サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
フェンリルが一歩引いた瞬間、ミーの火縄銃隊列も一斉に銃口を下げた。
撃ち勝ったわけじゃない。噛み合いを“ずらした”だけだ。
「ハッ……次、来たらもっと楽しくなるな、ウルフ」
ミーが笑って言った、その刹那だった。
空気の温度が、すっと落ちる。
背筋の毛が逆立つ感覚は、フェンリルじゃない。ロキだ。
視界の端で、夜空に細い魔方陣が浮かび、そこから“糸”みたいな光が走った。
狙いはミーの背中。心臓の角度。――完全に不意打ち。
「――っ!」
身体が反応するより先に、頭の中で「当たる」と確信が立った。
そういうのが一番、タチが悪い。
だが、光が刺さる寸前で、世界が霞んだ。
霧だ。濃い、湿った霧じゃない。乾いた煙みたいに薄いのに、存在感だけが妙に重い。
霧が光の糸を撫でるように横切り、狙いが“わずかに”逸れた。
ほんの数センチ。だけどそれで十分だった。光はミーの急所を外れ、肩口の空気だけを裂いて消える。
「……チッ」
ロキの舌打ちが聞こえた。
派手に外したわけじゃない。狙いを狂わせた“誰か”がいることが、ロキには気に食わない。
霧の向こう、黒い影が一瞬だけ揺れた。
黒歌だ。言葉はない。けど、霧の出し方が“喋ってる”。
――余計なことはするな、死ぬな、今は勝ちじゃない。
フェンリルが唸り、ロキの方へ跳ぶ。
ロキは肩をすくめるように笑って、軽く手を振った。
「面倒だなあ。だが、面白い」
声はやけに楽しげで、同時に冷たい。
「次は、もっとよく観察してから遊ぼう」
その瞬間、足元の魔方陣が裏返るように反転し、ロキとフェンリルの輪郭が夜に溶けた。
撤退だ。迷いがない。
勝てるかどうかじゃない。今は“損をしない”方を選んだ。
火縄銃の隊列が、ふっと消える。
ミーは銃を下ろし、深く息を吐いた。
「……オーケー。逃げた。逃げたけど、勝った気はしねぇな」
周囲の気配が戻ってくる。
遠くで護衛の連中がざわつき、ロキの消えた方向へ警戒線が張られる。
その中心に、ただ一人、最初から最後まで動じない老人がいた。
オーディン。
空気が違う。威圧じゃない。重力みたいな存在感で、場を“静かに支配”している。
「……お前」
オーディンが、まるで古い本のページをめくるみたいな声で言った。
「妙な変化をする。妖か、神か、それとも――別の何かか」
ミーは肩をすくめた。
正体を答える気はない。答えた瞬間、世界が面倒になる。
「ミーはミーだぜ、じーさん。分類はそっちで勝手にやってくれ」
軽口を叩いてみせるが、内心は冷えていた。
ここで言葉を交わせば交わすほど、相手は“把握”してくる。オーディンはそういうタイプだ。
オーディンは目を細め、興味深そうに笑った。
「なるほど。ならば――また会う機会もあるだろう」
その“また”が、脅しでも約束でもないのが厄介だった。
未来を当然のように置いていく物言い。王の癖だ。
ミーは霧の方を見た。
黒歌の霧が、いつの間にか足元まで来ている。
まるで帰り道を用意するみたいに。
「……オーケー、黒猫。ナイスアシスト」
礼を言っても黒歌は答えない。霧だけが濃淡を変え、ミーの輪郭を撫でた。
霧が、身体を包む。
視界が白くなる。音が遠ざかる。
次の瞬間、世界の“中心”から自分が外される感覚が走った。
オーディンの声が、最後に一度だけ追ってくる。
「逃げたのではない。引いたのだな」
ミーは笑って返した。
「そういうことにしとけ」
霧が閉じる。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王