サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

580 / 708
故郷と黒猫 Ⅸ

森の空気は、静寂というより――重力の歪みのように沈んでいた。

葉擦れの音すら、こちらに届く前に消える。

まるで、存在そのものが圧縮されているかのような空間。

 

俺は、ゆっくりと足を踏み締めたまま、黒歌を見据えていた。

前には黒猫のような姿をした彼女。

その周囲には複数の小猫が寄り添っているが、こちらの姿を見るでもなく、黒歌自身もまた、こちらを完全には敵視していないように見えた。

 

ただ、戦う覚悟だけは確かにある――

その瞳が物語っていた。

 

「……黒歌。まだ戦いの理由が“分からない”ままなのか?」

 

声に出して問いかけると、黒歌は一瞬だけ眉をひそめた。

その表情は、戦意でも怒りでもなく、困惑そのものだった。

 

「……分からないよ。

 誰かを守るために戦い続けてきたはずなのに、

 私は今――一体何を求めているのか分からない」

 

黒歌の声は、震えていた。

それは怒りでも悲しみでもなく――

“出口のない彷徨い”そのものだった。

 

その瞬間、白雲が空高く体を伸ばし、濃い雲の層を形成し始める。

同時にモネが、そっと地面に粉雪を散らした。

雪は足元を静かに覆い、黒歌の踏み込みを自然に削いでいく。

 

白雲の囁きと、モネの冷気がささやかに場を満たす。

その空間は動かないまま、守る意志だけが滲むように結界を生む。

 

その結界の中心で、黒歌は短く吐き捨てるように言った。

 

「……守るために戦ってきたって、そう思っていた。

 でも、守るべき相手を失った私は――

 何のために刀を抜けばいいんだよ……」

 

その言葉は、森の空気を震わせるほど深く静かだった。

黒歌はそのまま、次の瞬間に動いた。

 

だが、彼女の突進は雪と雲と水の奔流によって制御された。

ブルームーンの蒼い防壁は、まるで水の膜のように黒歌の刃先を受け止める。

 

――切り裂くための剣が、

 切れ味そのものを失うような不思議な静けさで。

 

ブルームーンは動かない。

蒼い水の奔流を盾として立て、相手の攻撃を“受ける”ことだけを選んでいた。

 

黒歌の息遣いが荒くなる。

攻撃は強烈に来るが、防壁の前ではすべて勢いを失う。

 

「何で……こんな風に止められるんだよ……!」

 

黒歌の鳴き声は、怒りでも悲しみでもない――

自分自身への苛立ちそのものだった。

 

そのまま何度も攻撃を繰り出すたびに、黒歌の呼吸は重くなり、刃を振るう腕が震え始める。

白雲は上空で厚い雲を漂わせ、光の加減だけを微妙に変化させる。これによって黒歌の視界はわずかに揺らぎ、攻撃のリズムは乱されていく。

 

モネは静かに雪を舞わせ、戦線を安定させる。

雪は攻撃の勢いを直接止めるのではなく、足元の感覚だけをそっと曇らせる。

黒歌は踏ん張るたびに、理想と現実のギャップに苛立つように声を漏らす。

 

「……私は……私は……!」

 

黒歌の叫びは、やがて言葉になり始めた。

 

「守るために戦ってきた……はずだったのに。

 でも……今の私は……何のために戦ってるのかも分からない……!」

 

彼女は、その叫びを吐き捨てるように繰り返した。

その瞬間、黒歌の姿勢が一瞬だけ揺らいだ。

攻撃も止まった――怒りではなく、“問い”としての叫びの最中だった。

 

ブルームーンは防壁を下げることなく、ただ静かに彼女を見据える。

 

「……君が求めているものは、

 戦う理由そのものじゃない。

 “言葉”なんじゃないか?」

 

ブルームーンの声音は、決して強くはない。

だが、その言葉は黒歌の耳に届いた。

 

黒歌の胸が、ふるりと震えた。

攻撃の手は下がり、ただその場に立ったまま――

 

「言葉……?」

 

黒歌が呟く。

それは、自分でも気づかなかった問いの欠片だった。

 

蒼い水膜の防壁は、やがてしっとりと静かに溶けていく。

雪は舞い続け、雲は穏やかに空を覆う。

 

黒歌の瞳は、わずかに震えた。

 

「……戦ってきた理由なんて、

 ずっと分からないままだった……!」

 

その声は、怒りでも悲しみでもない。

ただ――自分自身を見失っていたことを告白するような叫びだった。

 

黒歌の足は震え、膝ががくりと折れる。

 

「だから……

 どうしても……どうしても……!」

 

その叫びは、森の中の空気すべてを震わせた。

 

そして、ようやく――

 

静寂が戻った。

 

雪は降り続け、雲は遠くへ流れ、

蒼い奔流は静かな川のように流れ消えていく。

 

黒歌はただ、そこで膝をついたまま、

答えを探すように空を見上げていた。

 

――終わりではない。

だが、戦いは終わった。

 

問いは残ったままだが、

その重さは、もう叫びとして爆発するしかなかった。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。