サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
砂を蹴る音が二重に響いていた。
拙者がフェンリルの爪を断絶丸でいなしながら距離を保つ音と、少し離れた場所でディープシャドウギャラクシーがロキへ歩み寄る音だ。
夜の結界は静かだ。静かなのに空気だけが騒いでいる。
ロキの魔法は言葉から始まる。挑発という名の刃で心を先に折りに来る。
「いやぁ、面白いなァ。人間の味方をする人外が増えたと思ったら、今度は“宇宙”か。君、どこまで空回りすれば気が済む?」
笑いながらロキは翼を広げて高度を取る。油断のない動きだ。強者だと理解した相手には、最初から空を押さえて盤面を作る。
ディープシャドウギャラクシーの周囲に薄い霧が立ち、月明かりを鈍らせた。濃くしない霧だ。姿を消すためじゃない。輪郭を一段、曖昧にするための霧。
「……その口、よく回るな」
声は低い。ミストシャドウの頃の“冷え”が、今は“重さ”になっている。怒りを爆発させず、刃にするために圧縮している声音だった。
ロキが肩をすくめた。
「怒ってるのかい? 人外が嫌いなくせに、人外になった自分が?」
わざと刺さる角度で投げた言葉。動きを荒らしたいのが見える。荒れた動きは読みやすい。読みやすい動きは、魔法で狩りやすい。
ロキの指先に魔方陣が連なり、光の槍が雨のように撃ち下ろされる。狙いはディープシャドウギャラクシーの周囲だ。逃げ道を潰してから仕留めるつもり。
ディープシャドウギャラクシーは退かない。Aウォッチが短く鳴り、薄いシールドが一瞬だけ現れて槍を弾く。弾けた光が砂に突き刺さり、土煙が上がる。
「強者だと分かってるからね。油断しない。――褒め言葉だよ」
ロキは笑って見せながら、さらに距離を取る。取ったつもりで、取れていない。
ディープシャドウギャラクシーの背後に、無表情の男が立った。ゾヴァラスだ。呼吸もしないみたいな立ち姿で、ただ“そこにいる”。
「ゾヴァラス」
頼むでも命じるでもない。手順の合図として名前が落ちる。
ゾヴァラスの輪郭が歪み、一本の黒い槍へ変わっていく。鏡面のような艶が夜の光を受け、穂先の近くに薄い輪が浮いた。輪は回らない。ただ「ここが中心だ」と宣告するみたいに静止する。
ロキの笑みが一瞬だけ薄くなった。
「……武器?」
ディープシャドウギャラクシーは答えない。踏み込む。土煙を割って走る。
ロキが追加の魔方陣を展開し、光弾を連射する。
ディープシャドウギャラクシーは正面で受けない。槍の柄で角度をずらし、弾いた光を砂へ逃がしながら前へ出る。爆ぜた衝撃で霧が揺れる。揺れても霧は消えない。濃くない霧は乱れに強い。
「……しぶとい」
ロキが苛立ちを混ぜ、横へ退く。退いたはずなのに、距離が伸びない。
ロキの足元の砂へ、槍が突き刺さった。
ディープシャドウギャラクシーが先に“杭”を打っていた。穂先の輪が地面へ薄い刻印を残す。円でも紋章でもない。ただの固定点。そこを中心に空気がわずかに硬くなる。
「へぇ。地面に刺しただけで、何が変わる?」
ロキは笑って逃げようとする。
逃げたつもりで、逃げ切れない。
踏み出した分だけ進まない。跳んだ分だけ距離が伸びない。足場が粘る感覚に、ロキは自覚のないまま眉をひそめた。――いや、自覚していないからこそ厄介だ。異常を“敵の術”ではなく“自分の手応え”として処理しようとするから、判断が遅れる。
「……おい、なんだ今の」
ロキは言う。だが原因を掴めていない。掴めないまま魔法陣を増やし、威圧で押し切ろうとする。
