サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
静かすぎて、逆に耳が痛い。
倒れたディオドラが、砂を噛むように転がり、リアスたちの足元で咳き込んだ。
アーシアも腕の中から滑り落ちるように解放され、兵藤が慌てて受け止める。
「紅丸ッ……!」リアスの声が震えるのが分かる。
驚きと怒りと焦りが全部混ざった声だ。
拙者は断絶丸を肩の高さで止めたまま、平子殿のほうを見た。
敵陣の真ん中に落ちたはずの男は、今もなお不敵な笑みのまま、砂に靴を沈めて立っている。
その足元では、旧魔王派の魔方陣がまだ空気を焦がし、敵味方の境界が溶けたまま、連中が互いを殴り合っていた。
「……あの神器はな」拙者は低く言う。
「味方が周囲におらんことと、敵が大量におることが前提の禁手でござる」
「え……?」木場が息を呑む。
「使える状況が限られる。だから平子殿は、ひとりで落ちた」
「つまり……私たちを巻き込まないために……」朱乃が理解し、唇を噛む。
拙者は刀を返し、視線を前へ戻した。
ディオドラは小物だ。
今は、別の“圧”が来ている。
「……来よったな」
平子殿が、笑みのまま目だけを細める。
「ほらほら、出てき。隠れてるほうがダサいで?」
空気が、ぬるくなる。
魔方陣の光が一段と濃くなり、闇の奥から“何か”が剥がれ落ちるように姿を現した。
黒い外套。
落ち着いた所作。
そして、周囲の光を吸うような、嫌な清潔さ。
「……シャルバ・ベルゼブブ、やったか」平子殿が名を置く。
「旧魔王派の本命が、ようやく顔出しよった」
男は穏やかに笑った。
穏やかすぎて、逆に腹が立つ笑みだ。
「気づくのが早い。さすがは“窓口”だね」
「褒めてくれんのはええけど、目的だけ言うてや。こっちは忙しいねん」
「忙しい? なら手短にしよう。私は――ここを崩す」
その言葉の直後、男の背後で黒い魔方陣がいくつも開き、羽虫みたいな黒い影が滲み出した。
“蠅”だ。
ただの虫じゃない。魔力の臭いがする。
「紅丸」平子殿の声が少しだけ低くなる。
「前、行け。こいつ、近づかせたら面倒や」
「承知」
拙者は一歩踏み込み、砂を蹴った。
断絶丸が夜気を切り裂き、猫侍の体が低い弾道で滑る。
シャルバは飛ばない。逃げない。
代わりに蠅の群れが盾のように前へ膨らむ。
「鬱陶しいでござる!」
拙者は斬った。
刃が群れを割る。だが割れた端から、また増える。
虫が“増える”というより、空間から“湧く”。
「面白い。君は斬撃の質がいい」シャルバが淡々と言う。
「誉め言葉は要らぬ。切る」
拙者が二太刀目に入る瞬間、蠅が一斉に散って、刃の軌道をずらした。
わずかな狂い。
その狂いだけで、斬撃が空を噛む。
「――やらせるかいな」
平子殿の声。
次の瞬間、空に六本の光が走り、蠅の群れごとシャルバの周囲を囲う。
「雷鳴の馬車、糸車の間隙、光もて此を六に別つ――縛道の六十一『六杖光牢』!」
光の檻が閉じる。
蠅が暴れる。だが檻が“境界”を固定して、群れの散開を止めた。
シャルバが口元だけで笑う。
「詠唱まで丁寧だ。礼儀正しいね」
「性格や。気にすな」
拙者は檻の縁を踏み、刃を突き込む。
今度は当たる。
当たるはずだった。
刃が、鈍い音で止まった。
見えない壁。
シャルバは、指先を少し動かしただけだった。
「近接は好きだよ。でも、君の距離は――もう読んだ」
読まれた?
