サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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故郷と黒猫 Ⅷ

冥界の森は、音が歪んでいた。

 木々の間を渡る風は低く、葉擦れの音すらどこか遠い。地面に広がる影は月光を拒むように濃く、そこに小さな影が幾つも集まっていた。

 

 黒歌。

 それが彼女の本当の名前。

 その視線に敵意はある。だが、殺意ではない。もっと曖昧で、もっと厄介な感情だ。

 

「……やっぱり、来たんだね」

 

 ブルームーンの身体のまま、僕は一歩だけ前に出る。

 フユニャンは肩口で静かに息を潜め、口を挟まない。その沈黙が、今はありがたかった。

 

「正体、ばれちゃったかぁ……」

 

 黒歌は自嘲気味に笑う。

 その声は軽い。だが、軽すぎて、逆に重い。

 

「隠れてたつもりだったんだけどな。猫のふり、結構上手だったでしょ?」

 

「……ああ」

 

 僕は肯定だけを返す。

 否定もしない。慰めもしない。今は、それが一番誠実だと思った。

 

 黒歌は少しだけ目を伏せた。

 

「知ってるよ。私が、何か探してたってことも」

 

 胸が、わずかに軋む。

 

「でもさ……」

 

 彼女は顔を上げる。

 月明かりがその瞳を照らし、猫のそれとは思えないほど、人間的な迷いが浮かんでいた。

 

「自分でも分からないんだよ」

 

 その言葉は、吐き出すようだった。

 

「欲しいものがあるはずなのに、それが何なのか分からない。

 探してるはずなのに、見つけたいのかどうかも分からない」

 

 小猫たちが、不安げに鳴く。

 黒歌はそれを制するように手を振った。

 

「……だから、これ以上は関わらせない」

 

 空気が変わる。

 黒歌の身体から、冥界特有の冷たい気配が滲み出す。毛並みが逆立ち、地面の影が彼女に引き寄せられるように揺れた。

 

「近づかないで。

 答えが分からないまま、誰かを巻き込むのは……もう嫌なんだ」

 

 ブルームーンとして、僕も構える。

 武器を向けるわけではない。ただ、退かない姿勢を示す。

 

「……それでも、話は終わっていない」

 

「終わってるよ」

 

 黒歌は即座に言い切る。

 

「分からないものを、分からないまま抱えてる。

 それが私なんだ。綺麗な理由も、立派な目的もない」

 

 彼女は一歩、こちらに踏み出した。

 攻撃の間合いではない。だが、退路を断つ距離。

 

「だから――」

 

 黒歌の声が、震える。

 

「これ以上、優しくしないで!」

 

 叫びだった。

 冥界の森に反響し、小猫たちが一斉に身をすくめる。

 

「答えなんてないのに!

 探してるものが分からないのに!

 それでも彷徨ってる自分を、誰かに見られるのが……一番、嫌なんだ!」

 

 その言葉は、刃よりも鋭く、痛かった。

 

 僕は一歩も動かない。

 動けなかった、という方が正しい。

 

 黒歌の身体から溢れた感情が、月光に溶ける。

 それは怒りでも、悲しみでもない。

 答えを持てないまま生きていることへの、どうしようもない叫びだった。

 

 黒歌は荒い息のまま、こちらを睨む。

 

「……だから、戦う。

 話すために、じゃない。

 これ以上、踏み込ませないために」

 

 冥界の風が、二人の間を裂いた。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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