ディープシャドウギャラクシーは二本目の“杭”を打つ。さらに三本目。ロキの周囲へ、見えない固定点が増えていく。
ロキは連続展開で押し潰しにかかる。
光の槍、光の弾、幾何学の刃。
だが固定点の中では、動くほどにズレが積もる。ズレが積もるほど、魔法陣の位置取りが乱れる。乱れた術式は維持するだけで集中を食う。集中を食われたロキは、踏み込みの読みを落とす。
ディープシャドウギャラクシーが一気に間合いへ入った。
槍の柄が横薙ぎに走り、ロキの魔法陣の“端”を裂く。裂けた術式が崩れ、霧へ溶ける。霧が一段だけ濃くなる。濃くなるほどロキの視線が迷う。
「……ちっ、そういう手か!」
ロキが吠える。怒鳴ることで空気を取り戻そうとする。
そして逃げる。――逃げるという判断そのものは正しい。だが、ここでは遅い。
ディープシャドウギャラクシーが槍を“抜かない”まま、Aウォッチを一度鳴らした。
薄いシールドがロキの周囲へ、半球として立ち上がる。
防御の盾じゃない。囲いの檻だ。
ロキは反射で跳び退こうとする。跳んだ瞬間、固定点が効く。
移動が半拍遅れ、半拍遅れた身体がシールドへ当たる。
ガン、と鈍い音。シールドは割れない。
「……は?」
ロキの声から笑みが抜けた。
抜けた瞬間が、決定的だった。
ディープシャドウギャラクシーは槍を引き、地面の固定点へ向けて一歩踏み込む。
「盤面を壊す。……お前を、ここに置く」
槍の穂先の輪が、もう一度だけ静かに鳴った。
固定。
今度は逃げる方向の問題じゃない。固定点とシールドで、移動そのものが“成立しない場所”にロキを閉じ込めた。
ロキは魔方陣を展開しようとする。だが姿勢が崩れている。焦りで詠唱が短くなり、術式が荒れる。荒れた術式はシールドを割れない。
「ちょ、待て待て待て。こんな拘束、聞いてないんだけど?」
口調だけは軽く保とうとする。だが目は笑っていない。
「……お前はよく言ったな。“人外になった自分が”と」
ディープシャドウギャラクシーの声が低く響く。
「なら答えろ。人外を玩具にするお前は、何だ」
ロキは一瞬だけ言葉を詰まらせた。詰まらせた瞬間、言い訳を探す視線が泳ぐ。
その泳ぎが、縄の長さを自分で測っている動きに見えた。
拙者はフェンリルの圧を斬り止めながら、視線だけをそちらへ送る。
ロキが捕縛された。逃がしていない。
この差は大きい。逃げられれば次の盤面を作られる。捕らえれば、こちらが盤面を握れる。
フェンリルが唸り声を上げ、ロキの方を見た。
主が檻に入った状況を理解したのか、動きが一瞬だけ鈍る。
拙者はその鈍りに刃を合わせ、斬るのではなく押し返す。戦意を削るために。
「動くな。ここは結界の中だ。無駄に暴れるほど消耗する」
ディープシャドウギャラクシーが淡々と言う。
ロキは歯を見せて笑い直そうとした。失敗した笑みだ。
「……君さ、ほんと嫌いだな」
その言葉は敗北宣言じゃない。降参でもない。
だが“続ける余裕がない”という事実だけは、隠しきれていなかった。
ディープシャドウギャラクシーは槍を下げない。
捕縛したまま、ただ一言だけ告げる。
「話せ。ここで終わらせるのは、俺の方だ」
ロキの返事は遅れた。
遅れた分だけ、霧の中の沈黙が重くなる。
拙者の背後で砂が落ちる音がし、フェンリルの爪が止まる。
逃げ場のない夜が、結界の内側だけで完結していた。
次回の王は
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