サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
屋上のフェンスにもたれて空を見上げると、九月の空はまだ夏の名残を引きずっていた。
昨日までの騒ぎが嘘みたいに穏やかな青で、だからこそ逆に落ち着かない。
平和ってのは、だいたい“油断した瞬間に殴るため”に静かになる。
背後で足音が止まり、空気が一段だけ張った。
振り返らなくても分かる。絶花だ。
近づく音が軽いくせに、止まった瞬間の重心が低すぎる。戦う気満々の人間の立ち方だった。
「太郎。呼び出しって、本当に黒江会長なの」
絶花は肩越しに屋上の出入口を見たまま、俺にだけ聞こえる声で言う。
昨日の戦いを知ってから、絶花の“警戒”はきれいに研がれている。剣士の警戒は、切っ先が言葉にまで出る。
「他に誰がいる」
俺は空を見上げたまま返す。
「呼び出しておいて来ないなら、そいつはそいつで面倒だ」
「……面倒って言い方」
絶花がため息を吐く。呆れが混じっているのに、視線は鋭いままだ。
俺が一歩でも危ない方へ寄ると、たぶん本気で前に出る。
その時、風が止んだ。
いや、止んだんじゃない。風が“避けた”。
何かが来た時の、あの妙な空白だ。
出入口の扉が開く。
黒江残月が入ってきた。
表情は薄い。薄いくせに目だけが刺さる。体温が下がる感じがするのは、俺の嫌悪か、それともこいつの持つ何かか。
「……やっと来たか」
黒江が言う。
俺は腕を組んだまま返した。
「呼び出した側が言う台詞じゃないな」
絶花が半歩、俺の前に出る。
守るというより、遮る。幼馴染みの距離感だ。
「黒江会長。用件を」
黒江は絶花の名前も呼ばない。礼もない。必要な情報だけを落とすタイプだ。
「今日は喧嘩じゃない」
「じゃあ何だ」
「通告だ」
一瞬、俺の中で“また戦うのか”という反射が跳ねた。
昨日の屋上の決闘のせいだ。利害一致とか言っておいて、実際は拳で会話した男だ。信用というより、危険物の取扱説明書が増えただけ。
黒江は淡々と続ける。
「日本に北欧神話の勢力が来る」
「北欧?」
「ロキだ」
その名が落ちた瞬間、絶花の空気が変わった。
何かを理解したというより、“嫌な予感が確信に変わった”顔。
俺は知らない。知らないが、黒江がこの手の名前を出す時は、面倒の種類が一段上がる。
「ロキが何をする」
俺が聞くと、黒江は言い切った。
「人間を惑わす。混乱を楽しむ。被害が出る」
「へぇ」
俺は笑わなかった。
「それで、お前はどうする」
「倒す」
黒江は短く言ったあと、言い直すみたいに付け足す。
「排除する」
絶花の指先がわずかに動いた。
いつでも抜ける。いつでも斬れる。
黒江の言葉は、絶花の中の“剣士の正義”を刺激する種類のものだ。だが同時に、危険でもある。正義はよく切れる。味方も切る。
俺は黒江の目を見た。
「単独じゃ無理って顔だな」
黒江の眉がほんの少しだけ動く。
「察しがいい。だから呼んだ」
その背後で、影が一歩前へ出る。
黒江の影から生まれたみたいに、無表情の男が現れた。
無言。無表情。呼吸の気配が薄い。
人間に見えるが、人間の温度がない。
絶花が言う。
「……誰?」
黒江は答えた。
「ゾヴァラスだ」
それだけ。紹介は終わり。
ゾヴァラスは目だけ動かして俺と絶花を見た。次に黒江を見た。命令待ちの目だ。
俺は鼻で息を吐く。
「喋らないのか」
黒江は平然と言う。
「必要がない」
必要がない、か。
言葉じゃなく、意思を預けてるって意味なら、たしかにいらない。
