サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧で共同戦線 Ⅷ

砂を蹴る音が二重に響いていた。

拙者がフェンリルの爪を断絶丸でいなしながら距離を保つ音と、少し離れた場所でディープシャドウギャラクシーがロキへ歩み寄る音だ。

夜の結界は静かだ。静かなのに空気だけが騒いでいる。

 

ロキの魔法は言葉から始まる。挑発という名の刃で心を先に折りに来る。

「いやぁ、面白いなァ。人間の味方をする人外が増えたと思ったら、今度は“宇宙”か。君、どこまで空回りすれば気が済む?」

笑いながらロキは翼を広げて高度を取る。油断のない動きだ。強者だと理解した相手には、最初から空を押さえて盤面を作る。

 

ディープシャドウギャラクシーの周囲に薄い霧が立ち、月明かりを鈍らせた。濃くしない霧だ。姿を消すためじゃない。輪郭を一段、曖昧にするための霧。

「……その口、よく回るな」

声は低い。ミストシャドウの頃の“冷え”が、今は“重さ”になっている。怒りを爆発させず、刃にするために圧縮している声音だった。

 

ロキが肩をすくめた。

「怒ってるのかい? 人外が嫌いなくせに、人外になった自分が?」

わざと刺さる角度で投げた言葉。動きを荒らしたいのが見える。荒れた動きは読みやすい。読みやすい動きは、魔法で狩りやすい。

 

ロキの指先に魔方陣が連なり、光の槍が雨のように撃ち下ろされる。狙いはディープシャドウギャラクシーの周囲だ。逃げ道を潰してから仕留めるつもり。

ディープシャドウギャラクシーは退かない。Aウォッチが短く鳴り、薄いシールドが一瞬だけ現れて槍を弾く。弾けた光が砂に突き刺さり、土煙が上がる。

 

「強者だと分かってるからね。油断しない。――褒め言葉だよ」

ロキは笑って見せながら、さらに距離を取る。取ったつもりで、取れていない。

 

ディープシャドウギャラクシーの背後に、無表情の男が立った。ゾヴァラスだ。呼吸もしないみたいな立ち姿で、ただ“そこにいる”。

「ゾヴァラス」

頼むでも命じるでもない。手順の合図として名前が落ちる。

 

ゾヴァラスの輪郭が歪み、一本の黒い槍へ変わっていく。鏡面のような艶が夜の光を受け、穂先の近くに薄い輪が浮いた。輪は回らない。ただ「ここが中心だ」と宣告するみたいに静止する。

ロキの笑みが一瞬だけ薄くなった。

「……武器?」

 

ディープシャドウギャラクシーは答えない。踏み込む。土煙を割って走る。

ロキが追加の魔方陣を展開し、光弾を連射する。

ディープシャドウギャラクシーは正面で受けない。槍の柄で角度をずらし、弾いた光を砂へ逃がしながら前へ出る。爆ぜた衝撃で霧が揺れる。揺れても霧は消えない。濃くない霧は乱れに強い。

 

「……しぶとい」

ロキが苛立ちを混ぜ、横へ退く。退いたはずなのに、距離が伸びない。

 

ロキの足元の砂へ、槍が突き刺さった。

ディープシャドウギャラクシーが先に“杭”を打っていた。穂先の輪が地面へ薄い刻印を残す。円でも紋章でもない。ただの固定点。そこを中心に空気がわずかに硬くなる。

「へぇ。地面に刺しただけで、何が変わる?」

ロキは笑って逃げようとする。

 

逃げたつもりで、逃げ切れない。

踏み出した分だけ進まない。跳んだ分だけ距離が伸びない。足場が粘る感覚に、ロキは自覚のないまま眉をひそめた。――いや、自覚していないからこそ厄介だ。異常を“敵の術”ではなく“自分の手応え”として処理しようとするから、判断が遅れる。

 

