サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
枠としては兵士の駒、一つ。
朝の空気は、夏の名残をわずかに引きずりながらも、確かに新学期の匂いを含んでいた。
制服の袖口を揺らす風が少しだけ乾いていて、季節が一段階進んだことを否応なく意識させる。
俺と絶花は並んで登校していた。
中等部の校舎が見える距離になるまで、会話は多くない。理由は単純だ。俺の頭の中が、まだ整理しきれていなかったからだ。
三大勢力。
悪魔、天使、堕天使。
あの会議の場で見たのは、和平という言葉とは裏腹の、張り付いたような均衡だった。誰もが疑い、誰もが腹を隠している。あの場にいた連中は、少なくとも「正解」を知らない。知っているのは、どこかで均衡が崩れるということだけだ。
――俺は、どう動く?
調停者になる気はない。
誰かの代表として裁定を下すほど、俺は万能じゃない。
だから観測者であり、収集者でいる。
見て、集めて、必要な時にだけ刃を出す。
だが、その立場は常に危うい。
一歩踏み外せば、正体は露見する。
中等部という立場は、今の俺にとって盾であり、同時に枷だ。
「……太郎」
絶花が、横目でこちらを見ながら声をかけてくる。
心配と呆れが半分ずつ混じったような表情だ。
「考え事?」
「まあな」
短く返すと、絶花はそれ以上踏み込んでこなかった。
この距離感が、ありがたい。
その時だった。
前方から歩いてくる男が、妙に目についた。
高等部の制服。
背は高く、歩き方は気怠げ。
だが何より――その視線の向け方が、周囲と噛み合っていない。
俺は一瞬、「先輩か」と判断しかけて、すぐに訂正した。
……違う。
距離の詰め方が早い。
視線が、探るようにこちらをなぞっている。
そして何より、その口元。
「おー、朝から仲ええなあ。新学期早々、青春やん」
軽口。
だが、軽すぎる。
俺と絶花は、ほぼ同時に気づいた。
絶花が一瞬だけ目を見開き、それから笑いを噛み殺す。
「……あ」
「お、分かった顔やな」
男は楽しそうに口角を上げた。
間違いない。
「久しぶりやな、太郎。……それに、絶花ちゃんも」
平子真子。
高等部の制服を着ているというだけで、違和感の塊みたいな男。
「……平子」
思わず名前を呼ぶと、平子は満足そうに頷いた。
「せや。正解。さすがやなあ」
その瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ緩む。
嬉しい。
それは否定しようがない。
だが、同時に周囲の気配が一気に増えた。
登校時間帯。生徒の流れが太くなり、視線が交差する。
平子はそれを見逃さなかった。
「いやー、それにしても中等部は元気やな! 朝から人多すぎて酔いそうやわ!」
わざと声量を上げ、身振りも大きくする。
視線が、俺たちから平子へと吸い寄せられていく。
……なるほど。
壁だ。
俺と絶花を、群衆から切り離すための。
「こっちの道、日陰多いやろ。ちょい歩きやすいで」
自然な流れで進路をずらす。
完全に人目を断つわけじゃない。
だが、会話が拾われにくい位置取り。
平子は歩きながら、ちらりと俺を見る。
「なあ太郎。今、何考えとった?」
「……分かってて聞くな」
「せやから聞くんや。三大勢力のこと、やろ?」
核心に触れながら、言い切らない。
いつものやり方だ。
「知りたいんは看板か? それとも中身か?」
俺は少し考えてから答えた。
「……中身だ」
平子は、にやりと笑う。
「ほな、ひっくり返して見い。正面から見るな。背中を見ろ」
逆さ。
平子らしい比喩。
絶花が、横から小さくため息をついた。
「……相変わらず、分かりにくいです」
「せやろ? せやけど、考える時間は与えたる」
平子はそれ以上説明しなかった。
代わりに、断片だけを落とす。
「会議室は和平ムードや。でもな、末端は疑っとる。結局動くんは、勢力やのうて“現場で決める人間”や」
それだけ。
そして問いを投げる。
「太郎。先に見るんはどっちや。高等部の“顔”か、それとも外側で嗅ぎ回っとる“影”か」
俺は迷わなかった。
「……顔だ。ただし、俺は表に出ない」
平子は「せやな」と短く返した。
それで十分だという顔で。
校門が近づく。
生徒の流れがさらに密になる。
平子はまた一段と声を張り、周囲の注意を完全に自分へ引きつけた。
結果、俺と絶花はただの中等部生徒として、その場に溶け込む。
別れ際。
平子の笑みが、一瞬だけ消えた。
「太郎。観測者はな、見たもんに責任持つ立場や」
短い言葉。冗談はない。
「誰かの代わりに決めたらあかん。決めるんは、お前や」
それだけ言って、再び軽口に戻る。
「放課後、校舎裏の風抜けるとこ。来れるなら来い。来んでもええ」
理由は告げない。
選ぶのは、俺だ。
平子は手を振り、高等部の人波へ消えていった。
「……また厄介な人が来たね」
絶花が苦笑する。
「でも、味方だ」
俺はそう答えた。
少なくとも、今は。
胸の奥で、新しい歯車が静かに回り始めるのを感じながら、俺は校門をくぐった。
次回の王は
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妖怪王
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怪獣王
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幻想王