サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
冥界の森は、音が歪んでいた。
木々の間を渡る風は低く、葉擦れの音すらどこか遠い。地面に広がる影は月光を拒むように濃く、そこに小さな影が幾つも集まっていた。
黒歌。
それが彼女の本当の名前。
その視線に敵意はある。だが、殺意ではない。もっと曖昧で、もっと厄介な感情だ。
「……やっぱり、来たんだね」
ブルームーンの身体のまま、僕は一歩だけ前に出る。
フユニャンは肩口で静かに息を潜め、口を挟まない。その沈黙が、今はありがたかった。
「正体、ばれちゃったかぁ……」
黒歌は自嘲気味に笑う。
その声は軽い。だが、軽すぎて、逆に重い。
「隠れてたつもりだったんだけどな。猫のふり、結構上手だったでしょ?」
「……ああ」
僕は肯定だけを返す。
否定もしない。慰めもしない。今は、それが一番誠実だと思った。
黒歌は少しだけ目を伏せた。
「知ってるよ。私が、何か探してたってことも」
胸が、わずかに軋む。
「でもさ……」
彼女は顔を上げる。
月明かりがその瞳を照らし、猫のそれとは思えないほど、人間的な迷いが浮かんでいた。
「自分でも分からないんだよ」
その言葉は、吐き出すようだった。
「欲しいものがあるはずなのに、それが何なのか分からない。
探してるはずなのに、見つけたいのかどうかも分からない」
小猫たちが、不安げに鳴く。
黒歌はそれを制するように手を振った。
「……だから、これ以上は関わらせない」
空気が変わる。
黒歌の身体から、冥界特有の冷たい気配が滲み出す。毛並みが逆立ち、地面の影が彼女に引き寄せられるように揺れた。
「近づかないで。
答えが分からないまま、誰かを巻き込むのは……もう嫌なんだ」
ブルームーンとして、僕も構える。
武器を向けるわけではない。ただ、退かない姿勢を示す。
「……それでも、話は終わっていない」
「終わってるよ」
黒歌は即座に言い切る。
「分からないものを、分からないまま抱えてる。
それが私なんだ。綺麗な理由も、立派な目的もない」
彼女は一歩、こちらに踏み出した。
攻撃の間合いではない。だが、退路を断つ距離。
「だから――」
黒歌の声が、震える。
「これ以上、優しくしないで!」
叫びだった。
冥界の森に反響し、小猫たちが一斉に身をすくめる。
「答えなんてないのに!
探してるものが分からないのに!
それでも彷徨ってる自分を、誰かに見られるのが……一番、嫌なんだ!」
その言葉は、刃よりも鋭く、痛かった。
僕は一歩も動かない。
動けなかった、という方が正しい。
黒歌の身体から溢れた感情が、月光に溶ける。
それは怒りでも、悲しみでもない。
答えを持てないまま生きていることへの、どうしようもない叫びだった。
黒歌は荒い息のまま、こちらを睨む。
「……だから、戦う。
話すために、じゃない。
これ以上、踏み込ませないために」
冥界の風が、二人の間を裂いた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王