サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
フェンリルは速い。
速いというより「速さの定義を更新してくる」。
校庭の砂を蹴った瞬間に、もう次の瞬間の位置にいる。
剣豪紅丸の拙者が間合いを測ったつもりでも、測った“つもり”の外側から牙が来る。
「――っ!」
断絶丸を横薙ぎに振る。
刃が夜気を裂き、火花が散る。
だが、当たった感触がない。
砂に残るのは爪痕だけで、肝心の本体はもう背後だ。
フェンリルの唸り声が、鼓膜ではなく骨に響く。
拙者は足を滑らせず、砂を踏んで踏んで踏み直す。
刀は守れる。
だが、守り続けた先に勝ちが見えない。
このまま近接で追いかけっこをしていたら、先に削れるのは拙者だ。
「……不利、の巻。」
呟いて、即断する。
勝ち筋は、速度を速度で追わない。
速度を“面”で潰す。
拙者は腰の妖怪ウォッチへ手を伸ばす。
そして懐から、ミーのメダルを抜いた。
指先で向きを確かめ、ウォッチのスロットへ迷いなく装填する。
『Y!チェンジフォーム!妖怪HERO!ワイルドボーイ!』
音声と同時に、紅い気配が弾ける。
和の輪郭がほどけ、陽気な熱が身体を塗り替えていく。
刀の重みが軽くなったわけじゃない。
拙者の“戦い方”のほうが、勝手に別物へと切り替わる。
観客席がざわついた。
「えっ、また変わった!?」みたいな声が飛ぶ。
リアスたちの視線も、アザゼルの目も、一瞬だけこちらに吸い寄せられる。
ミストシャドウですら、空気の揺れで「何をした」と察した気配があった。
ミーは、両手に二丁拳銃を構える。
口が勝手に笑う。
舌が勝手に軽い。
「ミー、ワイルドに見参!」
――そして、ミーの一人称も勝手に決まる。
妙に腹立つが、今はそのまま走らせる。
「オーケー狼ちゃん。速いなら、ミーは速く撃つだけだぜ!」
引き金を絞る。
ビーム弾が連なって夜を縫い、砂を抉り、フェンリルの進路を削る。
一発一発が“当てる”というより“寄せない”ための弾幕だ。
フェンリルは跳ぶ。
跳ぶたびに弾が追う。
追うたびに、着地点が奪われる。
「どうした? さっきの鬼ごっこ、もう飽きたのかよ――ミャウ……じゃねぇ! 今はミーだ!」
言いかけて自分で引っ込める。
口調が変わってる自覚があるのが、逆に腹立つ。
でも今は、それでいい。
勝つのが先だ。
フェンリルは低く身を沈め、弾の隙間を抜けようとする。
その瞬間を逃さず、ミーは銃口を下げて砂を撃った。
砂煙が上がる。
視界を奪うのではなく、動きの“予告線”を浮かび上がらせるためだ。
狼の軌道が、煙の中に線として見える。
「そこだ!」
左右の銃で、線の先を潰す。
フェンリルの動きが一瞬だけ止まる。
止まったというより、止まらざるを得ない。
速さを誇る獣ほど、進路を奪われると弱い。
ミーは後退しない。
真正面から圧をかけ続ける。
撃つ。
撃つ。
撃って、撃って、撃って。
フェンリルの牙が届く距離に入らせない。
そして次の一手。
ミーの尻尾が、ひゅいと動いた。
尻尾の先で、新しいメダルをつまむ。
ウォッチのスロットへ滑り込ませる“準備”だけを整える。
まだ装填はしない。
装填は、フェンリルがもう一度跳んだ瞬間。
確実に間合いが開く、その一瞬で。
「悪いな狼ちゃん。次はもっと派手にいくぜ。ミーがな!」
ミーは笑って、銃口を上げた。
フェンリルは唸り、砂を踏み砕く。
互いの次の一手が、夜の校庭に張り付いたまま、動き出そうとしていた。
ミーは、砂を蹴って木陰から木陰へ跳ねた。
フェンリルの影が追ってくる。速い。速すぎる。牙と爪の気配が背中を舐めて、ミーの首筋が勝手に粟立つ。
「ハハッ! オーケー、ウルフ! 追いかけっこは好きだぜ、ミーもな!」
両手の二丁拳銃が火を噴く。
ビーム弾が走る。だがフェンリルは“当たる前にいない”。銃口を向けた瞬間に距離がズレる。反射で撃つほどに、相手の速度が嫌味なく刺さってくる。
「ノンノン。これ、ミーの土俵じゃないな」
