サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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嘘つきと暴走 Ⅳ

絶花がふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば……あの人の名前、ディオドラって言ったよね」

 

その瞬間、俺は足を止めかけた。

 

「……は?」

 

素で間の抜けた声が出たのを自覚した。

絶花が俺を見る。その表情には、少しだけ驚きと、少しだけ呆れが混じっていた。

 

「太郎、さっきから“最悪野郎”って言ってたけど……名前、知らなかったの?」

 

「いや、顔と中身は覚えてる。だが名前が出てこなかった」

 

事実を述べただけだ。

だが、絶花は納得していない顔だった。

 

「ディオドラ・アスタロト。アヴィ先輩の……元・婚約者だよ」

 

その説明で、ようやく記憶の棚が正確に整理される。

屋上、頭を下げるアヴィ先輩、あの男の見下した視線。

全部、一本の線で繋がった。

 

「ああ……あいつか」

 

そして、次の言葉はほとんど反射だった。

 

「最低すぎて、名前を覚える価値がなかった」

 

自分でも驚くほど、即答だった。

絶花は一瞬きょとんとしたあと、苦笑いを浮かべる。

 

「……それ、忘れてたって言うのかな」

 

「言う。人間として印象が悪すぎると、固有名詞が脱落する」

 

学術的に正しいかは知らんが、俺の中では事実だ。

 

そこへ、横から噴き出すような声。

 

「ちょ、ちょ待ち。理由ひどすぎるやろ」

 

平子が腹を押さえながら笑っていた。

 

「名前忘れた理由が“最低すぎたから”って、逆にレアやで」

「普通はトラウマで覚えるもんやろ」

 

「覚えるに値しなかっただけだ」

 

俺は肩をすくめる。

絶花が、少し真面目な声で続けた。

 

「でも……あの人、アヴィ先輩の努力を全部否定してた」

「才能がないから従え、断る権利はないって……」

 

その言葉で、絶花の中の怒りが再点火したのが分かった。

俺はそれを遮らず、最後まで聞いた上で言う。

 

「だからこそ、名前を忘れた」

「肩書きや血筋で人を測る奴は、いずれ自分の尺度で溺れる」

 

平子は少しだけ笑みを引っ込めた。

 

「……なるほどな」

「太郎、お前、嫌いな相手ほど“観測対象から外す”タイプやな」

 

「敵として見る価値が出たら、思い出す」

 

その時が来たら、対応する。それだけだ。

 

絶花はまだ納得しきれていない様子だったが、俺の言葉を否定はしなかった。

ただ、小さく呟く。

 

「……それでも、忘れないで。あの人は、人を傷つけた」

 

「分かってる」

 

名前は忘れても、やったことは忘れない。

その線引きだけは、間違えない。

 

平子は最後に軽く手を振った。

 

「その怒りを、どう使うつもりだ」

 

絶花は言葉を失った。

怒りはある。でも、その先が見えていない。

 

「怒りは正しい。だがな、振り回せば刃は自分を向く」

「俺は、あいつを止めたいわけじゃない。まだ“理由”が足りねぇ」

 

絶花は不満そうだったが、俺がアヴィ先輩の件を軽く扱っていないことは伝わったらしい。

納得はしていない。ただ、飲み込んだ。

 

そこへ、後ろから軽い声が割り込む。

 

「ええ顔しとるやん、絶花ちゃん」

 

振り返ると、見慣れた高等部の制服。

その口調で、正体は即座に察した。

 

「久しぶりやな。太郎、絶花」

 

平子はいつものように笑っていたが、その目は周囲を測るように冷えている。

 

「怒りってな、雑に使うと裏切るで」

「ディオドラは、自分の怒りを正義やと思っとるタイプや。次に動く時は派手やろな」

 

それ以上は語らない。断片だけを投げて、考えさせるやり方だ。

 

別れ際、平子は俺にだけ聞こえる声で言った。

 

「怒りは方向指示器や。矢印がどこ向くか、見せてもらうで」

 

俺は答えなかった。

ただ心の中で決める。

 

――ディオドラが次に怒りを向けた相手。

それが、俺の動く理由になる。

 

絶花の中に残った未消化の怒りと、平子の不穏な予告。

その二つが交差する地点に、次の事件は待っている気がした。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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