サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
絶花がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……あの人の名前、ディオドラって言ったよね」
その瞬間、俺は足を止めかけた。
「……は?」
素で間の抜けた声が出たのを自覚した。
絶花が俺を見る。その表情には、少しだけ驚きと、少しだけ呆れが混じっていた。
「太郎、さっきから“最悪野郎”って言ってたけど……名前、知らなかったの?」
「いや、顔と中身は覚えてる。だが名前が出てこなかった」
事実を述べただけだ。
だが、絶花は納得していない顔だった。
「ディオドラ・アスタロト。アヴィ先輩の……元・婚約者だよ」
その説明で、ようやく記憶の棚が正確に整理される。
屋上、頭を下げるアヴィ先輩、あの男の見下した視線。
全部、一本の線で繋がった。
「ああ……あいつか」
そして、次の言葉はほとんど反射だった。
「最低すぎて、名前を覚える価値がなかった」
自分でも驚くほど、即答だった。
絶花は一瞬きょとんとしたあと、苦笑いを浮かべる。
「……それ、忘れてたって言うのかな」
「言う。人間として印象が悪すぎると、固有名詞が脱落する」
学術的に正しいかは知らんが、俺の中では事実だ。
そこへ、横から噴き出すような声。
「ちょ、ちょ待ち。理由ひどすぎるやろ」
平子が腹を押さえながら笑っていた。
「名前忘れた理由が“最低すぎたから”って、逆にレアやで」
「普通はトラウマで覚えるもんやろ」
「覚えるに値しなかっただけだ」
俺は肩をすくめる。
絶花が、少し真面目な声で続けた。
「でも……あの人、アヴィ先輩の努力を全部否定してた」
「才能がないから従え、断る権利はないって……」
その言葉で、絶花の中の怒りが再点火したのが分かった。
俺はそれを遮らず、最後まで聞いた上で言う。
「だからこそ、名前を忘れた」
「肩書きや血筋で人を測る奴は、いずれ自分の尺度で溺れる」
平子は少しだけ笑みを引っ込めた。
「……なるほどな」
「太郎、お前、嫌いな相手ほど“観測対象から外す”タイプやな」
「敵として見る価値が出たら、思い出す」
その時が来たら、対応する。それだけだ。
絶花はまだ納得しきれていない様子だったが、俺の言葉を否定はしなかった。
ただ、小さく呟く。
「……それでも、忘れないで。あの人は、人を傷つけた」
「分かってる」
名前は忘れても、やったことは忘れない。
その線引きだけは、間違えない。
平子は最後に軽く手を振った。
「その怒りを、どう使うつもりだ」
絶花は言葉を失った。
怒りはある。でも、その先が見えていない。
「怒りは正しい。だがな、振り回せば刃は自分を向く」
「俺は、あいつを止めたいわけじゃない。まだ“理由”が足りねぇ」
絶花は不満そうだったが、俺がアヴィ先輩の件を軽く扱っていないことは伝わったらしい。
納得はしていない。ただ、飲み込んだ。
そこへ、後ろから軽い声が割り込む。
「ええ顔しとるやん、絶花ちゃん」
振り返ると、見慣れた高等部の制服。
その口調で、正体は即座に察した。
「久しぶりやな。太郎、絶花」
平子はいつものように笑っていたが、その目は周囲を測るように冷えている。
「怒りってな、雑に使うと裏切るで」
「ディオドラは、自分の怒りを正義やと思っとるタイプや。次に動く時は派手やろな」
それ以上は語らない。断片だけを投げて、考えさせるやり方だ。
別れ際、平子は俺にだけ聞こえる声で言った。
「怒りは方向指示器や。矢印がどこ向くか、見せてもらうで」
俺は答えなかった。
ただ心の中で決める。
――ディオドラが次に怒りを向けた相手。
それが、俺の動く理由になる。
絶花の中に残った未消化の怒りと、平子の不穏な予告。
その二つが交差する地点に、次の事件は待っている気がした。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王