サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧で共同戦線 Ⅶ

風の匂いが薄い。音が乾く。砂の粒が軽く舞い上がっても落ちるまでが妙に遅い。

観客席も外灯もあるのに世界から「人の気配」だけを抜き取ったみたいで拙者は嫌いではない。戦うならこういう舞台がいい。余計なものを巻き込まずに済む。

 

だが余計なものがいない分だけ敵が増える。

視界の端では兵藤一誠殿たちが旧魔王派の連中とぶつかっていた。魔方陣が開き炎の弾が散り槍が飛び叫びが跳ねる。

拙者が顔を向ける暇もない。役割は分かれている。

拙者はフェンリル。黒江残月はロキ。

この二枚看板を止めないと結界の内側は焼け野原になる。

 

「……来るでえ」

横から飄々とした声が刺さる。平子真子。

いつも通り軽口の皮を被っているが目は笑っていない。

その視線の先でフェンリルが地面を抉りながら四つ脚で滑るように突っ込んできた。

 

「紅丸!」

ミストシャドウが叫ぶ。黒江の声だ。

拙者は返事をしない。返事をする暇がない。

フェンリルの突進は速い。重い。速いのに重い。嫌な速さだ。

霊剣・断絶丸を抜きざまに前へ置く。受けではなく「角度」を作るために。

 

ガギィン。

刃先が牙を弾く。衝撃が腕から肩へ抜けて砂が爆ぜる。

受け止めたら終わる。押し負ける。だから受けない。

滑らせる。逸らす。間合いを測る。

拙者は一歩だけ退いた。フェンリルは二歩分の勢いで踏み込み地面に爪の筋を刻む。

 

「ちょこまか逃げるのう。剣士のくせに」

フェンリルの声は獣の唸りと人の言葉の間だった。

挑発というより本音だ。真正面から喰い千切って終わらせたいのだろう。

 

「剣士は逃げる時も剣士でござる」

拙者は低く構え直す。

刀身に霊気が走り砂の上に白い線が引かれる。

フェンリルは跳ぶ。跳びながら角度を変える。空中で軌道を変えるのは反則だが神話の犬に文句を言っても仕方がない。

 

その瞬間。

背後の空気がひっくり返った。

ロキの気配だ。いやロキの「言葉」の気配だ。

視線を送る余裕はないのに耳だけが勝手に拾う。

 

「やれやれ。人間は可愛いのう。自分が傷つく痛みは嫌がるくせに他人を傷つける正義には酔える」

ロキの声は甘く不快で妙に響いた。

オーディンがいる。護衛の気配もある。そこに向けて喋っているのか黒江に向けて喋っているのか分からない。分からないように喋るのがロキだ。

 

「お前さんはどうだ残月。何を守る? 何を殺す? どこまでが敵だ?」

問いが落ちる。

そしてフェンリルの爪が拙者の喉元を掠める。

 

拙者は刃を立てて弾き返しながら身を捻った。頬に熱が走る。皮一枚だ。

フェンリルは笑った。獣の笑い方だ。

拙者は歯を食いしばる。だが心の半分は黒江の返答に張り付いていた。

 

黒江は憎しみで戦う男だ。

憎しみは強い。だがロキの土俵でもある。

煽られて燃え上がる怒りは相手の燃料にもなる。

 

「……敵は一つだ」

黒江の声が霧の向こうから硬く響いた。

「種族じゃない。姿じゃない。人を壊す意志だ」

短い。だが刺さる。

ロキが一瞬だけ沈黙した。楽しげな沈黙。玩具が予想外の動きをした時の顔だ。

 

拙者はその沈黙の隙を逃さない。フェンリルの前脚を斬り払うのではなく「地面」を斬った。

砂が扇状に跳ねフェンリルの視界を一瞬だけ白く塗る。

その一瞬が命を延ばす。

 

「……ほう」

ロキが笑う。笑い方が変わった。

「憎しみを憎しみに使わんとは。偉い偉い。だがそれで何が変わる?」

挑発が「試験」になる。

黒江を壊す言葉から黒江を測る言葉へ。

ロキはもう次の段階に行っている。

 

黒江がAウォッチへ手を添えた。

ミストシャドウの霧が沈む。沈みながら渦を巻く。

夜の校庭の色が一段暗くなる。

暗くなるのに視界が良くなる。輪郭だけが残る。

拙者はフェンリルの突進をいなしながら首だけでそちらを見た。

 

『オーバードライブ!ディープシャドウ!』

音声が結界の内側で反響しない。反響しないのに胸の内側にだけ響く。

霧の中に星屑みたいな光点が生まれそれが黒江の輪郭に吸い付く。

影が「深く」固定される。

ミストシャドウが一段階下へ沈み込んで別の何かになる。

 

ディープシャドウギャラクシー。

名前を口にせずとも分かった。

黒江の憎しみが火から刃へ変わった。燃えるだけの怒りではなく切り分ける怒りに。

 