「……おい、なんだ今の」

ロキは言う。だが原因を掴めていない。掴めないまま魔法陣を増やし、威圧で押し切ろうとする。

ディープシャドウギャラクシーは二本目の“杭”を打つ。さらに三本目。ロキの周囲へ、見えない固定点が増えていく。

 

ロキは連続展開で押し潰しにかかる。

光の槍、光の弾、幾何学の刃。

だが固定点の中では、動くほどにズレが積もる。ズレが積もるほど、魔法陣の位置取りが乱れる。乱れた術式は維持するだけで集中を食う。集中を食われたロキは、踏み込みの読みを落とす。

 

ディープシャドウギャラクシーが一気に間合いへ入った。

槍の柄が横薙ぎに走り、ロキの魔法陣の“端”を裂く。裂けた術式が崩れ、霧へ溶ける。霧が一段だけ濃くなる。濃くなるほどロキの視線が迷う。

 

「……ちっ、そういう手か!」

ロキが吠える。怒鳴ることで空気を取り戻そうとする。

そして逃げる。――逃げるという判断そのものは正しい。だが、ここでは遅い。

 

ディープシャドウギャラクシーが槍を“抜かない”まま、Aウォッチを一度鳴らした。

薄いシールドがロキの周囲へ、半球として立ち上がる。

防御の盾じゃない。囲いの檻だ。

 

ロキは反射で跳び退こうとする。跳んだ瞬間、固定点が効く。

移動が半拍遅れ、半拍遅れた身体がシールドへ当たる。

ガン、と鈍い音。シールドは割れない。

 

「……は?」

ロキの声から笑みが抜けた。

抜けた瞬間が、決定的だった。

 

ディープシャドウギャラクシーは槍を引き、地面の固定点へ向けて一歩踏み込む。

「盤面を壊す。……お前を、ここに置く」

槍の穂先の輪が、もう一度だけ静かに鳴った。

 

固定。

今度は逃げる方向の問題じゃない。固定点とシールドで、移動そのものが“成立しない場所”にロキを閉じ込めた。

ロキは魔方陣を展開しようとする。だが姿勢が崩れている。焦りで詠唱が短くなり、術式が荒れる。荒れた術式はシールドを割れない。

 

「ちょ、待て待て待て。こんな拘束、聞いてないんだけど?」

口調だけは軽く保とうとする。だが目は笑っていない。

 

「……お前はよく言ったな。“人外になった自分が”と」

ディープシャドウギャラクシーの声が低く響く。

「なら答えろ。人外を玩具にするお前は、何だ」

 

ロキは一瞬だけ言葉を詰まらせた。詰まらせた瞬間、言い訳を探す視線が泳ぐ。

その泳ぎが、縄の長さを自分で測っている動きに見えた。

 

拙者はフェンリルの圧を斬り止めながら、視線だけをそちらへ送る。

ロキが捕縛された。逃がしていない。

この差は大きい。逃げられれば次の盤面を作られる。捕らえれば、こちらが盤面を握れる。

 

フェンリルが唸り声を上げ、ロキの方を見た。

主が檻に入った状況を理解したのか、動きが一瞬だけ鈍る。

拙者はその鈍りに刃を合わせ、斬るのではなく押し返す。戦意を削るために。

 

「動くな。ここは結界の中だ。無駄に暴れるほど消耗する」

ディープシャドウギャラクシーが淡々と言う。

ロキは歯を見せて笑い直そうとした。失敗した笑みだ。

 

「……君さ、ほんと嫌いだな」

その言葉は敗北宣言じゃない。降参でもない。

だが“続ける余裕がない”という事実だけは、隠しきれていなかった。

 

ディープシャドウギャラクシーは槍を下げない。

捕縛したまま、ただ一言だけ告げる。

「話せ。ここで終わらせるのは、俺の方だ」

 

ロキの返事は遅れた。

遅れた分だけ、霧の中の沈黙が重くなる。

拙者の背後で砂が落ちる音がし、フェンリルの爪が止まる。

逃げ場のない夜が、結界の内側だけで完結していた。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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