ミーは一瞬だけ後ろへ跳び、空中で身体をひねった。
その隙に、尻尾が腰のウォッチへ滑り込む。人間の指よりよほど器用に、しっかりとメダルを押し込んだ。
「来い、ちびのぶ!」
次の瞬間、空気が変わった。
風の匂いじゃない。血の匂いでもない。火薬だ。遠い昔の戦場の、乾いた硝煙が鼻の奥をくすぐる。
小さな影が、ミーの肩の上に“どん”と居座った。
小さくて、図太くて、妙に偉そうな存在感。周囲の気配が一段、ピンと張る。
「よっし。ちびのぶ、ミーの背中、貸すぞ」
返事は言葉じゃない。
肩越しに伝わる圧だ。“撃て”という意思が、そのまま骨に響いてくる。
ミーが一歩踏み込むと同時に、ちびのぶの気配が溶けた。
『火縄ワイルドボーイ!』
溶けたというより、纏った。胸元から背中へ、蜘蛛の糸みたいに“伝承”が絡みつく。熱が上がるのに、頭は妙に冷える。戦いの勘が、別の回路で点火した感覚。
「オーケー……レジェンド、オン!」
二丁拳銃が鳴いた。
いや、鳴き方が変わった。金属の軽い音じゃない。木と鉄が軋む、古い武器の息遣い。握りの感触が、一気に“儀式”へ寄る。
二丁拳銃は、火縄銃になっていた。
「……は?」
周囲の視線が跳ねたのが分かる。
空気の一瞬の間。ロキだのオーディンだの、遠くの気配がざわついたのも、耳の端に引っかかる。だが今は、ミーの前にいる狼だけだ。
フェンリルが踏み込む。
地面が沈む。筋肉の塊が、月光を裂いて迫る。牙が笑う。爪が、斬る前提の角度で振り抜かれる。
「させるかよ」
ミーが引き金を引くより先に、空間が“並んだ”。
背後、左右、斜め上。見えないはずの場所に、火縄銃が次々と浮かび上がる。一本、二本じゃない。隊列だ。陣形だ。鉄砲隊の“数”が、夜の校庭に展開する。
フェンリルの目が僅かに細くなる。
速さの獣が、初めて“警戒”の間を作った。
「ガンライン――オープンファイア!」
ドン。
最初の一発が空気を揺らす。火花が散る。弾が走る。
フェンリルが避ける。
速い。だが、避けた先が悪い。
ドン、ドン。
二斉射。
跳んだ軌道へ、追い縋るように弾が刺さる。フェンリルが空中で身体を捻る。毛皮が波打つ。弾は致命にならない。だが“通る”。通って、痛みの情報が入る。
「……効く、だと?」
ロキの声が低く響いた。
神獣の格が、怒りで重くなる。
ミーは笑う。
笑える。これが欲しかった。
「当たり前だろ。ちびのぶの伝承(レジェンド)だぜ? 神話(ミソロジー)相手に、飾りで出すと思うか?」
三斉射。
弾が雨になる。雨というより、矢の壁。フェンリルは速度で抜けるタイプの敵だ。だから速度を“使わせない”撃ち方をする。避けた先、踏み込む先、跳ぶ先。全部に弾の予定を置く。
フェンリルが舌打ちし、地面へ落ちた。
その瞬間、ミーが前へ出る。撃ち続けながら距離を詰める。弾幕は殺しじゃない。牽制だ。足を止めるための“言い聞かせ”だ。
「来いよ、ウルフ。噛みたいなら噛め。けど――」
ミーは一瞬だけ、火縄銃の照準を“地面”に落とした。
ドン。
砂が跳ねる。視界が霞む。フェンリルの嗅覚が働く前に、二斉射が“霞の輪郭”を撃つ。フェンリルが反射で身を引く。自分でも無意識に、弾を避けてしまう。
その「一瞬」が、戦場では致命だ。
ミーは尻尾を動かす。
ウォッチへ。次の一手の準備をするために。――今はまだ装填しない。必要なのは、時間だ。
「ミーは倒すために撃ってない。止めるために撃ってる」
フェンリルが唸り、踏み込む。
だがさっきより慎重だ。慎重になった時点で、速度の獣はほんの少し弱くなる。
鉄砲隊が鳴く。
火花が散る。
弾が“伝承”を纏って走る。神話の毛皮に、痛みの線を刻む。
フェンリルは怒りに目を燃やしながら、それでも退かない。
ミーは笑みを崩さず、銃を構え直した。戦場の主導権は、今だけミーの手のひらにある。
「さあ、次のラウンドだ。ミーの番、まだ終わってねぇぞ」
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王