サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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嘘つきと暴走 Ⅸ

静かすぎて、逆に耳が痛い。

 

倒れたディオドラが、砂を噛むように転がり、リアスたちの足元で咳き込んだ。

アーシアも腕の中から滑り落ちるように解放され、兵藤が慌てて受け止める。

「紅丸ッ……!」リアスの声が震えるのが分かる。

驚きと怒りと焦りが全部混ざった声だ。

 

拙者は断絶丸を肩の高さで止めたまま、平子殿のほうを見た。

敵陣の真ん中に落ちたはずの男は、今もなお不敵な笑みのまま、砂に靴を沈めて立っている。

その足元では、旧魔王派の魔方陣がまだ空気を焦がし、敵味方の境界が溶けたまま、連中が互いを殴り合っていた。

 

「……あの神器はな」拙者は低く言う。

「味方が周囲におらんことと、敵が大量におることが前提の禁手でござる」

「え……?」木場が息を呑む。

「使える状況が限られる。だから平子殿は、ひとりで落ちた」

「つまり……私たちを巻き込まないために……」朱乃が理解し、唇を噛む。

 

拙者は刀を返し、視線を前へ戻した。

ディオドラは小物だ。

今は、別の“圧”が来ている。

 

「……来よったな」

 

平子殿が、笑みのまま目だけを細める。

「ほらほら、出てき。隠れてるほうがダサいで?」

 

空気が、ぬるくなる。

魔方陣の光が一段と濃くなり、闇の奥から“何か”が剥がれ落ちるように姿を現した。

 

黒い外套。

落ち着いた所作。

そして、周囲の光を吸うような、嫌な清潔さ。

 

「……シャルバ・ベルゼブブ、やったか」平子殿が名を置く。

「旧魔王派の本命が、ようやく顔出しよった」

 

男は穏やかに笑った。

穏やかすぎて、逆に腹が立つ笑みだ。

「気づくのが早い。さすがは“窓口”だね」

「褒めてくれんのはええけど、目的だけ言うてや。こっちは忙しいねん」

「忙しい? なら手短にしよう。私は――ここを崩す」

 

その言葉の直後、男の背後で黒い魔方陣がいくつも開き、羽虫みたいな黒い影が滲み出した。

“蠅”だ。

ただの虫じゃない。魔力の臭いがする。

 

「紅丸」平子殿の声が少しだけ低くなる。

「前、行け。こいつ、近づかせたら面倒や」

「承知」

 

拙者は一歩踏み込み、砂を蹴った。

断絶丸が夜気を切り裂き、猫侍の体が低い弾道で滑る。

シャルバは飛ばない。逃げない。

代わりに蠅の群れが盾のように前へ膨らむ。

 

「鬱陶しいでござる!」

拙者は斬った。

刃が群れを割る。だが割れた端から、また増える。

虫が“増える”というより、空間から“湧く”。

 

「面白い。君は斬撃の質がいい」シャルバが淡々と言う。

「誉め言葉は要らぬ。切る」

 

拙者が二太刀目に入る瞬間、蠅が一斉に散って、刃の軌道をずらした。

わずかな狂い。

その狂いだけで、斬撃が空を噛む。

 

「――やらせるかいな」

 

平子殿の声。

次の瞬間、空に六本の光が走り、蠅の群れごとシャルバの周囲を囲う。

 

「雷鳴の馬車、糸車の間隙、光もて此を六に別つ――縛道の六十一『六杖光牢』!」

 

光の檻が閉じる。

蠅が暴れる。だが檻が“境界”を固定して、群れの散開を止めた。

シャルバが口元だけで笑う。

「詠唱まで丁寧だ。礼儀正しいね」

「性格や。気にすな」

 

拙者は檻の縁を踏み、刃を突き込む。

今度は当たる。

当たるはずだった。

 

刃が、鈍い音で止まった。

見えない壁。

シャルバは、指先を少し動かしただけだった。

 

「近接は好きだよ。でも、君の距離は――もう読んだ」

 

読まれた?

