サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
結界内の空気は、もはや試合のそれではなかった。
地面に刻まれた魔方陣が、淡い紫光を放ちながら次々と展開され、空間そのものが侵食されていく。
その中心付近で、リアス陣営の隊列は大きく乱れていた。
「……アーシアが、いない……?」
兵藤の声が震えた。
次の瞬間、リアスが歯を噛みしめる。
「……攫われたわ。ディオドラに」
その言葉が落ちた直後、空間が裂けるように歪み、拙者は彼女たちの前に降り立った。
砂を蹴散らしながら着地した紅丸の姿に、一同が息を呑む。
「紅丸……!?」
「どうして、ここに……!」
だが、その視線はすぐに、拙者の背後ではなく、空を走る魔力の軌跡へと向けられた。
アーシアの気配が、はっきりと遠ざかっていくのが分かる。
「……時間がない」
拙者は短く告げた。
「ディオドラはまだこの結界内にいる。
だが、彼の背後にいる連中が動き始めている」
「じゃあ……アーシアは……!」
「必ず取り戻す」
その言葉に、リアスが一瞬だけ安堵の表情を見せる。
だが次の瞬間、拙者の視線が、結界の中央へと向けられたことで、彼女の顔色が変わった。
そこには――
敵集団の真ん中に、ひとり逆さまに宙へ浮かびながら立つ男の姿があった。
平子真子。
「……あの人、ひとりで……?」
姫島の声に、困惑が滲む。
拙者は、わずかに目を細めた。
「彼は、あの場を引き受けるつもりだ」
「え……!?
仲間を置いて、先に行くつもりなの!?」
「違う」
拙者は、静かに言い切った。
「彼がいるからこそ、拙者も行えるな」
その瞬間――
結界中央で、平子がゆっくりと拍手した。
結界の中の空気は、さらに重く、濁っていった。
魔方陣の淡紫の光が幾層にも重なり、夜の校庭は不自然な明滅を繰り返している。
その中心で、平子はひとり、逆さまの姿勢のまま、敵陣のど真ん中に浮かんでいた。
「……なんや、えらい睨まれとるなぁ。人気者はつらいで」
そう呟いた瞬間、周囲の敵たちが一斉に魔力を構える。
だが、その視線はどこか噛み合っていなかった。
「おい、そこ動くな。背後を取られてるぞ」
「何言ってる、俺の後ろは安全だ。狙うなら右だ、右!」
「……は?」
誰も、自分たちの認識が狂っていることに気づいていない。
互いを味方だと疑わず、疑う相手を“敵”だと信じきっている。
平子は、口元だけで笑った。
「ほな……そろそろ、ひっくり返すで」
次の瞬間、彼の声が、低く、はっきりと響く。
「――お前らの常識も、この状況も、みんなまとめてひっくり返したるわ」
刀が閃く。
「禁手、逆様邪八宝塞」
音が、裏返った。
空間の位相が、捻じ曲がる。
敵たちは、何が起きたのか理解できないまま、互いを“敵”として認識し始めた。
「……何でお前、こっちを見る?」
「何って……敵だろ?」
「は?」
言葉が終わる前に、魔力弾が放たれた。
だが、その矛先は、平子ではなく、すぐ隣にいた仲間の胸を撃ち抜いた。
「――な……なんで……?」
倒れた男は、最後まで“味方に撃たれた”という事実を理解できないまま絶命する。
別の場所では、剣を構えた悪魔が、仲間の背中へ突き刺した。
「動くな、抵抗するな」
「待て、俺だ! 俺だってば……!」
だが、その声は、完全に“敵の悲鳴”としてしか認識されなかった。
混乱は、雪崩のように連鎖していく。
誰も、自分たちの視界が反転していることに気づかない。
敵味方の区別が、根こそぎ書き換えられている。
――その光景を、結界の端で、リアスたちは呆然と見つめていた。
「……な、何が……起きているの……?」
姫島の声が、かすかに震える。
木場は剣を構えながら、視線を彷徨わせる。
「……敵同士が……戦っている……?」
拙者は、静かに彼女たちの前に立ち、視線を中央へ向けた。
「平子の神器の禁手だ」
リアスが、はっとこちらを見る。
「禁手……? あの能力、いったい……」
拙者は短く息を吐き、説明する。
「あの神器は、周囲の認識を反転させる。
敵と味方の区別を、根本から狂わせる術だ」
「……そんな……」
「だが、無差別ではない」
拙者は、視線を逸らさず続けた。
「味方が周囲に一人でもいれば、使えない。
そして、敵が大量にいなければ効果も薄い。
孤立し、敵の真ん中に立つ覚悟がなければ、発動条件すら満たせない禁手だ」
リアスは、息を呑む。
「……だから……平子さんは、ひとりで……」
「そうだ。
拙者たちを巻き込まぬために、あえて敵陣の中央へ降りた」
その瞬間、結界の別方向から、重い衝撃音が響いた。
「ぐ……ぁ……!」
ディオドラ・アスタロトの身体が、地面を転がる。
錯乱した部下の魔力弾と斬撃を、まともに受けた形跡が、全身に刻まれていた。
彼の腕の中から、力なく滑り落ちる影。
「……アー……シア……?」
白い修道服の少女が、砂の上に崩れ落ちる。
「アーシア!!」
兵藤が駆け寄り、抱き起こす。
ディオドラは、よろめきながら立ち上がり、ようやく正気を取り戻した顔で、周囲を見回した。
壊滅していく自軍。
味方同士で倒れ伏す部下たち。
そして――目の前に立つ、紅い侍。
「……紅丸……」
その声には、恐怖よりも、濃密な憎悪が滲んでいた。
「……また……貴様か……」
拙者は、静かに一歩、踏み出す。
「アーシアは返してもらう」
ディオドラは、歯を食いしばり、なおも睨みつけてくる。
その背後では、なおも平子の禁手の中で、敵同士の戦いが続いていた。
誰一人として、自分が“間違った敵”を斬っていることに、気づかぬまま。
戦場は、完全に裏返っていた。
次回の王は
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妖怪王
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幻想王