そういう兵器が一番厄介だ。壊れても“罪悪感”が湧きにくい。
俺は黒江に戻す。
「協力しろって言いに来たんだろ」
「そうだ。お前の戦力と発想が要る」
「便利屋扱いか」
「便利屋でいい。利害が一致する」
黒江が“利害”と言ったのは、意外と正直だ。
理想とか平和とか言わない。言えば、こちらが警戒するのを知っている。
こいつはたぶん、信用よりも“コントロールできる範囲”を重視する。
「条件がある」
俺は指を一本立てた。
「一つ。お前の独断で、関係ない人間を巻き込むな。中等部の生徒も、町の住人もだ」
黒江は即答しない。
その沈黙が答えになりかけた瞬間、絶花がさらに半歩前へ出た。
「黒江会長。太郎の言う通りです。私も同じ条件を要求します」
黒江はようやく頷いた。
「目的の一部だ。守る」
言葉は短いが、嘘は言ってない声だった。
守る。その“守る”の定義が俺と一致するかは別だが。
「二つ。情報は共有。隠すなら、後で必ずバレる」
「……分かった」
「三つ。衝突したら、その場では人命優先。お前の主義に反するなら、そこで共同戦線は終わりだ」
俺は言い切った。
「俺は俺のやり方で戦う」
黒江の目が、ほんの少しだけ細くなる。
「甘いな」
「正しいだけのやつよりマシだ」
「その正しさが、いつか誰かを殺す」
「お前の正しさが、先に誰かを殺す」
言葉が刃になってぶつかった。
絶花は止めない。
止めないどころか、静かに息を吸って、俺の背中を支える位置に立った。
黒江の“排除”に対して、絶花も怒っている。だからブレーキが壊れている。
黒江は一拍置いて言った。
「共同戦線だ。利害が一致する間だけ」
「それで十分だ」
黒江が踵を返す。
ゾヴァラスが無音でついていく。
去り際、黒江が一言だけ投げた。
「ロキは言葉で人を裏返す」
裏返す。
その言い回しが、俺の中で別の顔を呼び起こす。
高等部に転校してきた、やたらと軽口を叩く先輩。
“ひっくり返す”が口癖の、あの男。
黒江が屋上から消えると、風が戻った。
戻った風は、さっきより冷たい。
絶花が俺を睨む。
「太郎。今の、挑発しすぎ」
「事実を述べただけだ」
「それが挑発」
「挑発で折れるなら、その程度だ」
絶花は口を開きかけて閉じた。
言い返したいのに、正論が邪魔して言い返せない顔。
俺は少しだけ悪いと思ったが、悪いと思うだけで謝る気はない。
「……ロキって、そんなに危ないの?」
絶花が訊く。
俺は空を見上げた。
「危ないかどうかは、黒江の口ぶりで分かる。あいつが“排除”って言う相手は、だいたい厄介だ」
「共同戦線、組むんだよね」
「利害が一致する間だけだ」
「同じこと言ってる」
「同じことが大事なんだ。条件が一致してるうちは、味方だ」
絶花は少しだけ眉を下げた。
「……太郎、観測者みたいな言い方するようになった」
「最初からそうだ。俺は世界を救う気はない。救えると思ってないからな」
俺はフェンスから離れ、屋上の砂埃を靴で払った。
「ただ、拾う。見つけたものを。必要なら、使う。必要なら、壊す」
絶花が言う。
「それ、怖い」
「怖い方がいい。平和を語る奴は、だいたい油断する」
俺は歩き出して、出入口へ向かった。
絶花がついてくる。
屋上の扉を開ける直前、俺はもう一度だけ空を見た。
ロキが来る。
黒江が動く。
俺も動く。
そして、言葉で裏返す男が、たぶん俺の周りにもいる。
その“裏返し”に、飲まれないために。
俺は、今から情報を集める。
次回の王は
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