いや、違う。

“読めるようにした”のだ。

蠅の群れが拙者の踏み込みを誘導し、最短距離を選ばせた。

 

「紅丸、下がれ!」平子殿が叫ぶ。

拙者は反射で身を沈めた。

 

その瞬間、シャルバの足元の影が蠅の塊になって跳ね上がり、拙者の頬を掠めた。

熱い。痺れる。

毒か。

 

「……嫌な手口でござるな」

「君が“王”の剣なら、私は“腐食”の理屈で折る」

シャルバの声は冷たいのに、妙に丁寧だ。

 

平子殿が舌打ちする。

「ほんま、性格悪いわ。せやけど――」

 

平子殿の刀が、ふっと揺れる。

風向きが一瞬、逆転した。

シャルバの視線が僅かに迷う。

 

「……逆撫か」シャルバが囁く。

「知ってるなら、なおさらや。ズレるで?」

 

ズレたのは、シャルバの“距離の認知”だった。

一歩分、拙者を遠く見誤った。

拙者はその一歩を、刃の加速に変える。

 

「――断絶!」

 

三太刀。

四太刀。

鎧でも切り裂くつもりで、斬撃を重ねる。

 

蠅が、悲鳴みたいな羽音を上げて舞う。

シャルバは防ぐ。

防ぎながら、平子殿を狙って蠅を飛ばす。

 

「おっと、こっち見んなや」

平子殿は半身で受け、掌を突き出した。

 

「君臨者よ、血肉の仮面、万象、羽搏き、ヒトの名を冠す者よ――破道の三十三『蒼火墜』!」

 

蒼い爆炎が蠅を焼き払い、夜の校庭を一瞬昼にする。

熱波が砂を煮たて、拙者の耳が鳴る。

シャルバが一歩退く。

退いた、だけ。崩れない。

 

「いい火力だ。だが――まだ足りない」

シャルバが静かに腕を広げた。

 

蠅が“幕”になる。

蠅が“床”になる。

蠅が“天井”になる。

 

空間が、虫の箱に変わる。

拙者の呼吸が重くなる。

吸えば入る。吸わねば酸素が薄い。

 

「紅丸!」平子殿の声が鋭い。

「さっきの傷、毒回る前に決めるで!」

「……拙者も同感でござる」

 

平子殿が一歩前に出た。

いつもの軽さが、半分だけ消える。

「さて、そろそろ決めないとあかんなぁ。紅丸、俺の魔力を刀に乗せろ!」

「承知!」

 

拙者は後ろへ跳び、腰の妖怪ウォッチを掴む。

コマンドメダルを指で挟み、スロットへ装填した。

金属が噛み合う感触。

 

『エクゼキュート!月牙天衝!』

 

音声が鳴った瞬間、平子殿の霊圧が風みたいに流れ込む。

刀身の縁に、見えない“逆”が貼り付く。

斬撃が、斬撃のまま“概念”に触れるような感触になる。

 

シャルバが初めて表情を変えた。

「……それは――」

「遅いで」平子殿が言い捨てる。

「散在する獣の骨、尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪、動けば風、止まれば空、槍打つ音色が虚城に満ちる――破道の六十三『雷吼炮』!」

 

雷の砲撃が蠅の“箱”を内側からぶち破り、視界が開ける。

開けた瞬間が、勝負だ。

 

拙者は踏み込む。

「月牙天衝――!」

 

刀を一閃。

半月の斬撃が夜を裂き、蠅の幕を真っ二つに割り、シャルバの防御ごと押し流す。

逆撫の“ズレ”が残っている。

シャルバは最適な角度で受けられない。

 

衝撃が砂を巻き上げ、校庭の端まで白い波が走った。

シャルバの身体が滑り、膝が落ちる。

外套が裂け、蠅の群れが一瞬だけ散り散りになる。

 

「……なるほど。コンビの完成度が高い」

シャルバはそう言って、口元に血を滲ませた。

「今日は引く。役者が増えすぎた」

 

平子殿が笑う。

「ほな二度と来んな。面倒や」

「そうはいかない。旧魔王派は――“崩す”のが仕事だ」

 

シャルバの魔方陣が、ぱちりと消えた。

蠅も霧散する。

夜の結界に残ったのは、砂の焦げた匂いと、拙者の刃の余熱だけだった。

 

拙者は断絶丸を下ろし、息を整えた。

「……平子殿。援護、見事」

「当たり前や。王様の遣いやぞ、俺」

「今は王ではない。拙者は紅丸でござる」

「はいはい。ほな、紅丸。次はディオドラの後始末やな」

 

拙者はリアスたちのほうへ向き直る。

倒れたディオドラが、憎しみの目でこちらを睨んでいた。

その目だけは、さっきよりもずっと“濃い”。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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