たわけじゃない」
一歩、また一歩。
ゆっくりと距離を詰めながら、言葉を選ぶ。
「……僕は、話がしたいだけだ」
言い切りだった。
説得でも命令でもない。
ただの、選択の提示。
一瞬、冥界の風が止まったように感じた。
そして、黒猫が低く鳴く。
短い声。
それだけで、周囲の小猫達がざわめいた。
黒猫は一度だけ後ろを振り返り、小猫達を見る。
その仕草に、迷いが混じっているのが分かった。
僕は言葉を重ねない。
選ぶのは、あくまで相手だ。
「・・・話しても良いけど」
「あぁ、分かった」
それと共に、白雲がすぐに動いた。
周囲の空気が歪み、視界が曇る。
雲が流れるように広がり、こちらの輪郭を曖昧にしていく。
モネは無言で地面に手をつき、冷気を走らせた。
足跡も、気配も、すべてを薄く消し去るための動きだ。
「行こう」
僕はそう言って、黒猫の歩調に合わせる。
無理に急がせない。
並んで歩く、その距離を大事にする。
背後で、誰かが追ってくる気配はない。
冥界は広く、そして深い。
今はただ、この場を離れることが最優先だった。
離脱の途中、黒猫が一度だけ振り返った。
そこにはもう、敵も味方もいない。
残っているのは、過去と、未整理の感情だけだ。
僕はそれを横目で感じ取りながら、胸の内で静かに決める。
――切る前に、聞く。
――壊す前に、知る。
それが今の僕のやり方だ。
強さよりも、速さよりも、選び続けることをやめない。
次回の王は
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妖怪王
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