いや、違う。
“読めるようにした”のだ。
蠅の群れが拙者の踏み込みを誘導し、最短距離を選ばせた。
「紅丸、下がれ!」平子殿が叫ぶ。
拙者は反射で身を沈めた。
その瞬間、シャルバの足元の影が蠅の塊になって跳ね上がり、拙者の頬を掠めた。
熱い。痺れる。
毒か。
「……嫌な手口でござるな」
「君が“王”の剣なら、私は“腐食”の理屈で折る」
シャルバの声は冷たいのに、妙に丁寧だ。
平子殿が舌打ちする。
「ほんま、性格悪いわ。せやけど――」
平子殿の刀が、ふっと揺れる。
風向きが一瞬、逆転した。
シャルバの視線が僅かに迷う。
「……逆撫か」シャルバが囁く。
「知ってるなら、なおさらや。ズレるで?」
ズレたのは、シャルバの“距離の認知”だった。
一歩分、拙者を遠く見誤った。
拙者はその一歩を、刃の加速に変える。
「――断絶!」
三太刀。
四太刀。
鎧でも切り裂くつもりで、斬撃を重ねる。
蠅が、悲鳴みたいな羽音を上げて舞う。
シャルバは防ぐ。
防ぎながら、平子殿を狙って蠅を飛ばす。
「おっと、こっち見んなや」
平子殿は半身で受け、掌を突き出した。
「君臨者よ、血肉の仮面、万象、羽搏き、ヒトの名を冠す者よ――破道の三十三『蒼火墜』!」
蒼い爆炎が蠅を焼き払い、夜の校庭を一瞬昼にする。
熱波が砂を煮たて、拙者の耳が鳴る。
シャルバが一歩退く。
退いた、だけ。崩れない。
「いい火力だ。だが――まだ足りない」
シャルバが静かに腕を広げた。
蠅が“幕”になる。
蠅が“床”になる。
蠅が“天井”になる。
空間が、虫の箱に変わる。
拙者の呼吸が重くなる。
吸えば入る。吸わねば酸素が薄い。
「紅丸!」平子殿の声が鋭い。
「さっきの傷、毒回る前に決めるで!」
「……拙者も同感でござる」
平子殿が一歩前に出た。
いつもの軽さが、半分だけ消える。
「さて、そろそろ決めないとあかんなぁ。紅丸、俺の魔力を刀に乗せろ!」
「承知!」
拙者は後ろへ跳び、腰の妖怪ウォッチを掴む。
コマンドメダルを指で挟み、スロットへ装填した。
金属が噛み合う感触。
『エクゼキュート!月牙天衝!』
音声が鳴った瞬間、平子殿の霊圧が風みたいに流れ込む。
刀身の縁に、見えない“逆”が貼り付く。
斬撃が、斬撃のまま“概念”に触れるような感触になる。
シャルバが初めて表情を変えた。
「……それは――」
「遅いで」平子殿が言い捨てる。
「散在する獣の骨、尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪、動けば風、止まれば空、槍打つ音色が虚城に満ちる――破道の六十三『雷吼炮』!」
雷の砲撃が蠅の“箱”を内側からぶち破り、視界が開ける。
開けた瞬間が、勝負だ。
拙者は踏み込む。
「月牙天衝――!」
刀を一閃。
半月の斬撃が夜を裂き、蠅の幕を真っ二つに割り、シャルバの防御ごと押し流す。
逆撫の“ズレ”が残っている。
シャルバは最適な角度で受けられない。
衝撃が砂を巻き上げ、校庭の端まで白い波が走った。
シャルバの身体が滑り、膝が落ちる。
外套が裂け、蠅の群れが一瞬だけ散り散りになる。
「……なるほど。コンビの完成度が高い」
シャルバはそう言って、口元に血を滲ませた。
「今日は引く。役者が増えすぎた」
平子殿が笑う。
「ほな二度と来んな。面倒や」
「そうはいかない。旧魔王派は――“崩す”のが仕事だ」
シャルバの魔方陣が、ぱちりと消えた。
蠅も霧散する。
夜の結界に残ったのは、砂の焦げた匂いと、拙者の刃の余熱だけだった。
拙者は断絶丸を下ろし、息を整えた。
「……平子殿。援護、見事」
「当たり前や。王様の遣いやぞ、俺」
「今は王ではない。拙者は紅丸でござる」
「はいはい。ほな、紅丸。次はディオドラの後始末やな」
拙者はリアスたちのほうへ向き直る。
倒れたディオドラが、憎しみの目でこちらを睨んでいた。
その目だけは、さっきよりもずっと“濃い”。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王