サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
勝利とか安堵とか、そういう単語で片付けるには生ぬるかった。
砂埃の匂いが喉に貼りつき、観客席のざわめきだけが妙に現実的で、さっきまでの“公的な遊戯”が実は戦争一歩手前だったことを遅れて理解させてくる。
俺――剣豪紅丸の姿のまま、刀を鞘に収め直す。
平子は少し離れた場所で、何事もなかったみたいな顔をしていた。禁手の反動が来ているはずなのに、あいつは顔色ひとつで嘘をつくのが上手い。
「紅丸!」
リアスたちが駆け寄ってきた。
驚きの混じった声色は、俺の“正体”じゃなく、俺がここに降り立ったタイミング――アーシアが攫われた直後の混乱のせいだ。
俺は短く頷いて、視線を移す。
倒れた男がいた。ディオドラ・アスタロト。
肩で息をしているのに、目が合わない。焦点がどこにも結ばれず、まるで世界から置き去りにされたみたいな顔をしていた。
「……ディオドラ!」
木場が呼びかけた。返事はない。
代わりに、ディオドラの唇が勝手に動く。
「……勝てるはずだった……違う……」
たったそれだけ。
言葉としては短いのに、妙に重い。悔しさというより、何かを“前提”から取り違えたような、取り返しのつかない失敗を噛んだ声だった。
「おい、アーシアはどこだ」
兵藤が詰め寄りかける。リアスが制して、アーシアを引き寄せる。
アーシアは無事だった。震えながらも立っている。それだけで、ここにいる全員の怒りの矛先が一瞬迷子になる。
怒りたい相手が、もう会話できない。
それは、勝ったのに後味が悪いタイプの結末だった。
そこへ、アザゼルが空気を割って入ってくる。
「……魔方陣、残ってるな」
いつもの軽さが薄い。研究者の目をしている。
アザゼルは空に残った、薄い光の滓みたいな線を指でなぞった。
「あれは、ディオドラの魔方陣じゃない。あれは“旧魔王派”の癖がある。使い慣れた者が刻んだ線だ。けど、どこかが変だな」
その瞬間、ディオドラがまた同じ言葉を吐いた。
「……勝てるはずだった……違う……」
リアスが眉をひそめた。
「違う、って……何が?」
答えはない。
うわごとが、鍵穴の形をしているのに、鍵がない。そんな感じだ。
俺は一歩、ディオドラに近づく。
殺気を向けているわけじゃない。確かめたいだけだ。
こいつは小物だ。そういう扱いでいい。けど、小物の背後に“大物の影”があるとき、小物はたまに、誰も気づかない場所に爪痕を残す。
ディオドラの指先が、砂を掻いた。
爪で引っかいたような線が一本。
「……ふん」
俺は口に出さない。言葉にしたら確定してしまう。
確定してしまうと、次に来るものが“予想できる敵”になる。
予想できる敵は、勝てるときもあるが、たいてい面倒が増える。
平子が俺の肩越しに囁く。
「紅丸、あいつは使えへん。情報源としては死んどるわ」
「……分かってる」
「せやから、場を拾え。残りカス拾うんや。人間の喋る嘘より、術式の残り香の方が正直やで」
リアスが不安そうに俺を見る。
「紅丸、あなたは……この先、どうするつもり?」
問いの形をしているけど、実際は“ここにいてくれるのか”という確認だ。
俺は短く答える。
「俺は調停者じゃない。観測して、集める」
「集める……?」
「敵が誰かを決めるのは後でいい。まず、何が起きてるかを揃える」
兵藤が、納得したような、してないような顔で頭を掻いた。
「つまり……今は追いかけるってことか?」
「追いかけるんじゃない。辿る」
アザゼルが肩をすくめた。
「……面倒な言い回しだが、嫌いじゃない。俺も少し掘る。旧魔王派がここまで堂々と動くなら、裏に理由がある」
平子が、いつもの薄い笑みを戻す。
「ほな、役割分担やな。あっちは本隊、こっちは影。分かりやすい」
そして、冗談みたいな調子で釘を刺した。
「次は、もっと“賢い奴”が来るで」
その言い方が、妙に引っかかった。
賢い、という言葉に、面倒と悪意と、そして“遊び”が混ざる。
俺は最後にもう一度ディオドラを見る。
あいつは何も見ていない目で、ただ繰り返す。
「……勝てるはずだった……違う……」
違うのは、勝敗の話じゃない。
勝つための“前提”が違う。
その前提を作った誰かが、まだ盤面の外で笑っている。
そう思った瞬間、背中に薄い寒気が走った。
寒気の正体が何か、名前までは出てこない。
ただ、北の風みたいな匂いだけが、ほんの少しだけ残った。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王