「……やっと“怒り”を使いこなしたか」

拙者は呟く。

フェンリルが砂煙を割って再び突っ込む。今度は躊躇がない。ロキが進化した黒江に興味を持ったのを感じたのだろう。主の視線を取り戻すために拙者を噛み砕くつもりだ。

 

「余所見するな紅丸ァ!」

フェンリルの牙が迫る。

拙者は断絶丸を横薙ぎに振り「受けずに弾く」。刃が噛み合った瞬間だけ力を乗せて軌道を逸らす。

フェンリルの巨体が回転し砂を巻き上げる。

そこへ平子が低く言った。

 

「ええ感じや。残月、ロキの“気持ち悪い優しさ”に付き合うな」

平子の声は黒江に向けてだ。

冗談が消えた短い釘。

黒江は返事の代わりに動いた。

 

ディープシャドウギャラクシーの霧が地面を這う。霧は広げない。絞る。

ロキの足場の周囲だけを濃くする。

視界を奪うのではない。座標を曖昧にする。

ロキの魔法陣が描かれた瞬間に輪郭が揺らぐ。描けても「定まらない」。

 

「おお怖い怖い」

ロキが朗らかに笑った。

「だがな残月。お前のそれは結局“人”を信じた怒りだ。ならば聞こう。人はお前を信じるか?」

言葉が針だ。

黒江の過去に突き刺さる。家族の影を舐める。

 

黒江の声が低く返る。

「信じさせる。……信じない奴は、俺が守る」

守る。守ると言った。

排除ではなく守るを言葉として選んだ。

拙者は一瞬だけ息を吐く。太郎としてではなく紅丸としてではなく一匹の剣士として安堵した。

 

その安堵を嗅ぎ取ったかのようにフェンリルが吼えた。

吼え声は衝撃になって砂が波打つ。拙者の足が沈む。

フェンリルはその沈みを狙い牙を突き立てる。

拙者は踏ん張らずに逆に身を落とした。砂へ滑り込み下段から斬り上げる。

刃がフェンリルの顎の下を掠め霊気が走る。

フェンリルは後退し舌打ちのように唸った。

 

「面倒だのう。こやつ」

フェンリルが呟く。

その瞬間ロキの気配が「別方向」に跳ねた。

魔法の起点がずれる。狙いが黒江だけではない。

オーディンの側か。兵藤たちの側か。あるいは拙者の背後か。

ロキは遊びながら盤面を広げる。

 

「……させぬ」

拙者は一歩だけ前に出た。

フェンリルの視線を奪うために大きく刀を見せる。

挑発ではない。役割だ。

フェンリルが噛みつくなら拙者に噛みつけ。

兵藤たちの戦線へ流れるな。黒江の足元へ回るな。

 

平子が小さく笑った。

「ええ王様やな。ほんま」

褒めているのかからかっているのか分からない。だが今はそれでいい。

 

ディープシャドウギャラクシーの霧が一瞬だけ鋭く尖りロキの魔法陣を「半分」だけ切った。

半分残したのが黒江の答えだ。

全部潰して終わらせない。作用を見て次の手を読む。

ロキの顔が楽しそうに歪む。

 

「なるほど。お前は“勝つ”より“壊されない”を選ぶのか」

ロキが肩をすくめた。

「ならば今夜はここまでにしてやろう。フェンリル。引け」

命令は軽い。だが空気が逆らえない。北欧の神格の命令だ。

 

フェンリルが唸りながらも一歩下がる。

拙者は追わない。追えば誘い込まれる。

黒江も追わない。追えばロキの喜ぶ展開になる。

兵藤たちの戦線の向こうで敵が一瞬ひるみ引き際を探しているのが見えた。ロキの撤退は全体の撤退でもある。

 

「また会おう。残月。紅丸。面白い夜だった」

ロキの声が夜に溶ける。

気配が薄くなる。霧が冷える。

ロキとフェンリルが結界の端へ滑るように消えた。

 

残ったのは砂煙と血の匂いと。

そして黒江の進化した影の輪郭だけ。

拙者は刀を下ろさずに言う。

 

「黒江。利害は一致している。だが次は互いの背中を預ける覚悟が要る」

黒江は一拍置いて答えた。

「……分かってる。俺はまだお前を信用していない。だが今夜は助かった」

それで十分だ。信用の言葉は後でいい。

平子が肩を回しながら言った。

 

「ほな次は“どっちが正しいか”やなくて“どっちが先に死ぬか”の勝負になるかもしれへんな」

冗談の形をした現実だ。

拙者は短く笑い断絶丸を鞘へ戻した。

夜はまだ終わらない。だが今夜の結論は出た。

ロキは来る。次はもっと巧く壊しに来る。

そして黒江はもう“ただの憎しみ”では動かない。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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