サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
森の空気は、静寂というより――重力の歪みのように沈んでいた。
葉擦れの音すら、こちらに届く前に消える。
まるで、存在そのものが圧縮されているかのような空間。
俺は、ゆっくりと足を踏み締めたまま、黒歌を見据えていた。
前には黒猫のような姿をした彼女。
その周囲には複数の小猫が寄り添っているが、こちらの姿を見るでもなく、黒歌自身もまた、こちらを完全には敵視していないように見えた。
ただ、戦う覚悟だけは確かにある――
その瞳が物語っていた。
「……黒歌。まだ戦いの理由が“分からない”ままなのか?」
声に出して問いかけると、黒歌は一瞬だけ眉をひそめた。
その表情は、戦意でも怒りでもなく、困惑そのものだった。
「……分からないよ。
誰かを守るために戦い続けてきたはずなのに、
私は今――一体何を求めているのか分からない」
黒歌の声は、震えていた。
それは怒りでも悲しみでもなく――
“出口のない彷徨い”そのものだった。
その瞬間、白雲が空高く体を伸ばし、濃い雲の層を形成し始める。
同時にモネが、そっと地面に粉雪を散らした。
雪は足元を静かに覆い、黒歌の踏み込みを自然に削いでいく。
白雲の囁きと、モネの冷気がささやかに場を満たす。
その空間は動かないまま、守る意志だけが滲むように結界を生む。
その結界の中心で、黒歌は短く吐き捨てるように言った。
「……守るために戦ってきたって、そう思っていた。
でも、守るべき相手を失った私は――
何のために刀を抜けばいいんだよ……」
その言葉は、森の空気を震わせるほど深く静かだった。
黒歌はそのまま、次の瞬間に動いた。
だが、彼女の突進は雪と雲と水の奔流によって制御された。
ブルームーンの蒼い防壁は、まるで水の膜のように黒歌の刃先を受け止める。
――切り裂くための剣が、
切れ味そのものを失うような不思議な静けさで。
ブルームーンは動かない。
蒼い水の奔流を盾として立て、相手の攻撃を“受ける”ことだけを選んでいた。
黒歌の息遣いが荒くなる。
攻撃は強烈に来るが、防壁の前ではすべて勢いを失う。
「何で……こんな風に止められるんだよ……!」
黒歌の鳴き声は、怒りでも悲しみでもない――
自分自身への苛立ちそのものだった。
そのまま何度も攻撃を繰り出すたびに、黒歌の呼吸は重くなり、刃を振るう腕が震え始める。
白雲は上空で厚い雲を漂わせ、光の加減だけを微妙に変化させる。これによって黒歌の視界はわずかに揺らぎ、攻撃のリズムは乱されていく。
モネは静かに雪を舞わせ、戦線を安定させる。
雪は攻撃の勢いを直接止めるのではなく、足元の感覚だけをそっと曇らせる。
黒歌は踏ん張るたびに、理想と現実のギャップに苛立つように声を漏らす。
「……私は……私は……!」
黒歌の叫びは、やがて言葉になり始めた。
「守るために戦ってきた……はずだったのに。
でも……今の私は……何のために戦ってるのかも分からない……!」
彼女は、その叫びを吐き捨てるように繰り返した。
その瞬間、黒歌の姿勢が一瞬だけ揺らいだ。
攻撃も止まった――怒りではなく、“問い”としての叫びの最中だった。
ブルームーンは防壁を下げることなく、ただ静かに彼女を見据える。
「……君が求めているものは、
戦う理由そのものじゃない。
“言葉”なんじゃないか?」
ブルームーンの声音は、決して強くはない。
だが、その言葉は黒歌の耳に届いた。
黒歌の胸が、ふるりと震えた。
攻撃の手は下がり、ただその場に立ったまま――
「言葉……?」
黒歌が呟く。
それは、自分でも気づかなかった問いの欠片だった。
蒼い水膜の防壁は、やがてしっとりと静かに溶けていく。
雪は舞い続け、雲は穏やかに空を覆う。
黒歌の瞳は、わずかに震えた。
「……戦ってきた理由なんて、
ずっと分からないままだった……!」
その声は、怒りでも悲しみでもない。
ただ――自分自身を見失っていたことを告白するような叫びだった。
黒歌の足は震え、膝ががくりと折れる。
「だから……
どうしても……どうしても……!」
その叫びは、森の中の空気すべてを震わせた。
そして、ようやく――
静寂が戻った。
雪は降り続け、雲は遠くへ流れ、
蒼い奔流は静かな川のように流れ消えていく。
黒歌はただ、そこで膝をついたまま、
答えを探すように空を見上げていた。
――終わりではない。
だが、戦いは終わった。
問いは残ったままだが、
その重さは、もう叫びとして爆発するしかなかった。
次回の王は
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